アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

ゴッホ《木の根》〜最期の朝、地面は呼吸した

ゴッホ《木の根》

  • 原題:Tree Roots
  • 邦題:木の根と幹
  • 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
  • 制作:1890年7月
  • 寸法:50.3 cm x 100.1 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホの遺作。死の前日の朝に描いたとされている絵画。そのため未完成とされる。ゴッホの弟テオの義理の兄弟であるアンドリース・ボンガーの手紙に「亡くなる前日の朝、ゴッホは太陽の光と生命力に満ちた森の風景を描いた」とある。

描かれているのは、木材として使われる木々。泥灰岩の採石場で育っている。

《木の根》を描いた場所

2020年、当時のポストカードが発見され、ゴッホの《木の根》の場所と特定された。

ゴッホが暮らしていたラヴー旅館から近いドヴィニー通りの一角にあり、現在は多くのゴッホファンが訪れる。

ゴッホ美術館、アムステルダム

この絵は現在、オランダのアムステルダムにあるゴッホ美術館のオーヴェル時代のコーナーに展示されている。

絵画レビュー:ゴッホが最期に見つめた、地面の宇宙

ゴッホ《木の根》1890年7月

木々が人間のように腕を伸ばし、身体をひねり、互いに抱き合いながら踊っている。楽譜に書かれた音符が演奏の途中で勝手に踊り始めたようだ。一定のリズムはあるのに、どこへ向かうのか予測できない。

木の幹や根は、茶色ではなく、青や青灰色で描かれている。そこに黒く太い輪郭線が入り、青い血管が大地の上を走っているようだ。

その青に対して、背景の土は鮮やかな黄土色や橙色。赤茶色の筆触が入り、さらに緑の葉が重なる。青と橙は補色に近い関係にあり、互いの存在を強め合う。冷たい木の根と、温かい大地。その対比によって、画面全体に強烈なエネルギーが生まれている。

木の根は、人間の目に触れない場所で伸びていく。太陽に向かって咲く花と違い、誰かに見られるために存在しているわけではない。土の中を這い、石を避け、ときには別の根と絡まりながら、生きるための場所を探し続ける。

人生もまた、まっすぐには進まない。曲がり、迷い、誰かと交わり、ときには行き止まりにぶつかる。それでも、自分の根を伸ばし続ける。

曲がりくねり、絡まり合い、どこか不格好だ。だが、その不格好さにこそ、生きることの本質が現れている。

生命は、美しい形になるために生きているのではない。生きようとするから、これほど複雑な形になる。

ゴッホは、土に隠れた根の中にも、途方もないエネルギーを見いだしていた。空へ伸びる木を描けば、希望の絵になったかもしれない。だが、ゴッホは足元に目を向けた。

そこには、空よりも複雑な宇宙が広がっていた。

木々は声を上げない。だが、この画面では、無数の根が雄弁に語り続けている。生きるとは、こんなにも激しく、こんなにも美しい。

これから死ぬ画家の絵には見えない。ここにあるのは終わりの影ではなく、これから生きようとする意志。地面に縫いとめられた根は、上へ伸びる枝の予感であり、倒れずにもう一歩、先へという意思の形である。

 

絵画の見方が変わります!

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エゴン・シーレ《菊》〜白は死を囁き、赤は性を歌う

エゴン・シーレ《菊》

  • 作者:エゴン・シーレ
  • 英題:Chrysanthemums
  • 制作: 1910年
  • 寸法:61×91.9 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:レオポルト美術館(オーストリア)

シーレは菊を好んで描いた。20歳になった1910年には《白い菊》《黄色い菊》《赤い菊》も書いている。

その中でも最高傑作、別格と言っていい作品が背景が漆黒に染められた菊である。

アンディ・ウォーホル《KIKU》

この絵を観たとき、かつてアンディ・ウォーホル展で最も良かった一枚を思い出した。

絵画レビュー:真夜中に咲いた、生と死の花火

エゴン・シーレ《菊》

真夜中に花火が打ち上がったような、色彩の爆発と儚さである。

白い花といえば清楚で、おとなしく、優雅な印象がある。ところが、この白い菊たちは、まったく行儀がよくない。花びらは好き勝手な方向へ伸び、隣の花と絡まり、画面の外へ飛び出そうとしている。

白い糸が意思を持って踊り始めたようだ。クリーム色、薄い黄色、灰色、淡い桃色。花びらの一本一本に微妙な違いがあり、光が当たる場所と影に沈む場所で表情が変わる。

この繊細な色の重なりが、花に立体感と生命力を与えている。

そして、中央の赤い菊。深紅、えんじ色、紫がかった赤。ビロードを幾重にも重ねたような濃密さがある。周囲の白が軽やかに跳ねるほど、中央の赤は重く、深く、妖艶になる。

構図も大胆だ。花瓶は見えない。テーブルもない。花々がどこに置かれているのか、説明するものはほとんどない。画面いっぱいに菊が重なり、手前の花も奥の花も、こちらへ迫ってくる。

そして、背景の黒が深いからこそ、白い花びらの輪郭が際立ち、赤い菊の色彩が一層濃密になる。黒は光を奪う色のはずなのに、この絵では逆に花々を輝かせている。

だが、この生命力には、どこか死の匂いが漂っている。

白い菊は、純潔の象徴であると同時に、死者に手向ける花でもある。細長く垂れ下がる花びらは、白骨のようでもあり、死者を包む白い布のようでもある。白が美しければ美しいほど、その奥にある死の静けさが際立ってくる。

対照的に、中央の赤い菊からは、濃厚な性の匂いが立ち上る。幾重にも折り重なる花弁は、触れ合う肌のように艶めかしい。深紅は血の色であり、肉体の色であり、欲望の色でもある。白が死へ向かう色なら、赤は生を貪る色だ。

何より、この絵には儚さがある。

その理由は、花々があまりにも華やかに咲いているからだ。白い花びらは四方へ伸び、赤い菊はこれ以上ないほど大きく開いている。生命が頂点に達した瞬間、そこには必ず終わりの予感が忍び込む。

しかも、花瓶も大地も見えない。花々は漆黒の空間に浮かび、どこから生まれ、どこへ帰るのかも分からない。暗闇に突然現れた生命が、次の瞬間には暗闇へ吸い込まれてしまいそうだ。

