
ゴッホはわずか37年の生涯で800点以上の絵画を残し、その間に37回もの引っ越しを繰り返したといわれている。まさに風来坊、異邦人、ヴァガボンド(放浪者)としての画業だった。出会う人々や景色に触れるたびに、その画風も大きく変化し、オランダ、ベルギー、パリ、アルル、サン=レミ、オーヴェルの6つの時代に分けられる。
今回は、独学で絵を磨いていたゴッホが初めて美術学校に通った「ベルギー時代」の画業と作品を紹介する。
ゴッホのベルギー(アントウェルペン)時代

3月に父テオドルスが死去し、家族と一緒に居づらくなった32歳のゴッホは1885年11月にベルギーのアントウェルペンに向かう。テオの仕送りを画材とモデル代につぎ込み、パンとコーヒーで凌ぎながら、アントウェルペン王立芸術学院に通う。

しかし、授業のヌード画のデッサンが苦手で、作業服を着た農家を描きたいと家族への手紙に書いている。

美術学校では、素描のコンテストに応募したがクラスで22位。テオからの仕送りを画材やモデル題に注ぎ込み、パンと珈琲とタバコで過ごす日々を過ごした。
アントウェルペンの生活は、わずか3ヶ月間で終わり、1886年2月末、ゴッホは弟テオの住むパリに押しかける。
アントウェルペン(ベルギー)時代の絵画
《雪の中の裏庭から見える家》

- 制作:1885年12月-1886年2月
- 寸法:43.7 cm x 33.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
アントワープで、ゴッホは数多くの都市風景画を描いた。ランゲ・ベールデケンス通り194番地に小さな部屋を借り、その家の裏側を描いたもの。薄暗い冬の中にもオランダ時代より明るさがある。
冬の曇天の下に広がる灰色の屋根と壁が、寂寥感と静けさを漂わせ、厚みのある筆致が壁や屋根の質感を生々しく表現し、寒々しい空気を伝えてくる。
《女性の頭部》

- 制作:1885年12月
- 寸法:35.2 cm x 24.4 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
昼はカフェで働き、夜は売春婦として生計を立てていたとされる女性の肖像画。美しさよりも、たくましく生きる女性の悲哀と強さが滲み出る一枚。
《老人の肖像》

- 制作:1885年12月
- 寸法:44.4 cm x 33.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
ゴッホがモデルとして雇った男性。制作の前日に「明日、立派な老人と会う」とテオへの手紙を書いている。ゴッホは、この男性を作家のヴィクトル・ユーゴーに似ていると考えていた。厚塗りながらも、老人の気品さをうまく出している。
《青い服を着た女性の肖像》

- 制作:1885年12月
- 寸法:46.3 cm x 38.5 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
港町のカフェで働く女性を描いたもの。夜は売春婦として生計を立てていた女性と思われるが、柔らかな筆致で描かれた女性の横顔が、静かな気品と優雅さを漂わせ、頬や首筋の肌の描写が生々しく、温かな生命感を感じさせる。
《横から見た女性のヌード》

- 制作:1886年1月-2月
- 寸法:50.4 cm x 39.2 cm
- 技法:紙に鉛筆
- 所蔵:ゴッホ美術館
女性の曲線を描くのに角張った線を用いて、筋骨隆々たくましい女性像として描いている。ゴッホ自身「農民や木こりのようだ」と、これまでの癖が抜けないことを認めている。
《タバコをくわえた頭蓋骨》

- 制作:1886年1月-2月
- 寸法:32.3 cm x 24.8 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
ゴッホがベルギーを離れ、テオのいるパリへ向かう前に描いた一枚。死の象徴である骸骨に、煙草をくわえさせる皮肉とユーモア。ゴッホの遊び心が効いている。退屈な日々を絵の中で戯れることによってしか紛らわせなかったのだろう。
アントウェルペンの短い冬、長い影
ゴッホにとってベルギー時代は、短くも重要な通過点だった。オランダで「暗褐色の時代」と呼ばれる農民画を描き続けたあと、初めて美術学校に身を置き、絵を体系的に学ぼうとした。1885年11月、父の死をきっかけにアントウェルペンへ移り、王立芸術学院でデッサンを学ぶ。しかしヌード画や古典的な課題には馴染めず、コンテストでも下位に沈んだ。ゴッホはあくまで農民や労働者を描きたいと願い、その執着は最後まで揺らぐことがなかった。
アントウェルペンでは、都市風景や港町の女性、老人の肖像を多く描いた。そこにはオランダ時代の重苦しさを引きずりながらも、色調にわずかな明るさが差し込み始めている。《雪の中の裏庭から見える家》には、灰色の冬空の中に微かな光の気配が宿り、《青い服を着た女性の肖像》には生身の人間の温かさが漂う。モデルとなった人々の生活は決して恵まれていなかったが、ゴッホはそこに尊厳や気高さを見出そうとした。
この時期の象徴ともいえるのが《タバコをくわえた頭蓋骨》だ。死の象徴である骸骨に煙草をくわえさせるユーモアは、退屈な課題への反発であり、同時に「死と生」の境界を茶化しながら見つめる視線でもある。学問的な規範のなかで鬱屈しつつも、独自の眼差しと筆致を失わなかった。
ベルギー時代は、ゴッホがアカデミズムに背を向けながら、自らの道を模索した時代だったと言える。ここでゴッホは「描く対象は制度に従うものではなく、自らが生きて出会った人々と風景である」という確信を深めた。その確信は、パリでの生活を経て、やがて燃えるような色彩へと花開いていく。ベルギーでの数か月は、束の間の寄り道ではなく、光へ至る直前の暗い階段だったのだ。
ゴッホの花の傑作選
ゴッホの自画像
ゴッホ展
ゴッホの画業と炎の伝説
ゴッホの画業と代表作
フェルメールの画業と全作品解説
ピカソの傑作絵画と画業
藤田嗣治の傑作絵画
クリムトの生涯と代表作
ジョルジュ・スーラの傑作絵画
日本のおすすめ美術館
東京のおすすめ美術館
神奈川のおすすめ美術館
関東おすすめ美術館
オランダおすすめ美術館
妄想ミュージアム『エヴェレスト美術館』