アートの聖書

絵画、映画、ときどき音楽

福岡市美術館〜日本美術館の未来

ジャコモ・マンズー《恋人たち》1977 名画を所蔵していても良い美術館とは限らないが、良い美術館にある絵画は名画である。目利、空間デザイン、展示が卓抜しているからだ。作品だけではなく空間、美術館もアーティスト。それを教えてくれるのが福岡市美術館…

アーティゾン美術館〜空間と作品

スポーツニッポンの校閲部でアルバイトしていた2014年から2016年までの3年間、東京駅は毎日の通勤駅だった。新宿から中央線で東京駅、京葉線に乗り換えて越中島へ。駅構内の移動が1キロ近くある巨大迷路。東京駅は人生の大事な中継点。 ミュージアムタワー京…

深谷シネマとマジェスティック、吉永小百合

映画より映画館のファンだ。生まれ育った奈良の地元には映画館がなく『ドラゴンボール』『ドラえもん』『ルパン三世』の新作が公開されると桜井市民会館に足を運んだ。 スクリーンの緞帳(どんちょう)には、大和の古地図が大きく描かれ、タイムスリップした…

松岡美術館〜麗しき均衡のミュージアム

奈良出身の田舎者なのに白金台に住む女性から好意を持たれることが2回あった。ひとりは名古屋出身の会社の上司。よくご飯に誘ってくれ、エヴェレストに行くため会社を退職したときは山の生活を詳しく調べ、大量のボディシートをくれた。かつては映画記者で泣…

山種美術館と日本の問題点

日本の美術館は二つに分かれる。アートを鑑賞する場所、アートを保管する場所。ひろしま美術館や東京富士美術館、山形美術館が前者。常設展示室が充実しているからだ。そのほかは所蔵品(コレクション)を買ったものの、自館での展示は少なく、ほとんどがレ…

細田守 虹をかける地平線

夏の入道雲を眺めるたび、大学生の頃、彼女を自転車の後ろに乗せて京都の鴨川沿いを走っていた日を思い出す。そう話してくれた人がいた。 新海誠が「音」を操るマエストロなら、細田守は「絵」の語り部。どこまでも視覚的であり、絵が物語る。絵本の世界に迷…

ゴッホの庭:ひろしま美術館

「広島」や「ヒロシマ」は眼にするが「ひろしま」は珍しい。修学旅行生や観光客が路面電車で目指す原爆ドームの近くに静かなる衝撃は存在する。 〈ひろしま美術館〉 ひとりの画家をコンセプトに造られた美術館は多い。だが、たった一枚のタブローのために構…

東京富士美術館〜ラ・トゥールの奇跡

新宿から中央線に乗り八王子まで40分、西東京バスに乗り換え創価大学まで25分。ちょっとした小旅行の先にジャスティスな美術館がある。 東京富士美術館 常設展示室 アメリカン・フォトグラフス展 印象派モネからアメリカへウスター美術館所蔵 美術館メシ カ…

入江長八と伊豆松崎〜漆喰芸術の道

ともに文章を習っている仲間が10月に伊豆松崎町で映画の上映会を行う。文章の先生がトークショーを行うので、会場の下見に同行。新宿駅9時25分発の踊り子号に乗って伊豆急下田駅へ。門人の千里と故郷の伊賀上野に向かった松尾芭蕉の『野ざらし紀行』のような…

北海道立近代美術館と鳥獣戯画

前夜にエスコンフィールドで日本ハムvs.楽天戦を観て、翌朝11時に美術館に向かう。"動"のスポーツと"静"のアート。令和6年は徹底的にこの二刀流だ。 お世話になった新札幌駅内にあるアークシティホテルは静かで快適な一宿だった。穏やかな気持ちで向かえる。…

山形美術館〜川瀬巴水の記録と記憶

日本の美術展の良いところは東京で見逃した企画展でも、そのあと日本各地を旅していることだ。昨年に見逃した山下清の回顧展を先月に新潟で観たように、日本の美術館は後悔を救ってくれる。八王子美術館で川瀬巴水の版画展を見逃したときは激しく悔やんだが…

新潟県立近代美術館〜野に咲くミュージアム

修行は苦しいから、できればやりたくない。自分の場合は逆。日常が苦しくて苦しみを忘れるために苦しい修行をする。シジフォスの岩。日常の苦しみとはお金。毎月、健康保険料と都民税だけで10万円の支払い。物書きとしての作品づくりをしていると収入がない…

三重県立美術館:シュールの先へ

奈良をふるさとにする者にとって、三重は大阪や京都より馴染みが深い。車を走らせても景色が変わらないからいつの間にか三重にいる。大和の国の親戚のような土地。村でも町でもなく、その中間の日本語を創らないと表現できない。ヤマトタケルが旅をしたとき…

北欧の神秘:The Magic North

絵画といえばヨーロッパである。フランス、オランダ、ベルギーといった西欧。スペイン、イタリアのある南欧。ドイツやイギリスも有名画家がいる。では北欧の画家と言われてパッと即答できるだろうか?よほどの美術好きでないと出てこない。そんな一隅を照ら…

EUREKAユリイカ〜21世紀ナンバーワン日本映画

21世紀以降、いまだ『EUREKA』を超える実写の日本映画は現れていない。 映画監督の仕事は役者の演出でも、映像や音楽をこねくり回すことでもない。世界に眼差しを提供すること。 青山真治は白黒でもセピア色でもなく、温もりのある土色のフィルタを観客に提…