まさに、夜空に咲く花火である。白は死を囁き、赤は性を歌う。その両方を抱えながら、花々は今この瞬間を咲き尽くそうとしている。

美しさの絶頂は、消滅の一歩手前でもある。この絵が切ないのは、花が枯れているからではない。あまりにも美しく咲いているからだ。

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ゴッホ《ばら》〜美しくないから美しい、きれいじゃない薔薇のほうが刺さる

ゴッホ《ばら》

  • 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
  • 制作:1889年
  • 寸法:33 x 41.3 cm
  • 所蔵:国立西洋美術館

ゴッホが、1889年5月から1890年5月までの1年間、療養生活を送った南仏サン=レミの精神病院(もとは修道院)で描いた一枚。

当初、病院の医者はゴッホに外出許可を与えず、もっぱらゴッホは庭の風景や植物を描いた。

この絵は、原田マハの小説『常設展示室』にも登場する。少し筆が死んでいるが、そこに味が出ている。地面の緑は濁流の川、ばらの花はゴッホの涙。荒れた地面に咲く薔薇を、ゴッホは美しく描かない。自分を重ね合わせ、正直に描いた。ゴッホに捧げる献花。

絵画レビュー

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ《ばら》1889年、国立西洋美術

ゴッホの《ばら》は、「きれいな花の絵」を期待して見ると、少し戸惑う。

ばらは咲いている。白や淡いピンクの花が、画面いっぱいに広がっている。だがこの絵、まったくロマンチックではない。むしろ、ちょっと雑で、かなり生々しい。

構図が落ち着かない。花は整然と並ばない。中心もない。どこから見ればいいのか、一瞬迷う。普通、花の絵は「ここを見てください」と優しく導いてくれるものだが、この絵は違う。

「好きなところから勝手に見てくれ」と言わんばかりに、全体が均等に騒がしい。

筆致がとにかく速い。厚塗りというより、流し込むようなタッチ。花びらも葉も、丁寧に輪郭を取らない。形がほどけて、周囲の緑に溶けていく。

この絵、「ばらの形」を描いていない。「ばらがそこにある状態」を描いている。

色も独特だ。背景の緑が強い。鮮やかというより、少し濁っていて、湿度がある。その中に、白やピンクのばらが浮かぶ。「浮かぶ」というより、「埋もれている」に近い。

花が主役のはずなのに、完全に支配していない。

ここが面白い。ばらは美の象徴だ。主役になるための存在だ。だがゴッホは、その特権を与えない。草も葉も花も、全部同じレベルで存在している。ヒエラルキーがない。

この絵は、「花の絵」ではなく、「生命が同時多発している場所」の絵だ。

よく見ると、ばらは完璧に咲いていない。少し崩れている。開ききっていないもの、重たそうに垂れているものもある。理想の瞬間ではなく、「今この状態」を切り取っている。美しい瞬間を選ばない。この正直さが、ゴッホだ。

そして不思議なことに、見ていると落ち着く。

整っていないのに、気持ちいい。主役がいないのに、満ちている。説明がないのに、納得してしまう。

ゴッホはここで、「美しさ」を完成形として扱っていない。もっと途中で、もっと揺れているものとして描いている。

《ばら》は、花の肖像ではない。

咲いて、揺れて、崩れかけて、それでもそこにある、その“途中の美しさ”の記録だ。

だからこの絵は、静かなのに、どこかざわついている。

完成していないからこそ、生きている。

 

空前絶後のアート本、登場!

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ゴッホ《雪のある風景》〜雪の下では、もう春が動いている

ゴッホ《雪のある風景》

  • 英題:Landscape with Snow
  • 別題:雪景色
  • 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
  • 制作:1888年2月
  • 寸法:38.3 x 46.2 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)

ゴッホは1888年2月中旬にパリを離れ、太陽の光が降り注ぐアルルの健康的な雰囲気の中で活力を取り戻そうとした。しかし、南の都市で列車を降りた時、記録的な寒波の雪景色に直面した。

ゴッホは雪が溶ける直前の2月24日頃に「雪のある風景」を描いた。カンヴァスの一部を後半に描いた夏の収穫の鮮やかな光と熱狂的な色彩に任せることで、雪のまだらな様子を表現している。ここでは、吹雪の紫がかって描かれている。

ゴッホ《アルルを背景にした雪景色》1888年2月

ゴッホは、この数日後にも《アルルを背景にした雪景色》(ロンドン、個人蔵)を描いている。

絵画レビュー:冬がほどける音がする

ゴッホ《雪のある風景》

雪景色なのに、寒さより先に「春の気配」が届いてくる。

広がる白い大地。その白は静かではない。青、黄、緑、赤茶、灰色がところどころから顔を出し、雪の下で色たちが目を覚まそうとしている。

冬の絵というより、冬がほどけ始めた瞬間の絵である。

構図が気持ちいい。中央から奥へ一本の道が伸び、その先には山と空が待っている。道はまっすぐではなく、少し揺れながら遠くへ消えていく。その線に引っ張られ、視線まで自然に画面の奥へ歩き出す。「この先へ行ってみよう」と絵の中から誘われる。

何もない雪原に人が一人いるだけで、風景は急に物語を持つ。どこから来たのか。どこへ向かうのか。犬は何を見ているのか。広大な自然の中に、ほんの少し人間の時間が置かれている。

ゴッホは、雪を白だけでは描かない。水色、紫、黄土色、緑、赤茶色。雪は光を受け、泥を含み、水に変わり、土をのぞかせる。その変化を、無数の色で描いている。

だから地面は止まって見えない。

溶ける。にじむ。流れる。春へ向かって、少しずつ形を変えている。ゴッホは、美しい雪景色を描こうとする気取りがない。泥もある。水たまりもある。踏み荒らされた土もある。その汚れこそが春の証拠である。

雪が完全に白いままなら、まだ冬だ。汚れ始めたとき、季節が動き出す。ゴッホは、その変化を見逃していない。

冬から春へ。白から緑へ。静止から再生へ。季節がほんの少し傾いた瞬間。

それだけで、世界はもう昨日とは違っている。春とは突然やって来るものではない。

まず白が汚れる。次に土が見える。水が動く。空気が少し軽くなる。気づいたときには、冬はもう後ろにいる。

ゴッホが描いたのは、季節が次のページをめくる、その瞬間である。

冬はまだ終わっていない。でも、春はもう始まっている。

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ゴッホ《果樹園と糸杉》〜春が世界中を花に変えていく

ゴッホ《果樹園と糸杉》

  • 英題:Orchard with Cypresses
  • 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
  • 制作:1888年4月
  • 寸法:65.0cm × 81.0cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:個人蔵

