
ゴッホの絵に触れると、美術は「ガリ勉するもの」ではないと気づかされる。探し、誘われ、近づき、そして愉しむものだ。
ゴッホが見ている対象や形式は、我々と同じ。しかし、描かれた絵は固定観念を裏切る。その瞬間、何かに「引き裂かれるような感覚」を覚える。そこにゴッホの絵の本質があり、常識との断絶に、衝撃を受け、深く感動する。
ゴッホは「神聖」を生み出した画家だ。岡本太郎の言葉を借りれば、神聖とは、拒絶すると同時に強く惹きつけるもの。牧師にはなれなかったゴッホだが、画家として神聖を描き出した。
- ゴッホと素描、デッサンが支えた色彩の爆発
- オランダ時代のゴッホの名画・代表作
- アントウェルペン(ベルギー)時代の名画・代表作
- パリ時代のゴッホの名画・代表作
- アルル時代のゴッホの名画・代表作
- サン=レミ時代のゴッホの名画・代表作
- オーヴェル時代のゴッホの名画・代表作
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- なぜゴッホの絵画は世界中で愛されるのか?
- ゴッホにまつわる多い誤解
ゴッホと素描、デッサンが支えた色彩の爆発

11歳のゴッホが父の誕生日にプレゼントした絵である。
ゴッホにとって素描は、単なる絵画の準備段階ではなく、世界を見つめ直すための基盤であり、感情と観察を結びつける手段だった。

ミレー《種まく人》の模写、1881年4月、ゴッホ美術館
若い頃のゴッホは、農家や納屋、農作業に従事する人々を繰り返し描いた。そこには技巧的な華やかさよりも、線の確かさと対象への誠実さがある。粗末な小屋の木組み、土に沈む農民の姿、それらは日常の一場面にすぎないが、鉛筆やチョークの線によって、人間の営みと大地の重みが浮かび上がる。
《ミレーの晩鐘を模して》

画家を目指す前、1880年10月に鉛筆とチョークで描いた素描。
素描は、目に映るものを正直に記録する行為であると同時に、存在の尊さを確認する営み。農民が畑で手を合わせる姿を描いた《種まく人》や《晩鐘》の素描には、単なる写実を超えて、祈りや労働の中に宿る人間の精神性が滲み出ている。
後年、ゴッホの油彩画が強烈な色彩と筆触で知られるようになっても、その根底には素描で培った観察力と対象への畏敬が流れている。線の確かさがなければ、うねるような筆致や鮮烈な色彩は空中に散ってしまった。素描はゴッホにとって、土台であり、約束であり、絵画を支える骨格であった。
ゴッホの素描は、絵画以前にして絵画以上である。
《ポラードの木々》

ペンとインクの素描。1884年3月に描かれた一枚。30歳になったゴッホは家族がいるニュネンに戻る。繊細で細密。ゴッホはドローイング(下書き)に全身全霊を込める。この気合いがあったからこそ、ニュネンの村でゴッホは初期の最高傑作を描けた。
ゴッホは油絵ではなく、「素描家」としても天才。今では芸術性が高く評価され「二刀流の画家」と呼ばれる。素描は光に弱く、展示される機会が少ない。観る機会があれば、ぜひゴッホの素描を堪能してほしい。
オランダ時代のゴッホの名画・代表作

ゴッホが〈色彩の爆発〉へと踏み出すのは、パリ、そしてアルルの陽光に出会ってからである。だが、その前に母国オランダで、暗く重い筆致を何百枚も刻み込んでいた。そこには華やかさはなく、土にまみれた人々の労働と、曇天に閉ざされた土地の呼吸がある。
《暖炉の傍にいる老人》

