美術館は土地というカンヴァスにどんな建物を描くかの空間アートである。スケールは大きな重力だが、時に弊害になることもある。狭い茶室の座布団に宇宙が宿るように、町の小さな美術館が都会を圧倒する。大事なのはスケールではなく密度。
美術館は川のほとりか公園の中にあることが多い。埼玉県立近代美術館は北浦和駅の目の前、徒歩3分の北浦和公園に静かに佇んでいる。
1982年開館の埼玉県立近代美術館(MOMAS)は地元住民が多く、笑い声がたくさん聴こえるのに静寂を感じられる。贅沢な空間を創造した。
美術館は入る前に良いかどうか判断できるが、黒川紀章の設計による最初の美術館である埼玉県立近代美術館は外観が見事。雰囲気は図書館なのに、きちんと美の空間になっている。
館内に入ると左手に常設展示室。その奥にミュージアムショップがあり、右手がチケットカウンター。館内は小学生以下の子どもたちが元気に走り回っている。
広いエントランスには沢山のアートチェアが展示。どれも座って良い。実用品は使って初めて良さがわかる。
お昼は地元のおじいちゃん達がうたた寝。その光景もアートである。
アリスティド・マイヨール《イル・ド・フランス》1925年。美術館にマイヨールがあると安心できる。初めて来た気がしないと思ったら、ひろしま美術館と同じ匂いがする。
どんな絵画を所蔵しているのかも美術館のアイデンティティ。企画展は借り物の服。コスプレイヤーであり、その美術館の普段着が観たい。埼玉県立近代美術館は1階が常設展示室。200円で鑑賞できるから子どもでも来れる。すべての絵画は展示せず、「MOMASコレクション」と題して年4回ほど入れ替え。2024年8月31日から11月24日までは運良くモネの絵を2枚とも展示してくれていた。
他の美術館と違うのは野外展示もあること。常設展示室に入って一度、外に出てまた戻ってくる。
気に入ったのは階段アート。自分の足で稼ぐアート。昇るアート。
階段の上から北浦和の街を見渡す。埼玉の新座市にある新海誠の《ほしのこえ階段》を思い出した。
埼玉県立近代美術館の展示が良いのは西洋画と日本画のバランスが良いことだ。モネの睡蓮がなくとも十分に満足できる。
桃色の風が見事。瑛九の絵画は来月に行く予定の宮崎県立美術館にコレクションがある。愉しみだ。
モネの横に並べてあるのに遜色ない。むしろ、こちらのほうが良さもある。解釈こそアート、アレンジこそ芸術であることがよくわかる。
山を点描画で描く。これも日本人の魂。
山を描くために、向かいの山に登り、気の遠くなる点描画で心の山を創る。登山をデザインする。この絵はクライマーの登魂を刺激される。赤石岳に登りたくなった。山の絵に関しては日本画は西洋画を圧倒する。
作者を見なくてもシニャックとわかる。空、水面、大地。どれも質感が違う。しかし、ひとつに繋がっている。だからシニャックの絵はやさしい。唯一無二。
ここには居ない農作業を終えた農夫の足跡を残照が連れてくる。なんてやさしい心と孤独を持っていた画家なのか。《印象、日の出》と対になる夕陽の傑作。
埼玉県立近代美術館にある最高の絵画。18歳のモネが初めて油絵を世に放ったデビュー作。パリでも東京でもなく埼玉にある。青と緑に囲まれたこの美術館にふさわしい一枚。木々が雲に手を伸ばし背伸びする。その微笑ましさが、小さな川の水面に映る。自然の一日をやさしく見守る麦わらの男性。それをやさしく見つめるモネ。どれだけこの風景を愛したのか。その愛情が緑に溢れている。青空と白雲に溢れている。テクニックの中に、画家の心が上塗りされている。何度も何度も絵筆を塗り重ねるたびに愛情が溢れ出す。モネという画家の原点であり、いつも帰る故郷。18歳でも86歳でもなく、何歳であろうと変わらないものがこの絵にある。
美術館メシは『レストラン・ペペロネ』。夜もやっているイタリアンとフレンチを融合した地中海料理。
埼玉県立近代美術館の優しさが溢れている店内。絵画は立って鑑賞するから椅子にこだわっているのがうれしい。
北浦和公園を眺めながらの食事。美術展を観ずにレストランだけ利用する地元民も多い。愛されている。
お得なのはコース1980円。単品でも1000円以上なので、前菜、パスタ、デザート、珈琲がついて2000円以下なのはお得。
ちゃんとスカルペッタ(残ったソースをすくうこと)のパンもついている。おかわりできる。
日替わりパスタは「アッラ・ノルマ(揚げ茄子とトマトのパスタ)」。ちゃんとリングイネにしているところが、さすがイタリアン。チーズの分量も完璧。
デザートはチーズケーキ。もう一度、絵画を見て回る気力が湧く。
外に出ると、地元のひとたちの自転車で溢れていた。理想の美術館が埼玉にある。
モネに出逢える美術館