芸術の秋と誰が呼んだか。上野には秋が似合う。日本最大のアートシティ。石を投げれば美術館にあたり、町のレンタカー屋さんにも企画展のポスターが壁を奪い合うようにペタペタ貼られている。日本屈指の絵画公園の雄が東京都美術館、そして国立西洋美術館。美術館のハシゴ酒もいつかやってみたい。
歴史と外観
国立西洋美術館は1959年(昭和34年)に開館した西洋の美術作品を専門とする美術館。松方幸次郎がヨーロッパで収集した印象派の絵画・彫刻「松方コレクション」が所蔵品の中心。常設展示室にはルネサンス期の絵画もあり、東京富士美術館と同じくオールド・マスター(18世紀以前の画家)の作品群が観られる。
設計はスイスのル・コルビュジエ。弟子の前川國男・坂倉準三・吉阪隆正が設計に協力した。第二次大戦では松方コレクションがフランス政府に没収されたが無事に返還。原田マハ『美しき愚か者たちのタブロー』に感動的に描かれている。
松方コレクションにはオーギュスト・ロダンの彫刻が多く、外観の目玉は『考える人』
《地獄の門》は迫力、スケール感があり、多くの観光客が群がる。
その脇にある《アダムとエヴァ》のほうが優れているが、あまり足を止める人は少ない。
金曜と土曜は夜20時まで開館している。閉館1時間前まで入館でき、激混みの企画展も比較的すいているので狙い目である。
常設展示室
初訪問は2024年12月10日(火)。10月5日から始まった『モネ 睡蓮のとき』の企画展は列を作ることをやめず、外は地獄のような長蛇。野球のプレミア12の執筆の締切が迫っているので常設展500円だけWebで買い向かった。
常設展示室にもロダンやマイヨールの彫刻が多く並び、螺旋状のスロープを上がっていく。
圧巻がルネサンス期の絵画たち。オールド・マスター(18世紀以前の画家)の展示に、国立西洋美術館の凄さが凝縮されている。光の当て方、光量などの調光、温度や湿度などの管理が良いのか。作品の鮮度が圧巻。
1400年代初期のテンペラ画を直に観られるのは驚き。
古いものほど画集ではなく質感の伴う生で観ることに意味がある。しかも、同年代の日本画であればガラスケースに幽閉するが、生で展示してくれる。
クラーナハの絵画など、先ほど描き上げたのではないかと思うほど色が劣化していない。瑞々しいカラーは珍しい。
ユディトはカラヴァッジオやクリムトも描いているが、クラーナハが最も魔性を帯びている。しかも美しい。魔性には美が宿ることを捉えている。
父の模写。東京富士美術館にもある。国立西洋美術館たるもの、父の本物を頑張って展示して欲しいところ。
初めて知った画家。フィレンツェの画家らしい。こんなアートに出逢える。国立西洋美術館の凄さは有名画家のオールスターキャストではなく、カルロ・ドルチのような画家に宿る。後光、御幸、光こそ宗教画の真髄。形や対象、色ではなく光こそ宗教。
《悲しみの聖母》を上回る国立西洋美術館の宗教画ナンバーワン。キリストを幽霊として描く。ゴーストなのに神々しい。ゴーストだから神々しい。グレコによるジーザスに捧ぐアンチェンイド・メロディ。来年、大原美術館で《受胎告知》を観る愉しみが増えた。
国立西洋美術館は導線が悪い。あっちゃこっちゃ絵を見て回る。まさに美の迷宮。ハッキリ言って観にくい。しかし醜くない。ここが凄い。絵画同士の間隔は狭いがごちゃごちゃしていない。絶妙の距離感で展示。それは絵画同士、そして鑑賞者と絵画の距離にも言える。
宗教画の他のルーベンスが観られるとは。赤ん坊だが弱さがない。力強い。これぞ子どもの生命力であり、理屈を超えた愛の力。ルーベンスはミエナイチカラを凝縮している。
初めて知った。オランダにこんな凄い画家がいるとは。印象でも抽象でも写実でもなく心象の極致。この空間、この時間をどれほど愛していたのか。こういう画家に出逢えるのも大型美術館の醍醐味。美術館は最強のマッチングアプリ。
フェルメール作なのかの議論を呼ぶ一枚。はい。フェルメールではありません。フェルメールっぽいタッチではあるが。
こんな女性画家がいたとは。ベルト・モリゾやメアリー・カサットを凌ぐ。この美しさは盛っているだろうが、その盛り方が素晴らしいではないか。肌、眼、唇、髪、服、指。女性の魔性がすべて閉じ込められている。ZARDの坂井泉のような完璧な女性像。写真に映らない質感が絵画にはある。
部屋を移動。ここから巨大な絵画が多くなる。美術館の愉しみを膨らませてくれる。部屋が明るくなる演出も見事。そして、ここに国立西洋美術館の最高傑作がある。
知らなかった、こんな絵があるとは。知らなかった、こんな画家がいるとは。松方幸次郎が購入したもの。18世紀イギリスの画家。ウィアム・ターナーと並び称されてもいい。《印象、日の出》とは違うパワー・オブ・ザ・サンライズ。いや夕陽かもしれない。いや、そのどちらでもないかもしれない。この瞬間を永遠と呼ぶ。本当の光、本物の希望は淡い。だから心に入り込み照らしてくれる。山の霞、生命力を写真よりも映し出した大傑作。永遠は一瞬にしか宿らない。
世の中にこれほどの画力があるとは。これは本当に二次元なのか?三次元、いや四次元の質感ではないか。形や色などどうでもいい。すべては質感に宿る。青磁よりも滑らか。垂直に滑落していくような滑らかさ。しかし、やさしい。美しい。これは絵画以外に不可能な質感。