1888年2月末、ゴッホは 光と色彩を求めてパリからアルルに拠点を移した。その数週間後、雪が溶けて、多くの果樹園の風景画を描いた。

この絵は、マイクロソフト共同創業者の故ポール・G・アレンが所蔵していたが、2022年11月10日にクリスティーズ・ニューヨークで1億1720万ドル(約186億3000万円)で落札された。最終的な落札者は匿名を希望。この絵画が初めてアメリカに渡ったのは1928年のことで、7年後には1万5000ドルで競売にかけられた。つまり、それ以来約8000倍に値上がりしたことになる。

この落札額は、1990年に、8250万ドル(約131億2000万円)で落札された《医師ガシェの肖像》を超えて、ゴッホ作品の中で最高額で落札された。

絵画レビュー:花より先に、空と大地が咲いている

花より先に、空と大地が春を咲かせている。春は、果樹園から世界へあふれ出す。

どこにでもありそうな果樹園。ところが、ゴッホの絵筆が触れた瞬間、春は木の枝だけでは収まりきらなくなる。空にも、土にも、光にも、無数の花びらが舞い始める。

春そのものが紙吹雪になったようだ。

青空なのに、青一色ではない。淡い水色、白、クリーム色、薄紫、黄色。無数の短い筆触が画面いっぱいに散りばめられ、空気そのものが細かく震えている。

普通、空は風景の背景になる。しかし、この絵では空まで花と一緒に咲いている。見上げれば青い花びらが舞い、見下ろせば緑や黄色の光が跳ねる。空と地上の境界が、色彩のリズムによって溶けていく。

そして、地面。果樹園の土なのに、茶色がほとんど主張しない。淡い黄緑、青、紫、桃色、黄色が入り乱れ、大地が巨大なパレットになっている。青い影の隣には黄色い光。緑の草の間には赤みを帯びた筆触。絵具を細かく混ぜ合わせるのではなく、それぞれの色を短いタッチで並べることで、光の揺らぎをつくっている。

一歩近づけば、筆触の集合。少し離れれば、春の陽射し。

色の粒が鑑賞者の目の中で混ざり合い、風景が完成する。絵を見ること自体が、春を生み出す作業のようだ。

背景の板塀も効いている。黄土色と赤茶色の直線的な塀がなければ、画面は色の粒に埋もれ、輪郭の曖昧な春の夢になってしまう。そこに人間がつくった人工物を横たえることで、風景が引き締まる。

自然の自由な曲線と、人間が引いた直線。その対比が、果樹園に心地よい秩序をもたらしている。花びらは、枝にしがみついているというより、今にも風に乗って飛び立ちそうだ。

ここには、ゴッホの《ひまわり》のような、燃え上がる生命力はない。

もっと軽い。もっと柔らかい。

春が大声で歌っているのではない。まだ冷たさの残る空気の中で、無数の小さな音が鳴り始めている。木々は弦楽器、花は鈴、地面の色彩は細かな打楽器。果樹園全体が、春のオーケストラになっている。

冬のあいだ眠っていた色が、いっせいに目を覚ます。地面には光が戻り、木々は枝先を染め、空気まで新しい色に着替えていく。

春とは、花が咲くことだけではない。世界のすべてが、もう一度生まれ直すことなのだ。ゴッホは、その変化を壮大な風景や劇的な光で描こうとはしない。何でもない果樹園の、無数の小さな筆触に託している。

花が春を告げているのではない。春が、世界中のものを花に変えている。

ゴッホの絵筆は、その瞬間を逃さなかった。春が地球をカンヴァスにして、色彩のリハーサルを始めたのである。

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ゴッホのアルル時代〜光と狂気の町、ゴッホを生んだ南仏の光

《タラスコンへの道を行く画家》1888年7月

ゴッホがもっとも多くの傑作を生み出したのは、南仏アルルで過ごした1年余りの期間だった。パリでの刺激的な日々を経て、ゴッホはより強い光と鮮烈な色彩を求めて地中海の太陽の下へ向かう。アルルはゴッホにとって「西洋の日本」であり、夢に描いた共同アトリエの実験場でもあった。

黄色い家での創作、カフェでの孤独な夜、地元の人々との交流、そしてゴーギャンとの共同生活と決裂。耳切り事件という破局を迎えるまでのアルルの日々は、芸術の飛躍と精神の危機が同時に進行する濃密な時間だった。この1年余りに、200点以上の作品を描く。ゴッホがなぜアルルに惹かれ、そこで何を夢見て、どのように挫折したのかをたどっていく。

ゴッホがアルルにやってきた理由

パリから南仏へ ― 光と色彩を求めて

ゴッホ《アルルを背景にした雪の風景》1888年2月

1886年3月から1888年2月までゴッホはパリで暮らし、印象派や点描、ジャポニスムと出逢いながら画風を模索した。しかし、パリの都会的な喧騒と曇天続きの空気は、心身を疲弊させた。そこで、より鮮烈な光と強い色彩をキャンバスに取り込むため、34歳のゴッホは、南仏アルルに移り住む決意を固める。

1888年2月、アルルに到着。その年は異例の寒さで雪景色だった。それでもゴッホは、「浮世絵の雪景色のようだ」と感激した。

ゴッホにとってアルルは、絵の具の実験場であり、精神を解放する場でもあった。

「日本的楽園」の夢とジャポニスムの影響

《刈り入れをする人のいる麦畑》1888年9月、ゴッホ美術館

ゴッホはアルルを「日本のようだ」と繰り返し手紙に記している。浮世絵に魅せられ、日本の芸術に見出した明快な線と平面的な構図、四季の自然表現を、自らの絵画に取り込みたいと願った。アルルの田園風景や明るい色彩は、「西洋の中の日本」であり、異国の楽園のように感じられた。ゴッホにとってアルルは、ジャポニスムの理想を実現するための舞台だったのである。

ゴッホの「共同体の夢」と芸術への野心

テオに送った「黄色い家」のスケッチ画、

活気のあるパリで、ゴッホの視線は次第に“自分たちの共同体”へ向かう。画家同士がともに暮らし、互いに刺激し合う「南のアトリエ(スタジオ・オブ・ザ・サウス)」の構想である。ゴッホは、日本の絵師の集団や修道院的コミュニティに憧れ、ゴーギャンら仲間と理想の工房をつくる夢を抱いた。