映画『めためた』:不自由の翼を広げて

映画は暗闇の世界で観るプラネタリウム。テレビではキラキラ光るキャラクターも映画では途端に味気なくなる。ちょっと救いようのない人物たちにこそシネマの神様は微笑む。スクリーンは金幕ではなく銀幕。映画は金閣寺ではなく銀閣寺。映画界にはメッキの金…

ドラゴンボール 魔神城のねむり姫

人生で初めて映画館で観たのが『魔神城のねむり姫』である。記憶はないが思い出はある。橿原だったのか奈良だったのか、それとも地元の桜井だったのか。事実は迷子。記憶から家出した。でも初めて観た映画は『魔神城のねむり姫』。そうあって欲しい。それだ…

ヴィム・ヴェンダースを放浪する

私は夢の中でも映画を撮る。カメラさえあれば。 ヴィム・ヴェンダースに触れたのは2024年。映画ファンとして、あまりにも遅すぎる。しかし、映画はタイミング。作品は変わらないのに、いつ観るかによって印象は大きく変わる。昭和でも平成でも2023年の終わり…

PERFECT DAYS

「自分探しの旅」という使い古された言葉があるが、それは遠くに行かなくてもいい。良い映画もまた自分を正直にさせ、自分を発見する。作品と向き合っているようで、その実は自己と向き合っている。 『PERFECT DAYS』は光と色と音が主演の映画であり、闇と沈…

ルパン三世 カリオストロの城

『カリオストロの城』の本編は冒頭の4分のみ。炎のたからものが終わるオープニングまで。冒険の舞台であるカリオストロ公国に向かう旅情こそが作品の心臓であり、ロードムービー。目的地に到着するまでが浪漫。 「旅とは風景を捨てること」と言ったのは寺山…

木村拓哉と吉岡里帆の共通分母

ある映画メディアの編集長とお酒を飲む機会があった。好きな女優を聞かれ、吉岡里帆と答えたのだが、容姿が美しすぎるせいで過小評価されている。吉岡里帆の演技の質は木村拓哉と同じ。多くの役者は役に近づこうとするが、吉岡里帆や木村拓哉は自分の中に役…

Sin clock

2016年『アリーキャット』から7年、最高純度にして最高密度の窪塚洋介が帰ってきた。真骨頂である「透明な怒り」「漆黒の桜」「真っ赤な雪」をスクリーンに刻みつけてくれた。 監督の牧賢治は商業デビュー作。普段は会社員をやっている。これまでは借金をし…

とべない風船

人生は出逢いと喪失がグルグル回る車輪。平行移動でも垂直移動でもなく流転。地球という母胎で繰り広げられる回転運動だ。 映画『とべない風船』は瀬戸内海の島が舞台。平成の広島豪雨によって妻と息子を亡くした憲二(東出昌大)は庭先に息子との想い出の黄…

『トップガン マーヴェリック』という未来飛行

『トップガン マーヴェリック』が公開された。続編の製作を聞いた4年前、登山の先輩と雪山に向かう車の中で、何度この話をしたことか。 無事に雪山を下りて新宿へ帰る車内、生還の証に『Top Gun Anthem』を流す。明日を勝ち獲った瞬間を祝して。 大学生の頃…

シンドラーのリスト

子どもの頃からアニメや戦隊モノを見ても、主人公よりライバルに惹かれていた。双子に生まれ、マジメな弟と比較され、劣等感を抱えていたことが影響したのだろう。主役の引き立て役となる影に、自分を重ねていた気がする。 『シンドラーのリスト』を見ても、…

松田龍平〜陽炎の如く

松田龍平は『まほろ駅前』シリーズの行天春彦のように、透明の濃い俳優だ。夏の陽炎のように、砂漠の蜃気楼のように、掴みどころがないのに存在感が強い。ボーッとしているようで、内側を見透かす半眼はチベットで見た仏像を思い出す。 『まほろ駅前狂騒曲』…

濱口竜介・白昼夢を描く世界一の映画監督

令和は元年に台風19号ハギビスで幕を開け、翌年にはウイルスによって人間不信が蔓延していった災害の時代。 しかし、令和四年を迎えるにあたってようやく一筋の光が射した。悪夢を白昼夢に変えてくれる存在が現れた。 18歳から映画を観続けて20年。初めて日…

クライ・マッチョとクリント・イーストウッド

歳をとると早起きになるのは、朝の光に恋をするからだ。 クリント・イーストウッドの監督50周年にして40作目の映画『クライ・マッチョ』は朝の場面が多い。 メキシコの曙光が、91歳のイーストウッドを祝福する。主人公は14歳のラフォとも言えるが、主演、監…

ジム・ジャームッシュを漂流する

梅雨が早々に明けた令和三年7月の東京。緊急事態宣言中でも、ようやく映画館の20時以降の上映が解禁。映画は暗闇の中で観るものであり、夜の芸術。映画館はブラックホールであり、役者は星であり、スクリーンはプラネタリウム。本来、休日は登山に出かけるは…

映画について語るときに僕が語ること

去年の1月にTwitterを始めたとき、大学生の男性と相互フォローをした。映画が好きで、作品の解説をYouTubeにアップしていた。 その感想をTwitterにコメントすると「そんな見方があるんですね!」「その表現とても好きなので使わせてください!」と反応してく…