ジョン・エヴァレット・ミレイの作品は以前どこかの美術館で観たことがある。しかし別次元の絵画。芸術や映画について使われる「リアリティ」など、どうでもいい。アートにおいてリアリティがいかにちっぽけなものかを、この絵画は教えてくれる。
絵画とは鑑賞者を射抜く弓矢。我々が観ているのではない。絵画が観る者を射抜いている。
部屋を変え、ここから印象派。ホームに帰ってきた。故郷に帰ってきた。そう、印象派とは芸術運動でも技巧でもなく、ふるさと。
なんたるチャーミング。ポーズ、ファッション、タッチ。すべてが調和し、タップダンスしている。静止の肖像画なのに、とても動的。
色が濃いドガの踊り子。ドガの絵が日本で観られる悦び。人物より背景の筆致が強い。動きではなく、踊り子が抱える宿命を描いた一枚。
モネが描いたとわからなかった。作者を見てもモネとは思えない。鮮烈な赤、荒々しいタッチ。花が持つ毒素が浮かび上がっている。このときモネには、花たちが荒ぶっているように見えたのか。花を力強く描くことで、空間の空気が伝わってくる。気をつけろよ、美しさには棘があるぞと言っているようだ。
女性を斜めに対角線に描く。ひとりの少女ではなく3人の豊潤な女性。チラリズムとエキゾチックな色合い。ここから少女に飛躍するのがすごい。
年齢不詳。タイトルが「Woman with a Hat」なので少女ではない可能性が高い。見た目も幼くない、服装も豪華、おっぱいも膨らんでいる。でもルノワールが描くと少女にも見える。少女がこんな帽子をかぶって、こんなポーズをとれば素敵ではないか。真珠は大人よりも少女のほうが似合うのではないか。
強烈な一枚。モーリス・ドニの名も知らなかった。ベタッとしたタッチなのに人間の存在力が凄い。何の風景かは知らない。しかし、宗教というものが、人を束縛するものではなく、解放するものであることを伝えている。パワー・トゥ・ザ・ピープル。
いよいよ常設展はフィナーレに向かう。近代絵画の足音が聴こえる。
収穫をテーマにした絵画は多い。そして多くが遠景で描く。ピサロも御多分に漏れない。しかし、どうだ、この瑞々しさは。大地を斜めに伸びていく。地平線でも水平線でもない。斜平線。これぞ大地の恵み。
初めて知ったフィンランドの画家。ガラスのような湖の水面。光と空気。フィンランドに行ったこともないのに、勝手に旅行した気になる。
アマデウスではなくモーツァルト。決して音楽的な絵画ではない。リズムものない。彫刻のように彫った絵画。デュフィはモーツァルトの天才性ではなく孤独を描こうとした。
西洋画ではなく日本画。日本画ではなく西洋画。金屏風に洋風の美女。そこに猫ではなく鳥。エコール・ド・パリのジャポニズム。狂乱の時代(レ・ザネ・フォル)を絵画が超える。藤田嗣治とレオナール・フジタという二刀流。
なぜルオーは道化師を描いたのか。そこに笑いではなく孤独を宿したのか。ルオーによる道化師のソネット。誰かを笑わせるのではなく、自分の笑顔を見つけるため、人は道化師を演じる。
美の迷宮の出口はジャクソン・ポロックにあり。棟方志功の作品かと思った。何という闇。闇のリバー。闇のダンス。闇の血流。闇の大河。色でも形でも音でもない。絵画とはそれを超えたもの。魂の色。
睡蓮だけで200枚以上も描いたモネ。空気と池を花瓶した画家。絵筆は花と対話する通信機、絵の具はモールス信号。絵画というより手紙であり、そこに亡き愛する人たちがいる三途の川。自らの墓場でもある。本当の流行とはいっときの時流に乗ることではなく、何百年も流れ続けて愛されるもの。歴史という流行、伝統という流行。永遠という流行がモネにある。
《考える人》が地獄のような大行列を眺めながら「懲りずにまた来いよ」と言ってくれた。
企画展:睡蓮のとき
地獄の混雑で観る気が失せたリベンジ。金曜の夜18時以降なら少し空いていた。それでもギュウギュウだったが。
2024年10月5日〜2025年2月11日まで。マルモッタン・モネ美術館の所蔵作品を約50点来日。
企画展のメインビジュアル。最も色合いがよく、バランスがいい。だが、そこに三途の川感は少ない。
かなり鮮やかな黄色。ゴッホにとって《ひまわり》の黄色は孤独の照明だったが、モネにとっての黄色は死者に捧げる菊の花に近い。
美術館メシ:CAFÉ すいれん
国立西洋美術館の所蔵品であるモネの絵画をオマージュした名のカフェ。メニューは絵画とは関係なく、イタリアンやフレンチの軽食。カレーやハンバーグなどもある。
ひとりでも入りやすく、かしこまった感じがない。美術館とは思えないアットホームな雰囲気。
パスタセット1700円。4種類のパスタの中から1つ、サラダ、ミネストローネのスープ、バケットがつく。
営業時間
10:00〜17:30(食事11:00〜16:45L.O.喫茶10:00〜17:15L.O.)
金曜日・土曜日
10:00〜20:00(食事11:00〜19:10L.O. 喫茶10:00〜19:30L.O.)
国立西洋美術館の概要
- 開館: 1959年6月10日
- 住所:東京都台東区上野公園7番7号
- 設計:ル・コルビュジエ
- 所蔵:6,000点
- 目玉:エル・グレコ《十字架のキリスト》
- メシ:CAFÉ すいれん
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