この夢は、単なる生活設計ではない。安価で力強い芸術をつくり、働く人々の暮らしに届けたいという、社会的な使命感とも結びついていた。夢を実地で試す場所として、強い光と簡素な生活が得られる南仏を選ぶ。

ゴッホと素描の世界

アルルでのゴッホの生活と日常

アルルの地図

黄色い家とアトリエの夢

1888年9月に描かれた「黄色い家」の水彩画、ゴッホ美術館

1888年9月に描かれた「黄色い家」の水彩画、ゴッホ美術館

アルルでゴッホが借りた「黄色い家」は、理想のアトリエ計画の象徴だった。壁を鮮やかな黄色に塗り、部屋には自作のひまわりを飾り、将来は仲間の芸術家たちを迎え入れる拠点にしようと夢見た。孤独ではなく共同制作を求める姿勢が、この小さな家に込められていた。

カフェ・ドゥ・ラ・ガールでの時間

水彩画バージョンの《夜のカフェ》個人蔵

ゴッホはアルルの黄色い家と同じ建物にあった「カフェ・ドゥ・ラ・ガール」で食事をし、夜を過ごした。《夜のカフェ》にも描かれ、人間観察の場であると同時に、孤独と格闘する舞台でもあった。

モデルとの交流と地元の人々

《アルルの老女》1888年2月、ゴッホ美術館

ゴッホはアルルで農婦や居酒屋の客、ズアーブ兵など、近隣の住民をモデルに描いた。特に郵便配達人ルーラン一家との交流は深く、繰り返し肖像に残している。地元の人々との関係は温かさと疎外感の両方を孕み、土地の現実と心象が重ねられている。ただし、友人は少なく、ゴッホが友人を作るのに苦労した理由の一つは、プロヴァンス方言を習得できなかったことと言われている。

ゴーギャンとの共同生活と決裂

「南のアトリエ」構想と夢の始まり

ポール・ゴーギャン《アリスカンの並木路、アルル》1888年

ゴーギャン《アリスカンの並木路、アルル》1888年、SOMPO美術館

ゴッホはアルルに芸術家の共同体を築くことを夢見ており、その第一歩が、ゴーギャンを黄色い家に招くことであった。二人は1888年10月から黄色い家で共同生活を始め、「南のアトリエ」という理想の実現に向けて歩み出した。

緊張と対立 ― 芸術観の違い

ゴーギャン《アルルの夜のカフェ》1888年、プーシキン美術館

二人の性格と芸術観の違いは大きかった。ゴッホは自然の前で直感的に筆を走らせ、感情を色彩にぶつける画法を信じた。ゴーギャンは、記憶や象徴を重視し、構想に基づく絵画を求めた。議論は次第に衝突へと変わり、共同生活は不安定になっていった。

耳切り事件とその余波

《アルルの病院の庭》1888年12月

1888年12月、ついに緊張は破局を迎える。口論の末、ゴッホは耳を切り落とすという衝撃的な出来事があった。有名な「耳切り事件」である。事件の真相は今も議論が絶えないが、この出来事を境にゴーギャンはアルルを去り、ゴッホは精神的な危機に陥った。アルルの住民たちもゴッホを危険視し、狂人扱いしたことで孤立は深まった。

「耳切り事件」を報じる『ル・フォロム・レピュブリカン』紙

この事件は瞬く間に地域社会や新聞で報じられ、ゴッホの精神的な不安定さを象徴するエピソードとして知られるようになった。

先週の日曜日、夜の11時半、オランダ出身のゴッホと称する画家が娼館に現れ、ラシェルという女を呼んで、「この品を大事に取っておいてくれ」と言って自分の耳を渡した。そして姿を消した。この哀れな精神異常者の行為の通報を受けた警察は、翌朝この人物の家に行き、ほとんど生きている気配もなくベッドに横たわっている彼を発見した。この不幸な男は直ちに病院に収容された。
— 『ル・フォロム・レピュブリカン』1888年12月30日

ゴッホ《フェリックス・レーの肖像》1889年1月、プーシキン美術館

ゴッホ《フェリックス・レーの肖像》1889年1月、プーシキン美術館

アルル市立病院でゴッホの治療を担当したのは23歳で、まだ医師資格を持っていない研修医のフェリックス・レー。出血を止め、傷口を消毒し、感染症を防止できる絹油布の包帯を巻いた。ゴッホの自画像の包帯も、この治療法があって生まれた。ゴッホはのちに、医師の肖像を描いている。

1930年に医師が描いたゴッホの耳の図

フェリックス・レー医師は、1930年にゴッホの回顧録の取材の際、耳の図を描いている。点線に沿って耳を切り落とし、耳たぶの一部が残ったと語った。ゴッホはレー医師について「勇敢で、働き者で、いつも人助けをする」と誉めている。

レー医師はゴッホの肖像画が気に入らず寄付した。この絵は現在では5000万ドル(70億円)以上の価値がある。

精神の危機と療養生活の始まり

ゴッホ《アルルの病院の病棟》1889年10月、オスカー・ラインハルト・コレクション

ゴッホ《アルルの病院の病棟》1889年10月、オスカー・ラインハルト・コレクション

耳切り事件の後、ゴッホは病院に収容され、繰り返し発作を起こすようになる。味方をしてくれたルーランも引っ越し、1889年5月、アルルを離れ、サン=レミの精神療養院に入院する。アルルは夢と創造の場であると同時に、破局と苦悩の舞台でもあった。だがその短期間に生まれた作品群は、ゴッホ芸術の核心を形づくるものとなった。

アルル時代のゴッホの有名絵画・代表作

《雪のある風景》

ゴッホ《雪のある風景》

  • 英題:Landscape with Snow
  • 別題:雪景色
  • 制作:1888年2月
  • 寸法:38.3 x 46.2 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)