- 英題:Old Man at the Fireside
- 制作:1881年11月
- 寸法:56×45cm
- 技法:紙、水彩、チョーク
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館
力強さに満ち、ゴッホ美術館の《ジャガイモを食べる人々》を観るまで、これがゴッホの最初期の最高傑作だと思っていた。エッテン時代の絵。ゴッホが1881年4月から12月までを過ごした場所。両親が住んでいた。
《悲しむ老人(永遠の門)》

- 英題:Sorrowing Old Man
- 制作:1882年11月
- 技法:リトグラフ
左下に「Eternity-gate」のサインがあることから《永遠の門》というタイトルでも知られる。ゴッホ自身が8年後の1890年に、カラフルな油彩画にも描き直している。悲しい人の顔を描く際、ゴッホは顔を見せない。それは同情ではなく、リスペクトの証。表情(人間の一部)だけでなく、全身で何かを感じてほしいからだ。ここにゴッホの眼差しがある。ハーグ(デン・ハーグ)時代の作品。1882年1月から1883年9月までを過ごした場所。ハーグ派の画家アントン・モーヴに師事し、練習を繰り返していた。
《チューリップ畑》

- 制作:1883年4月
- 寸法:48 cm × 65 cm
- 所蔵:ワシントン・ナショナル・ギャラリー(米国)
ゴッホが花の絵を描いた最初期の作品と思われる一枚。オランダ時代にゴッホが描いた花の絵は、5点ほどしか確認されていない。この絵は、デン・ハーグで修行していた頃のもので、オランダの象徴とも言えるチューリップが描かれている。
チューリップをアップではなく、風景画として描いた。畑には一人の男性が歩いており、チューリップを見つめている。空は厚い雲に覆われ、周囲には寂しげな農村風景が広がる。色とりどりの明るいチューリップが描かれているにもかかわらず、カンヴァスを覆っているのは「孤独」である。
《ルナリアを生けた花瓶》

- 制作:1884年1月
- 寸法:65x51 cm
- 所蔵:ゴッホ美術館
初めてゴッホが描いた静物画のひとつ。まだ風が吹く前のゴッホ。色は沈み、光も叫ばない。全体が平坦で、慎重で、控えめ。まだゴッホらしさに辿り着いていない。激情の前の静寂。その貴重な時間が封じ込められている。
《ジャガイモを食べる人々》

- 制作:1885年
- 寸法:82 cm ×114 cm
- 所蔵:ゴッホ美術館(アムステルダム)
オランダに住んでいた「暗褐色の時代」の代表作にして、農家への深い敬意を刻んだ一枚。薄暗い室内、ランプの灯りの下で、5人の農民が質素な食卓を囲み、ジャガイモを分け合う。荒れた手、刻まれた皺(しわ)、質素な器。すべてが暮らしの鼓動を物語る。美しさよりも強さを描こうとしたゴッホの筆は、土の匂いと人間の尊厳を、濃く焼き付ける。
岡本太郎は《ジャガイモを食べる人々》について、レンブラントの《夜警》よりもすごいと絶賛している。
《馬鈴薯を食う人々》の底なしの夜は彼の生涯を貫いている。1930年、アムステルダムで開かれた大ゴッホ展で《馬鈴薯を食う人々》を見て、なんという苦しさだろう、と押しひしがれる思いがした。これを「絵」というのだろうか。「絵」ではないのだ。呪文だ。展覧会場を出てレンブラントの《夜警》を見た。巨大な、黒々とした、これも夜だった。しかし、こちらは高い姿勢で、ひらいていた。そのスケール、巧さは圧倒的だ。しかし、私は戸惑った。いったい、このどこに私は入り込めるのか。どこにも、本当に私の魂を打ってくれるものがないのだ。このような美術史の典型的な大傑作。感動しなければならない条件はすべて揃っているのに、空しい。それよりも、いま私の胸にこたえているのは、先ほど見てきたあの「じゃがいも」、あのまったく下手くそな、そして惨めな「じゃがいも」なのだ。その方が私の精神、身体全体にのしかかってきている。"月とすっぽん"というとおかしいが、そのすっぽんの方に重みを感じ、はるかに感動するとは。今もなお、その日の思い出とともに《馬鈴薯を食う人々》の暗い影が、心の奥底に生きつづけているような気がする。ゴッホの絵も後期になると、確かに筆づかいがはるかに巧妙になってくる。しかしその内にはやはり、あの醜い「じゃがいも」が秘められている。ゴッホを思いおこすのは、絢爛たる原色ではなく、あの暗い、どろどろした闇の色なのである。
《田舎家》

