
- 英題:Bust of a woman or a Sailor (study for Les Demoiselles d'Avignon")
- 作者:パブロ・ピカソ
- 制作:1907年
- 寸法:53.5 x 36.2 cm
- 技法:油彩、厚紙
- 所蔵:パリ国立ピカソ美術館(フランス)
ピカソがピカソになった記念碑であり、キュビズム(立体派)の黎明を告げる作品にして、「現代絵画の出発点」と呼ばれる《アヴィニョンの娘たち》の習作。

ピカソは、急進的な幾何学的形態や変化する視点を取り入れる実験を行っており、顔立ちや服装を融合させることで、描かれた人物が女性なのか水夫なのかを意図的に判別しにくくしている。

この一枚は、2026年6月10日から国立新美術館で開催される「ピカソ meets ポール・スミス 遊び心の冒険へ」で来日した。
絵画レビュー:壊れているのに、なぜ顔に見えるのか

顔がほとんど“刃物”でできている。目、鼻、口、頬、髪。そのすべてが、削られ、切られ、組み替えられている。人間の顔を描いているはずなのに、仮面のようで、彫刻のようで、少し怖い。
まず目が強い。大きく黒い目が、こちらを見ている。人間の目というより、穴のようだ。感情を読み取らせない。悲しいのか、怒っているのか、怯えているのか分からない。ただ、こちらを吸い込む暗さだけがある。
顔は正面を向いているようで、ずれている。鼻は細長く、鋭い線で下へ落ちる。頬には赤茶色の面が入り、顔の片側だけが熱を帯びている。反対側には灰色や黒が入り、冷たく沈んでいる。ひとつの顔の中に、明るい面と暗い面、柔らかい面と硬い面が同時にある。
ピカソは、顔を「一方向から見た姿」として描いていない。正面、横顔、内側の感情、仮面のような外側。その全部を一枚に押し込んでいる。だから、顔は歪んでいるのに、妙にリアルだ。写真のようなリアルではなく、人間を見たときの不安や違和感まで含めたリアルである。
色彩はかなり抑えられている。赤茶色の肌、黒い髪、灰色の背景、白い衣服。派手な色は少ない。だからこそ赤い頬の部分が効いている。顔の中に一箇所だけ、血のような温度が残っている。冷たい仮面の中に、まだ人間の生々しさがある。
背景も場所もほとんど説明されない。逃げ場がない。見る側は、この顔と真正面から向き合うしかない。しかも、肩から胸にかけての白い形が大きく入り、顔を下から支えるように広がっている。この白い衣服が、顔の異様さをさらに浮かび上がらせている。
線がとても強い。黒い輪郭線が、顔、目、鼻、口、衣服を切り分けている。整えるための線ではない。壊すための線だ。顔をなめらかにつなげるのではなく、面ごとに分断し、ぶつけている。そこに緊張感が生まれる。
筆触も荒い。背景には擦ったような白や灰色が残り、顔にも塗り残しやざらつきがある。ピカソが人間の顔を一度壊しながら、「まだ顔に見えるギリギリの地点」を探っているようだ。
人間の顔とは何か。目とは何か。鼻とは何か。美しさとは何か。ピカソはその全部を一度バラバラにして、別のルールで組み直している。
静かな顔のようで、画面の中では革命が起きている。女性を描いた絵ではある。だが本当に描かれているのは、近代絵画がそれまでの「きれいに見る」世界から抜け出そうとする瞬間だ。
「人間の顔は、本当にそんなに単純か?」
そう問いかけてくるような一枚である。
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