1888年2月、太陽を求めて南仏アルルへやって来たゴッホを待っていたのは、記録的な寒波と雪景色だった。その風景を記録した一枚。

春の気配が満ちている。白い大地には青、紫、黄、緑、赤茶色が混ざり、雪の下から土や草が顔をのぞかせる。

ゴッホは雪の白さではなく、雪が汚れ、溶け、土へ戻っていく変化を描いた。冬から春へ。白から緑へ。静止から再生へ。季節が次のページをめくろうとしている。

冬はまだ終わっていない。でも、春はもう始まっている。

《グラスに入れた花咲くアーモンドの枝》

《グラスに入れた花咲くアーモンドの枝》1888年3月

  • 制作:1888年3月
  • 寸法:24.5 cm x 19.5 cm
  • 技法:油絵、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

小さなカンヴァスの上に、春が息づいている。透明なグラスに射す光は、水をきらめかせ、花の命をやさしく支える。枝先にほころぶアーモンドの蕾は、桃色の吐息のように震える。

ゴッホがアルルに到着したとき、地面にはまだ雪が残っていた。寒さに負けず咲くアーモンドに感動し、花瓶にいけた。ゴッホの慈しみが溢れる一枚。背景の赤の線がアーモンドの力強さを強調している。

《日没の柳》

絵画レビュー:ゴッホ《日没の柳》

3月の夕暮れ、木々に新芽が芽吹く頃のポラードヤナギを描いた一枚。鮮やかな黄色、オレンジ、赤、青の色彩を用い、自信に満ちたタッチで描き込んでいる。ポラードヤナギの背後に広がる鮮やかな青い縞模様は、遠くのアルピーユ山脈を表している。

大地の黄と、空の黄は溶け合い、自然の力を圧倒的な熱として伝えてくる。ゴッホは写実を超えた、魂と自然の共鳴を描いた。

《アルルの跳ね橋》

クレラー・ミュラー美術館のゴッホ《アルルの跳ね橋》

ゴッホがアルルに到着した翌月、アルル中心部から南西約3キロほどの運河に架かる跳ね橋(ラングロワ橋)を描いた作品。絵の主役となるのは、鮮やかな青と黄の色彩。この色の組み合わせは、フェルメールの《デルフトの眺望》を意識したもの。

ゴッホの絵の中でも一際、明るさに満ち、健康的な色彩の一枚。手前の草や土は濃く、影を落とした水面の波紋は力強い。アルル運河では澄み切った空気の中、洗濯をしている。陽光を浴びた跳ね橋はゴールドに輝き、ラングロワ橋を渡る馬車がのどかな空気を運ぶ。人々の営みが描かれているからこそ、暮らしの温もりが気分を明るくさせてくれる。

《果樹園と糸杉》

ゴッホ《果樹園と糸杉》

  • 英題:Orchard with Cypresses
  • 制作:1888年4月
  • 寸法:65.0cm × 81.0cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:個人蔵

アルルの雪が溶け、果樹園が一斉に花を咲かせると、ゴッホは春そのものに取り憑かれたように、何枚もの果樹園を描いている。

《果樹園と糸杉》も、その時期に生まれた一枚である。都会のパリを離れたことで、ゴッホの絵はむしろ明るく、自由になった。ここには「名所」を描こうとする意識はない。ただ、目の前の世界が春によって生まれ変わっていく、その驚きがある。

自分には、花が咲いているというより、世界そのものが咲いている絵に見える。空も、大地も、木々も、冬の眠りからいっせいに目を覚ましている。

2022年には約1億1720万ドルで落札され、当時のゴッホ作品最高額を更新した。だが、この絵の価値は価格よりも、パリを捨てた先で、ゴッホ自身の春が始まったことにある。

《サント=マリーの浜辺の釣り船》

ゴッホ《サント=マリーの浜辺の釣り船》1886年6月

  • 制作:1888年6月
  • 寸法:65x81.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館

漁師の姿はどこにもない。浜に並ぶのは、空っぽの船。けれど、その船たちは、どれもカラフル。オレンジ、イエロー、ブルー、グリーン。子どもの塗り絵みたいに。孤独のなかにも、消えない希望がある。

海はすぐそこにある。波のかたちも、空の筆致も、生きてるようにうごめく。沖のほうに目をやれば、帆を立てた小さな船が、風に乗って並んでいる。

この船たちで、どこかへ行ける気がする。ゴッホもきっと、この海を見ながら、いつかの“ここではないどこか”を夢見ていた。

この絵には、童心と旅心、まだ見ぬ明日が描かれている。

海路は続く、どこまでも。

《ズアーブ兵》

ゴッホ《ズアーヴ兵》1888年6月

  • 制作:1888年6月
  • 寸法:65.8 cm x 55.7 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホがアルルを訪れたときに知り合ったズアーブ兵を描いたもの。「ズアーブ」はアルジェリア人によって構成されたフランスの歩兵。エナメルの軍服、赤い帽子がトレードマーク。

鮮烈な赤い帽子と濃紺の制服は、見る者の視線を一気に引き込む。腰から上で切り取られているが、その断ち切り方が人物を山のように雄大に見せている。

ゴッホの筆づかいは荒々しくも温かく、鋭い眼差しと口元には、子どもが兵士に憧れるときの素朴な純粋さが宿っている。威厳をまといながらも、その内側に潜むやさしさが、絵の奥からじんわりと滲み出している。軍服に包まれた男の顔には、戦いのための強さと、同時に弱さや慈しみが共存している。

《種まく人》

ゴッホ《種まく人》

ゴッホがアルルに到着した年の初夏、「黄色の時代」に描かれた一枚。大尊敬していたジャン=フランソワ・ミレーの《種をまく人》へのオマージュ。ゴッホはミレーに魅せられ、「The Sower」のテーマだけで30点以上のデッサンと絵画を制作している。

ミレーのように近景から人物を大きく捉えるのではなく、ゴッホは遠くから引いた視点で描いている。農夫は“種をまいている人”というより、“荒野を進む旅人”のように見える。農民というより開拓者。単に種を蒔くのではなく、大地を切り拓く。

《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》

ボストン美術館の《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》

  • 制作:1888年8月
  • 寸法:81 cm × 65 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ボストン美術館(アメリカ)

アルル駅の郵便局長ジョセフ・ルーラン。ゴッホは「郵便配達人」と思い込んでいた。絵画を弟テオに送る際に頻繁に接し、親しい友人関係となる。

ゴッホは手紙でルーランのことを「善良で、賢く、情に厚く、誠実な人」と記している。耳切り事件のあとも、ルーラン一家はゴッホとの交流を絶やさなかった。

ルーランの肖像として最初に描かれたもので、ほぼ全身像が描かれている唯一の絵。制服の着こなしは堂々としており、左肘をついた姿勢には気品が漂う。背景の青緑と制服の深い青が響き合い、洗練された印象に仕上げている。上を向いた顎、立派な髭、優しげな眼差しには、職業への誇りと人柄の温かさがにじんでいる。