1885年5月半ば、ゴッホ美術館。《ジャガイモを食べる人々》を食べる人々のあとに描かれた一枚。自信作を描き上げたあとも、ゴッホは、農村の呼吸を描き続けた。ゴッホの詩は終わらない。
《ニュネンの古い教会の塔》

《ニュネンの古い教会の塔》1885年5月-6月、ゴッホ美術館
1885年5月-6月、ゴッホ美術館。ゴッホがオランダ時代に描いた鳥は翼が短く、整列して飛んでいないので、カラスだと思われる。
アントウェルペン(ベルギー)時代の名画・代表作

ゴッホにとってベルギー時代は、短くも重要な通過点だった。オランダで「暗褐色の時代」と呼ばれる農民画を描き続けたあと、初めて美術学校に身を置き、絵を体系的に学ぼうとした。1885年11月、父の死をきっかけにアントウェルペンへ移り、王立芸術学院でデッサンを学ぶ。
ベルギー時代は、ゴッホがアカデミズムに背を向けながら、自らの道を模索した時代だったと言える。ここでゴッホは「描く対象は制度に従うものではなく、自らが生きて出会った人々と風景である」という確信を深めた。その確信は、パリでの生活を経て、やがて燃えるような色彩へと花開いていく。ベルギーでの数か月は、束の間の寄り道ではなく、光へ至る直前の暗い階段だったのだ。
《雪の中の裏庭から見える家》

- 制作:1885年12月-1886年2月
- 寸法:43.7 cm x 33.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
アントワープで、ゴッホは数多くの都市風景画を描いた。ランゲ・ベールデケンス通り194番地に小さな部屋を借り、その家の裏側を描いたもの。薄暗い冬の中にもオランダ時代より明るさがある。
冬の曇天の下に広がる灰色の屋根と壁が、寂寥感と静けさを漂わせ、厚みのある筆致が壁や屋根の質感を生々しく表現し、寒々しい空気を伝えてくる。
《女性の頭部》

- 制作:1885年12月
- 寸法:35.2 cm x 24.4 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
昼はカフェで働き、夜は売春婦として生計を立てていたとされる女性の肖像画。美しさよりも、たくましく生きる女性の悲哀と強さが滲み出る一枚。
《老人の肖像》

- 制作:1885年12月
- 寸法:44.4 cm x 33.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
ゴッホがモデルとして雇った男性。制作の前日に「明日、立派な老人と会う」とテオへの手紙を書いている。ゴッホは、この男性を作家のヴィクトル・ユーゴーに似ていると考えていた。厚塗りながらも、老人の気品さをうまく出している。
《青い服を着た女性の肖像》

- 制作:1885年12月
- 寸法:46.3 cm x 38.5 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
港町のカフェで働く女性を描いたもの。夜は売春婦として生計を立てていた女性と思われるが、柔らかな筆致で描かれた女性の横顔が、静かな気品と優雅さを漂わせ、頬や首筋の肌の描写が生々しく、温かな生命感を感じさせる。
《横から見た女性のヌード》

- 制作:1886年1月-2月
- 寸法:50.4 cm x 39.2 cm
- 技法:紙に鉛筆
- 所蔵:ゴッホ美術館
女性の曲線を描くのに角張った線を用いて、筋骨隆々たくましい女性像として描いている。ゴッホ自身「農民や木こりのようだ」と、これまでの癖が抜けないことを認めている。
《タバコをくわえた頭蓋骨》

