バスは安定の1時間半遅れで下諏訪駅に到着。4年前の秋に諏訪湖の黄昏とトワイライトを見に来たときも1時間半遅れた。外国より時間感覚が酷い。唯一の救いは天気は良いがそこまで暑くないこと。湖風のおかげだ。
ハーモ美術館までの道のり
空には細田守の世界が広がっている。こんなすごい入道雲はなかなか観られない。自然のアートは偉大だ。今回はアンリ・ルソーに会いにはるばる長野まできた。
ルソーの絵画の約1割は日本にある。ひろしま美術館でも観てきた。どれもイマイチ。しかし、来年出版するアートの書籍に載せる一枚があるかもしれない。それを確かめに諏訪湖に向かった。徒歩18分と少し離れている。
ハーモ美術館の外観・エントランス
ハーモ美術館は諏訪湖の湖畔に佇む閑かなミュージアム。「H」の野外彫刻が目印だ。産業用ロボットメーカーである株式会社ハーモの創業者、濱富夫と関たか子によって1990年4月に開館。企業がオーナーといえば東京のアーティゾン美術館が代表。
大都会のビルに囲まれた東京都違い、「みずべ公園」に隣接し、親子の憩いの風景も見られる。
エントランスでコレクション展の千円を支払う。ハーモ美術館は複雑な構造になっており、館内の歩き方ガイドからはじまる。
ハーモ美術館の常設展示室
2階へ上がるとパントル・ナイーフ(素朴派)と呼ばれる画家たちの作品が出迎え。空間の写真は撮っても良いが作品の撮影は不可。
アンドレ・ボーシャン《フルーツのある風景》
トップバッターがアンドレ・ボーシャン。20世紀前半のフランス画家。ワインの産地として有名なロワール地方を愛し定住した。名前は知っていたが作品を観るのは初めだ。特に素晴らしいのが《フルーツのある風景》。遠景と手前のフルーツ。彼方への憧れと足元の恵み。そこに優劣はない。風景は日常を愛でるためにある。
ルイ・ヴィヴァン《ラングル駅の風景》
衝撃はルイ・ヴィヴァンという画家。どう見ても山下清の絵だと思った。山Pは「日本のゴッホ」と呼ばれたが、日本のルイ・ヴィヴァンが正しい。アートには双子がいる。
ハーモ美術館は何気ないエレベーターに絵画があったりする。
壁にはゴッホ《カラスのいる麦畑》のタペストリー。飾らない素朴な気質の飾り。面白い美術館だ。
アンリ・ルソー《花》1910年
アンリ・ルソーが亡くなった最晩年である1910年の絵画。国内で鑑賞できる唯一のルソーの花の静物画。タイトルは《花》だか《はな》とひらがなが相応しい。花は生殖器であり、すべての画家の作品に官能がある。なのにルソーには艶がない。花瓶も花びらも葉もすべてが正面を向いているからだろう。真正面から花と向き合い、その形、色を愛した。花が生殖器であるという真実はどうでもいい。ルソーという画家の人格が表れている。
アンリ・ルソー《果樹園》1886年
色彩のシンフォニー、なのに寂しい、なのに心が温まる。ルソーの風景画には凹凸がまったくない。平面。風景画には必ず人がポツンといる。鮮やかな自然と対照に黒い。寂しい。でも孤独ではない。風景があるから。居場所があるから。我々は風景の中で生きている。我々は孤独だ。しかし、世の中に「完璧」も「完全」も存在しないように、完全な孤独でない。
アンリ・ルソー《ラ・カルマニョール》1893年
今回の訪問の目的。カルマニョールは、フランス革命の輪舞。1893年の装飾壁画コンクールに落選した作品。これはルソーの最後の晩餐のようだ。いったい何色あるのか。見守る者、求婚する者。菩提樹のような下で赤いフリジア帽をかぶった14人が踊る。服の色が違う。テンポも、身体の角度も、顔の向きも違う。でも一つの踊り。輪になっている。それが人間。生きるということ。ルソーが描く人生のメリーゴーラウンド。
ハーモ美術館の別館
常設展示室を出ると目の前に諏訪湖が広がる。雲がなければ富士山が見える。ここからの夕陽の落陽はさぞかし美しいだろう。
アトリエをイメージした別館は靴を脱いで鑑賞する。ルソーの映像をジョルジュ・ルオーの作品群がピラミッドに並べられ見守る。
2階に上がるとマルク・シャガールの緑の絵。
オレンジ、グリーン、イエローのシャガールの絵が並ぶ。しかし、やはり青が別格。シャガール・ブルーはアート本で言及したい。
ハーモ美術館 ティーセントホール
吹き抜けになっているハーモ美術館 ティーセントホール。まるでアートの教会、美のゴスペルに迷い込んだよう。今回はサルバドール・ダリが描いた『不思議の国のアリス』の挿絵が並んでいた。小説を読んでおけばよかった。
1階に降りるとピカソやジョアン・ミロの作品が並ぶ。ピカソの素描が多く、こんな下手な絵も描けるピカソはやはりすごい。
サルバドール・ダリ《時のプロフィール》
唯一、作品の撮影が許されたブロンズ像。ダリには時を溶かす熱、炎がある。ハーモ美術館のコンセプトである「時のない美術館へ」を象徴する作品だ。ダリは大いなる謎をくれる画家。それこそがアート。答えは「絵」ではなく「観る者」の中にしかない。
二又の木は十字架から降ろされたキリストを支えるマリア様に見えた。時計の数字は12個。すなわち十二使徒。ダリが描く時計はキリスト。キリストが滅び、新しい時代が始まる。いや、キリストはダリ自身かもしれない。すべての絵画は自画像。ダリが時間を溶かしたのは、俺はキリストだと言いたかったのだ。ダリにとって絵筆は太古と現在の時空を溶かすハンダゴテである。
美術館メシ:ル・カフェ・ダルモニー
ハーモ美術館のミュージアム・カフェ「ル・カフェ・ダルモニー」。ミュージアムショップと一体になっており諏訪湖が一望できる。カフェだけの利用もOK。
奥には和室があり、アンリ・マティスの切り絵とジョルジュ・ルオーの作品が展示してある。なんとユニークな。
ミュージアムショップのトレーは可愛い。グランマ・モーゼスの絵画だろうか?
ラ・カルマニョールのポストカード220円を買った。
スペインの焼き菓子マンテカードとソフトクリーム。オリジナル珈琲。器も見事なアート。素朴だが個性が強い。
外に出ると黄昏時。諏訪湖の美しいトワイライトが始まる。絵画の傑作の多くは生まれ故郷にいない。海外に飛び出す。巧い絵は腐るほどある。しかし、本当に素晴らしい絵には技術だけでなく青春がある。それが国を超えて惹きつけ、祖国を飛び出す。ハーモ美術館が教えてくれる。
アンリ・ルソーに出逢える美術館
シャガールに出逢える美術館
サルバドール・ダリに出逢える美術館