《ひまわり》

ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《ひまわり》
  • 制作:1888年8月
  • 寸法:73×92cm
  • 所蔵:ロンドン・ナショナル・ギャラリー(イギリス)

ゴッホが生み出した史上最高の花の絵画のひとつ。

「ゴッホの《ひまわり》」といえば、ロンドン・ナショナル・ギャラリーにある一枚を指す。4番目に描かれたとされる作品だ。

花も背景も黄色で統一されており、花瓶や卓上まで含めて、すべてが淡い黄色から黄土色で満たされている。まるで光そのものを描いたかのように、単色の世界に無限の深みと輝きが広がる。

花瓶には「Vincent(ヴィンセント)」とサインが入っている。それは手紙の差出人のようであり、贈り物の名札のようでもある。つまりこの《ひまわり》は、自分のためではなく、誰かのために描かれた作品なのだ。ゴーギャンがこの絵を欲しがったが、ゴッホは決して手放さなかったという。

《パシアンス・エスカリエの肖像》

ゴッホ《パシアンス・エスカリエの肖像》

  • 制作:1888年8月
  • 寸法:69×56cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:個人蔵

ゴッホがアルル時代に描いた農夫の肖像画の傑作。

パシアンス・エスカリエ(Patience Escalier)はアルル近郊の農夫。ゴッホが憧れていた、ジャン=フランソワ・ミレーの《鍬を持つ男》をイメージして描かれた。神父のような眼差しには疲労と誇りが同居し、人生の深い歴史と達観がある。ゴッホは、単なる肖像ではなく、自然とともに生きる人間の姿を表現した。

《黄色い家》

ゴッホ《黄色い家》1888年9月

  • 制作:1888年9月
  • 寸法:76 cm × 94 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

「黄色い家」として親しまれている代表作。ただし、ゴッホ自身はタイトルを「The Street(通り)」としており、家ではなく、大通りを描いた絵。ただし、「黄色い家」のほうがチャーミングで愛嬌がある。

黄色い家は、1888年5月1日にゴッホが借りたフランスのアルルにあるラマルティーヌ広場2丁目の右角にあった4フロアの家屋。2階が有名な《アルルの寝室》。1階がキッチンとアトリエ。《ゴーギャンの椅子》も置いてあった。

この絵の本質は、家の外観でも、遠近法の巧みさでも、青空の鮮やかさでもない。

「地面の黄色」

この黄色の道は、ただの背景ではない。うねり、隆起し、生き物のように動いている。ゴッホが立ち、夢を抱き、孤独と戦ったアルルの大地そのものが、ここに在る。空が天の感情を映すように、地面はゴッホの精神を映している。

《夜のカフェ》

イェール大学美術館
  • 制作:1888年9月
  • 寸法:72.4 cm × 92.1 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:イェール大学美術館(アメリカ)

ラマルティーヌ広場2丁目の右角にあっカフェ・ド・ラ・ガール(Café de la Gare)を描いたもの。《黄色い家》と同じ建物にあり、ゴッホは毎日のように食事をした。

カフェのオーナーの夫人マリーは、《アルルの女(ジヌー夫人)》という作品のモデルとなっている。

強烈な赤と緑の対比が画面全体を支配し、場末の夜のカフェに漂う不穏さを強調している。薔薇色やワインレッドの壁は、酔客たちの意識や酒に溺れた感覚を象徴する。

誇張された遠近法と厚塗りの筆致は、室内の安定を崩し、床やテーブルが傾き、椅子や人々が滑り落ちてしまいそうな不安定さを生み出している。そこには、セザンヌの静物画の影響を思わせる視覚的なゆがみ、重力がある。

《夜のカフェテラス》

ゴッホ《夜のカフェテラス》

ゴッホの代表作の中でも、《ひまわり》《星月夜》と並び、最も人気の高い三大作品のひとつ。アルルの夜の広場を描いたもので、1888年9月16日か17日の夜に見えた星座であることがわかっている。

カフェはアルル中心部のフォーラム広場に面している「カフェ・ヴァン・ゴッホ」。1990年代初頭に絵に近付けるため黄色に塗り直されている。

ゴッホが初めて夜空を「青」で表現した作品である。「黒のない夜空」を描いたこの挑戦は、フェルメールが好んだ青と黄色の対比を受け継いでいる。

ゴッホは夜の光を浴びる。夜光浴の画家。夜の光を愛し、その先に訪れる夜明けを見ていた。手が届かない空の青、彷徨う魂を包装してくれる夜の黒、ふたつが溶け合って生まれる「夜明けの空」。これから新しい世界が始まる愛おしい時間を描いた。

《ローヌ川の星月夜》

《ローヌ川の星月夜》ゴッホのムーンパレス、天国への階段、星降るジムノペディ

  • 制作:1888年9月
  • 寸法:73cm×92cm
  • 所蔵:オルセー美術館(フランス)

左岸に広がる夜のアルルの風景。ゴッホが黒を使わずに、青とすみれ色で描いた一枚。星は黄色や金色で描かれ、水面には街のガス灯の光が反射し、静かな水の流れと対照的な光の輝きを生み出してる。

通常、画家たちは夜景を記憶に頼ってアトリエで仕上げるが、ゴッホは実際の光と色彩を観察し、夜の河岸、ガス灯の下で筆を走らせた。

ゴッホはローヌ川にムーンパレスを築き、プラネタリウムを降らせた。川面に浮かぶ光は街の灯なのか、それとも月光なのか。どちらでもなく、ゴツゴツした天国への階段。

この絵はバベルの塔であり、ペーパームーン。ローヌ川を舞台にしたロード・ムービー。恋人か夫婦か、ふたりの寄り添う男女がいる。ゴッホは愛しく恨めしく見つめる。

《アルルの寝室》

《アルルの寝室》ゴッホの夢の中へ

  • 制作:1888年10月
  • 寸法:72 cm × 90 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホが暮らしたアルルの「黄色い家」の2階の寝室。鮮やかな黄色、やさしい青、床に敷かれたバラ色。子ども部屋のような無垢な楽しさを醸し出している。家具はまるでオモチャ。黄色いベッドも椅子も、実用品というより、記憶の中にあった宝物のようだ。窓は閉じているのにか風が吹き抜けるような開放感がある。広角レンズのような構図は、空間を広げ、部屋の中に宇宙を宿す。