- 英題:Head of a Skeleton with a Burning Cigarette
- 制作:1886年1月-2月
- 寸法:32.3 cm x 24.8 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
ゴッホの遊び心。いかに退屈な日々を送っていたかが分かる。絵で遊ぶしか退屈を紛らわせることができなかったのだろう。白骨と黒い背景、ドクロ(死)と煙草の火(生)の対比は、ゴッホのアイデンティティ。
アントウェルペン(ベルギー)時代の作品。1885年11月から1886年2月までを過ごした場所。アントウェルペン王立芸術学院に入学し、初めて美術学校に通った。ヌード画のデッサンが苦手で、作業服を着た農家を描きたいと手紙に書いている。素描のコンテストに応募したがクラスで22位だった。
パリ時代のゴッホの名画・代表作

ヘミングウェイは「どこに住もうともパリはついてくる。パリは移動祝祭日である」と、この街を誰よりも的確に、見事に表現した。「都で人と出会う」と書いて都会。様々な出逢いこそ、ゴッホのパリ時代の核心だった。
1886年3月1日、夜行列車に乗ったゴッホはテオのもとへ到着した。パリ時代に多く描いたのが自画像であり静物画。モンマルトルにあるフェルナン・コルモンの画塾に通い、テオの紹介でゴーギャン、ロートレック、シニャックなどの画家仲間、画材屋であり画商のタンギー爺さんに出逢い、そして浮世絵や、ゴッホの画風のお手本となるアドルフ・モンティセリなどに魅了される。ピサロ、モネ、ルノワール、あらゆる画風を模倣し、徐々にゴッホを確立していく。
次第にゴッホの色彩は明るさを増していく。本当ならゴッホの本質、パーソナルカラーは暗褐色なのだろう。しかし、ゴッホは、己の宿命に「色」で抗った。そして、ゴッホはゴッホになった。
《黒のフェルト帽を被る自画像》

- 制作:1886年春
- 寸法:42x33cm
- 所蔵:ゴッホ美術館
パリに来てすぐに描いた自画像。尊敬していたフランス人の画家モンティセリの肖像を真似た自画像。オランダ時代の暗褐色から、少しずつつ色彩が明るくなる。ゴッホが凄いのは模写力ではなく、共鳴する心の力。リスペクト力。ゴッホの他者愛が表出している自画像。ゴッホはパリ時代だけで27枚もの自画像を描いている。
《靴》

- 制作:1886年9〜11月
- 寸法:37.5x45.5cm
- 所蔵:ゴッホ美術館
パリの蚤の市でゴッホが買ったものと思われる。大都会にいても、オランダ時代の土と生きる人々を忘れなかった。尊敬するフランソワ・ミレーが木靴で生活していたことを刻んでいた。ゴッホが描きたかったのは靴でもない。生活の足跡でも足音でもない。履き潰した靴を通して「土の生命力」を描こうとした。
《カーネーションをいけた花瓶》
- 制作:1886年
- 寸法:46 cm ×37.5 cm
- 所蔵:アムステルダム市立美術館(オランダ)
この絵は初めてゴッホの絵に赤と紫が使われた貴重な絵としても知られる。朽ちた花びら。花瓶の背景は黒。ゴッホの絵には死の匂いがある。ゴッホは最も植物の宇宙を感じていた画家のひとり。ゴッホにとって花瓶は酒瓶であり、花は酒だったのかもしれない。テオと、花瓶で心の乾杯をしていたのかもしれない。
《野牡丹とばらのある静物》
- 制作:1886年-87年
- 寸法:100 cm ×80 cm
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館
パリに来る前、ベルギーの美術学校で学んでいたときに描いた格闘家(レスラー)の絵の上に描いたもの。野牡丹と薔薇は兄弟。前者がゴッホ、薔薇がテオ。ゴッホの心には、いつも弟のテオがいる。兄弟花。この絵を見ているだけで泣けてくる。
《モンマルトルの菜園》

- 制作:1887年3月-4月
- 技法:油彩、カンヴァス
- 寸法:113.5x146 cm
- 所蔵:アムステルダム市立美術館
ゴッホの全作品の中で最も大きなサイズの絵画。アムステルダム市立美術館から特別に来日。
大きさに見合うだけの、想いの重みが詰まっている。すべての線が、風車に向かってのびていく。畝も道も、柵も空も、筆の一閃ひとつひとつが、ひとつに収束していく。風車こそがこの風景の中心であり、心の羅針盤。
ゴッホはモンマルトルの丘に立ちながら、目の奥ではオランダを見ていた。乾いた土にスケッチブックを広げる姿は、風と戦うドン・キホーテ。その戦いは誰のためでもなく、自分の中の“原風景”と向き合うための旅。
ここには、静けさと懐かしさ、そして風の音がある。色彩は震え、筆致はざわめき、すべてが郷愁を語っている。モンマルトルの風に乗せて届いた、ゴッホからの手紙。
《青い花瓶にいけた花》
- 制作:1887年6月
- 寸法:61.5 cm ×38.5 cm
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館
パリ滞在2年目になって、かなり色彩が明るくなる。黄色、オレンジ、ピンク、柔らかい緑、鮮やかな青など、かなり明るい色を使って花を描いた。多彩をマスターしている。相当の修練を積んだことが見える一枚。
《アニエールのレストラン・ド・ラ・シレーヌ》

- 制作:1887年(夏)パリ
- 寸法:54.5×65.5cm
- 所蔵:オルセー美術館(フランス)
パリ郊外、セーヌ河畔の町アニエール。ゴッホが南仏アルルへ旅立つ前、幾度も足を運んだレストラン。《シレーヌ》は、伝説の人魚の名。
薄塗りの色彩、細かい筆触、空気のように柔らかな点描。
明瞭な輪郭も写実的な風景もない。その瞬間、その空気、その場にいたという感触。記憶を絵筆に託している。ある意味で、ゴッホによる印象派への応答。自らの感情を風景に染み込ませ、“見る”、“感じる”を一枚のタブローに宿す。
ゴッホの色といえば、黄、青、緑、赤などが有名だが、<白>はゴッホの色。白は何色にも染まれる。何者にでもなれる。白は、始まりであり終わり。ゴッホの白は、無限の色。白は城。「アニエールのレストラン・ド・ラ・シレーヌ」はゴッホの城なのだ。
《レストランの内部》

- 制作:1887年夏
- 寸法:45.5 cm x 56 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
ゴッホが点描技法を駆使した作品の中で、最もよく知られる一枚。
人影のない静かなレストランの室内。窓もドアも見えず、空間は閉ざされ、凝縮した空間を創る。が壁には、ゴッホ自身が描いた《アニエールのボワイエ・ダルジャンソン公園の小道》が掛けられており、開放的な風景が、閉ざされた部屋に“窓”を開いている。
白いテーブルクロスは舞台衣装のドレスのように、壁に掛けられた絵画は緞帳のように、そして花瓶の花は踊り子たちのように、椅子がタップダンスをする。静止した室内を、ゴッホは舞台へと変え、風景をダンサーへと変える。止まった光景を、生き生きと踊らせる。
《タンギー爺さん》

- 制作:1887年夏
- 寸法:92 cm × 75 cm
- 所蔵:ロダン美術館(フランス)
世界で最も有名な「おじいさん」の肖像画。誰も会ったことがないのに、誰もが親しみを持つ。
浮世絵の色彩は明るく、線に圧がない。観る者の気分を華やぎ、ホッと安心させてくれる。ゴッホにとって、タンギー爺さんは、そんな存在だったのではないか。
そして、もうひとつ。麦わら帽子。タンギー爺さんのものか、ゴッホのものかは知らない。その麦わら帽子の柔らかい印象が、人柄をより温かく見せている。ゴッホの愛情が滲んでいる。
《種をつけた4本のヒマワリ》