《ゴーギャンの椅子》

ゴッホ《ゴーギャンの椅子》

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:91 cm × 72 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホがアルルの「黄色い家」で生活をしていた頃、ポール・ゴーギャンの部屋に置かれていたアームチェアを描いたとされる作品。

家具を描くことは、日常を描くことであり、自己を描くこと。特に椅子は人格そのものを表す。B'z『いつかのメリークリスマス』でも、恋人に椅子をプレゼントした。

《ゴーギャンの椅子》は、曲線が多く、木の重厚感も強い。色調は重く沈む緑とブラウンで、ゴッホ自身よりゴーギャンの色調に近く、高貴さと頑固さを併せ持つ。この椅子のフォルムはゴーギャンの輪郭であり、複雑で屈折した人格が表現されている。

《ゴッホの椅子》

《ゴッホの椅子》

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:92 cm × 73 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ロンドン・ナショナル・ギャラリー

黄色の椅子は背景の青や床の赤茶と響き合い、明るさと寂寥を同時に生み出す。暖色の輝きに包まれながらも、そこに座る人物の不在が、孤独を際立たせている。単純な構図の中に、ゴッホが拠り所とした小さな世界、居場所が凝縮されている。

対になる《ゴーギャンの椅子》と比較すると、片や素朴で実直な椅子、片や豪奢で装飾的な椅子。それは友情と緊張、芸術観の違いを暗示する二つの肖像画でもある。椅子という無機質な対象を通して、人間そのものを描き出すという逆説的な手法に、ゴッホの洞察が光っている。

《夕陽に染まる種まく人》

ゴッホ《夕陽に染まる種まく人》1888年11月

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:32.5 cm x 40.3 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴーギャンと「黄色い家」で共同生活をしていた頃の作品で、その影響が作品にも表れている。

浮世絵の構図に、はっきりと“種”が描かれている。ゴッホにとって「実る」こと以上に大切なことは「蒔く」こと。評価されるよりも、創作し続けること。結果よりも奮闘に価値がある。

種をまく行為は、ゴッホにとって悲しみをまくことでもあり、夢や希望をまくことでもあった。その祈りのような姿勢こそが、美しい。

《赤い葡萄畑》

絵画レビュー:ゴッホ《赤い葡萄畑》

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:75 cm × 93 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:プーシキン美術館(モスクワ)

《赤い葡萄畑》は公式の記録として残っている、唯一売れたゴッホの絵である。1890年2月、ベルギーのブリュッセルで行われた展覧会「20人会展」に出品され、ベルギーの詩人ウジェーヌ・ボックの姉で女流画家のアンナ・ボックによって400フラン(現在の20万円前後)で購入された。

赤い大地と黄金の空は、収穫に汗する人々の労働を照らし出し、夕暮れの瞬間を「生の最高潮」として描きとめる。

一日の終わりは、やがて訪れる明日への始まり。終焉と誕生が同じ光のなかで重なり合う。ゴッホは赤を塗ったのではなく、赤という「感情」を解き放った。その赤は、燃え尽きる前の生命の炎でもあり、烈しい炎の交響曲である。

《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》

ゴッホ《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》

  • 制作:1889年2月(不確定)
  • 寸法:91 cm × 71.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

郵便配達人ジョゼフ・ルーランの妻、オーギュスティーヌ・ルーラン夫人を描いた肖像画。顔のアップや赤ん坊を抱えるバージョンなど何枚もゴッホは夫人を描いた。

この絵は、ゆりかごの紐を持って手を組んでいる場面。ゴッホ自身が書簡でLa Berceuse(子守唄)と書いており、クレラー・ミュラー美術館では、絵のタイトルも《La Berceuse》としている。

慈しみの眼。笑顔はなく、口を閉じて子どもを力強く見つめている。マリア様のような聖母の眼差し。

背景の花模様が、揺りかごに合わせて、世界が優しく揺れている。背景も、子守唄を歌っている。

《坊主としての自画像》

ゴッホ《自画像》未完の肖像、濁点の祈り、ヴィンセントという名の銃声

  • 制作:1888年
  • 寸法:61×50cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ハーバード大学フォッグ美術館(米国)

パリ、アルル、サン=レミ、オーヴェル、わずか4年のフランス生活の中で、ゴッホが描いた自画像は約38点。どれもパワフルだ。しかし、この一枚だけが飛び抜けて異質であり強靭であり、そして静か。

最も違うのは、背景の色。緑青(ろくしょう)色。「超越」の緑、時間の彼方から逆流するような、愛と永遠の色。

服装は普段着。ゴッホは悟りを開こうとしていない。日常を生きている。頭を剃っている。しかし、髭は残している。無常と日常。断絶と継続。世界を二項対立に分けるのではなく、揺れ動くあいだに身を置く。その在り方こそがゴッホの哲学。

《包帯をした自画像》

ゴッホ《包帯をした自画像》

  • 制作:1889年1月
  • 寸法:60x49cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:コートールド・ギャラリー(ロンドン)

1889年1月、アルル市立病院の退院から1週間後に描いた一枚。左耳の大部分を切り落としたが、鏡に映る自分の絵を描いたため、包帯が右耳に巻かれている。

顔はやつれ、包帯が痛々しい。何かを訴えるような眼。過去の修復ではなく、傷ついた「いま」と「これから」を生き抜く決意がそこにある。

緑のコート、緑の壁、緑は、治癒の色。自らを描くことで、自らを再生する。他者に許しを乞う眼ではなく、自分自身に向けた眼差し。人生は一筆描きではない。何度でも、生まれ直せる。そんなゴッホの声が聞こえる。

《包帯をしてパイプをくわえた自画像》

ゴッホ《包帯をしてパイプをくわえた自画像》

  • 制作:1889年1月
  • 寸法:51x45cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:個人蔵