- 制作:1887年8月-10月
- 寸法:59.5×99.5cm
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
ゴッホの絵画で最も有名なひとつ《ひまわり》はアルルで描かれたが、引っ越し前のパリ時代に4枚の《切ったひまわり》の連作を描いている。
恐竜のような迫力、動物よりも凄い生命力。その迫力に圧倒されるとともに、それだけ力強く描くゴッホの植物への愛情が見える大傑作。花瓶に活けられた《ひまわり》が「ヒマワリ」というポップさがあるなら、こちらは漢字の「向日葵」を感じさせる。
《梅の開花》

ゴッホが最初に模写をした浮世。広重の《名所江戸百景 亀戸梅屋敷》をモチーフにした作品。赤や緑、青を鮮烈に対比させ、浮世絵の色彩感覚を徹底的に自分のものとしようとした。西洋画では珍しい極端な色のコントラストを実験する場でもあり、後のアルル時代の《ひまわり》や《糸杉》の強烈な色彩に通じる要素がここに芽生えている。
拙さはあるものの、丁寧に漢字を書いているところにゴッホらしさがある。単に技法を真似るためではなく、そこには大きな敬意が込められている。純粋に「好きなものへ近づきたい」という気持ちの表れだ。それは、野球少年がイチローの振り子打法を真似るような、憧れの塊でもある。だからこそ、その姿勢がやがて夜空を青く染めるゴッホ独自の色彩表現へとつながっていく。
《イーゼルの前の自画像》

- 制作:1888年1月
- 寸法:65x51cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
アルルに旅立つ前、パリで描いた最後の自画像。パリ時代にゴッホが描いた自画像の最高傑作。
色は鮮やか。服も顔も背景も、すべてが微細に震えている。一番強く発光してるのは、その眼。見つめているのは目の前の鏡ではなく、遠くの光。まだ描かれていないカンヴァスを、まだ知らぬ南仏の太陽を、まだ出会っていない誰かの心を。
筆を持つ手は静かに、強く握られている。髪の色とイーゼルの木目が、祝福のように呼応して光っている。髪とイーゼルの色が、輝けるアートを生み出す祝福の光源である。
アルル時代のゴッホの名画・代表作

南フランスのアルルで光に出逢い、「黄色の時代」が確立されていく。傑作を残した数で最も多い。パリでのタンギー爺さん、オーヴェルのガシェ医師などの市政の人々との出逢いの中で、人物の肖像画が多いのもアルルの特徴。ゴッホが本当に描きたかったものを実現できた時期でもある。
《グラスに入れた花咲くアーモンドの枝》

- 制作:1888年3月
- 寸法:24.5 cm x 19.5 cm
- 技法:油絵、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
小さなカンヴァスの上に、春が息づいている。透明なグラスに射す光は、水をきらめかせ、花の命をやさしく支える。枝先にほころぶアーモンドの蕾は、桃色の吐息のように震える。
ゴッホがアルルに到着したとき、地面にはまだ雪が残っていた。寒さに負けず咲くアーモンドに感動し、花瓶にいけた。ゴッホの慈しみが溢れる一枚。背景の赤の線がアーモンドの力強さを強調している。
《日没の柳》

- 制作:1888年3月
- 寸法:31.6 × 34.3 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
3月の夕暮れ、木々に新芽が芽吹く頃のポラードヤナギを描いた一枚。鮮やかな黄色、オレンジ、赤、青の色彩を用い、自信に満ちたタッチで描き込んでいる。ポラードヤナギの背後に広がる鮮やかな青い縞模様は、遠くのアルピーユ山脈を表している。
大地の黄と、空の黄は溶け合い、自然の力を圧倒的な熱として伝えてくる。ゴッホは写実を超えた、魂と自然の共鳴を描いた。
《アルルの跳ね橋》