同じくアルルでの「耳切り事件」のあとに描かれたもの。眼がやさしくなり、パイプをくゆらせるのは落ち着いた証。

怒りも嘆きもない。あるのは、ただ静かに煙をくゆらす男の横顔。パイプの煙が、薄く空を撫でる。その煙は魂の換気のように、内側の混沌を昇華していく。

背景は橙と赤。炎のように、燃え上がる熱ではない。燃え尽きたあとの残照。温もりを残す色。それでも生きているという存在証明の色。

片耳を包帯で覆い、帽子を深くかぶり、やさしい眼差しは、自分を責めない。
「痛みを抱えたまま生きる」という肯定。破れた心でも、日々は続く。煙のように、ゆっくりと。そんなゴッホの再生の意思が感じられる。

日本の美術館で観られるアルル時代のゴッホ作品

《ひまわり》SOMPO美術館

  • 制作:1888年11月-12月
  • 寸法:100.5×76.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:SOMPO美術館

ゴッホのみならず、日本列島に存在する最高の絵画の一枚。ゴッホが7枚描いた《ひまわり》の最高傑作。SOMPO美術館の《ひまわり》は、南フランス・アルルで1888年の秋から冬にかけて描かれたとされる。現在では12月制作説が有力だが、その時期に向日葵は咲いていないため、ロンドン所蔵の作品を模写したものと考えられている。時系列では、5番目に描かれた《ひまわり》にあたる。

ヒマワリは太陽の方向を向く花。ゴッホはヒマワリを部屋に招待し、花瓶に生け、自らの眼差しと対峙させた。ゴッホにとってヒマワリは孤独の照明。

《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》ポーラ美術館

《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》ポーラ美術館

  • 制作:1888年
  • 寸法:46.8 x 51.3 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ポーラ美術館

アルルの南側のヴィゲラ運河のグレーズ橋の日常を描いたもの。有名な《アルルの跳ね橋》は、ラングロワ橋で別。アルルの跳ね橋と同じく、地面の黄金がまぶしい。黄色と青をメインに、赤や緑の補色を上手く使っている。遠くの雲が低いのが好きだ。ゴッホの子どものような喜びが伝わる。

南仏アルルで結実したゴッホの芸術

《プロヴァンスの麦束》1888年6月、クレラー・ミュラー美術館

本来なら、芸術家は自分の才能を花開かせるためにパリを目指す。ゴッホもまた、その一人だった。ところが芸術が本当に開花したのは、芸術の都を離れたあとである。最先端の美術を学ぶためにパリへ行き、最先端から距離を置くことで、自分だけの絵を見つけた。 その逆説こそ、アルル行きの大きな意味だった。

アルルは、ゴッホにとって逃避ではなく到達点だった。パリで吸収した印象派・新印象派・ジャポニスムを、南仏の強い光の下で一気に噴出させた結果が《夜のカフェテラス》《ローヌ川の星月夜》《ひまわり》であり、地元の人々との交流はルーラン一家の一連の肖像へと結実した。

そこには「日本的楽園」への憧れ、仲間と創る「南のアトリエ」の夢、働く人々に届く絵を描きたいという社会的な志が織り込まれている。

アルルは創造と崩壊が隣り合う場所であり、幸福と不安、光と闇が同時に進行する場だった。その緊張のなかで、ゴッホは色と形を“自分の言葉”に変え、唯一無二の表現に到達する。パリが「吸収と変換」の時期だとすれば、アルルは「爆発と結実」の時期である。ここで、模索する画家から“ゴッホ”そのものへと生まれ変わった。

誰が観ても「ゴッホの絵」とわかる個性を爆発させる。アルルという美術の橋を渡りきった先で、ゴッホはついに“ゴッホ”になった。

ゴッホの花の傑作選

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エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》〜闇の中で、両手だけが叫んでいる

エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》

  • 英題:Portrait of Karl Grunwald
  • 作者:エゴン・シーレ
  • 制作: 1917年
  • 寸法:140.7×110.2cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:豊田市美術館(愛知県)

日本にある数少ないエゴン・シーレの作品。カール・グリュンヴァルトは、第一次世界大戦時、シーレが入隊していた軍隊の上官で、繊維業を営む美術愛好家だった。のちにシーレのパトロンとなる。

豊田市美術館

この作品は、愛知県の豊田市美術館が所蔵し、シーレの師匠であるグスタフ・クリムトの女性肖像画と並んで展示されている。

この作品は原田マハ『Contact art : 原田マハの名画鑑賞術』で紹介され、「見る前に跳べ」と書かれている。

絵画レビュー:目に見えない感情を、手だけで描く

エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》1917年

エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》1917年

光ではなく闇という照明を当てたシーレ。眼に力があるクリムト、シーレが描く手には、絵と握手をしているかのような握力、生命力が宿っている。

椅子に座っているはずなのに、何もない空間に浮かんでいるよう。今にも立ち上がりそうで、立ち上がらない。何かを言い出しそうで、口を開かない。映画の中で、主人公が重大な決断を下す直前のワンシーンを切り取ったよう。

画面の大半は黒に近い深い青で覆われている。その暗闇の中から、白いシャツだけが強烈に浮かび上がる。灰色、茶色、薄紫、黄土色が入り混じり、皺のひとつひとつに陰影が刻まれている。白いシャツなのに、どこか傷だらけに見える。身体の内側にある不安や緊張が、布の表面にまで浮き出してきたようで、シャツが男の感情を代弁している。

エゴン・シーレ《カール・グリュンヴァルトの肖像》1917年

顔よりも、手のほうが雄弁に見えてくる。何かを必死に押さえ込んでいるのか。それとも、頭の中で言葉を探しているのか。手が祈りの形にも、緊張をこらえる形にも見える。この両手があることで、肖像画は一気に心理劇になる。

肖像画は、モデルの性格を分かりやすく説明しようとする。優しい人、偉い人、知的な人、幸福な人。しかし、この男は簡単に分類させてくれない。何を考えているのか分からない。その分からなさが、人間という存在の奥行きになっている。

人間の魅力とは、整った顔や美しい姿勢だけに宿るものではない。考え、迷い、緊張し、言葉にならない感情を抱えながら、それでもそこに存在している。その複雑さこそ、人間の面白さなのだ。

目に見えないドラマを、白いシャツと暗闇と、組まれた両手だけで見せてしまう。それがシーレの凄さである。

絵画の見方が変わります

シーレの自画像も登場!美術館に行く前に読むと、絵の見方が180度変わります。『アートは燃えているか、』は、図版なしで名画をめぐる“言葉の美術館”です。ゴッホの最高傑作も、この本の中で決定します!絵を観る天才が何を語るのか、その眼で確かめてください。
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