- 制作:1888年3月
- 寸法:54 × 64 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
ゴッホがアルルに到着した翌月、アルル中心部から南西約3キロほどの運河に架かる跳ね橋(ラングロワ橋)を描いた作品。絵の主役となるのは、鮮やかな青と黄の色彩。この色の組み合わせは、フェルメールの《デルフトの眺望》を意識したもの。
ゴッホの絵の中でも一際、明るさに満ち、健康的な色彩の一枚。手前の草や土は濃く、影を落とした水面の波紋は力強い。アルル運河では澄み切った空気の中、洗濯をしている。陽光を浴びた跳ね橋はゴールドに輝き、ラングロワ橋を渡る馬車がのどかな空気を運ぶ。人々の営みが描かれているからこそ、暮らしの温もりが気分を明るくさせてくれる。
《サント=マリーの浜辺の釣り船》

- 制作:1888年6月
- 寸法:65x81.5 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館
漁師の姿はどこにもない。浜に並ぶのは、空っぽの船。けれど、その船たちは、どれもカラフル。オレンジ、イエロー、ブルー、グリーン。子どもの塗り絵みたいに。孤独のなかにも、消えない希望がある。
海はすぐそこにある。波のかたちも、空の筆致も、生きてるようにうごめく。沖のほうに目をやれば、帆を立てた小さな船が、風に乗って並んでいる。
この船たちで、どこかへ行ける気がする。ゴッホもきっと、この海を見ながら、いつかの“ここではないどこか”を夢見ていた。
この絵には、童心と旅心、まだ見ぬ明日が描かれている。
海路は続く、どこまでも。
《ズアーブ兵》

- 制作:1888年6月
- 寸法:65.8 cm x 55.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
ゴッホがアルルを訪れたときに知り合ったズアーブ兵を描いたもの。「ズアーブ」はアルジェリア人によって構成されたフランスの歩兵。エナメルの軍服、赤い帽子がトレードマーク。
鮮烈な赤い帽子と濃紺の制服は、見る者の視線を一気に引き込む。腰から上で切り取られているが、その断ち切り方が人物を山のように雄大に見せている。
ゴッホの筆づかいは荒々しくも温かく、鋭い眼差しと口元には、子どもが兵士に憧れるときの素朴な純粋さが宿っている。威厳をまといながらも、その内側に潜むやさしさが、絵の奥からじんわりと滲み出している。軍服に包まれた男の顔には、戦いのための強さと、同時に弱さや慈しみが共存している。
《種まく人》

- 制作:1888年6月
- 寸法:64.2 × 80.3 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
ゴッホがアルルに到着した年の初夏、「黄色の時代」に描かれた一枚。大尊敬していたジャン=フランソワ・ミレーの《種をまく人》へのオマージュ。ゴッホはミレーに魅せられ、「The Sower」のテーマだけで30点以上のデッサンと絵画を制作している。
ミレーのように近景から人物を大きく捉えるのではなく、ゴッホは遠くから引いた視点で描いている。農夫は“種をまいている人”というより、“荒野を進む旅人”のように見える。農民というより開拓者。単に種を蒔くのではなく、大地を切り拓く。
《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》

- 制作:1888年8月
- 寸法:81 cm × 65 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ボストン美術館(アメリカ)
アルル駅の郵便局長ジョセフ・ルーラン。ゴッホは「郵便配達人」と思い込んでいた。絵画を弟テオに送る際に頻繁に接し、親しい友人関係となる。
ゴッホは手紙でルーランのことを「善良で、賢く、情に厚く、誠実な人」と記している。耳切り事件のあとも、ルーラン一家はゴッホとの交流を絶やさなかった。
ルーランの肖像として最初に描かれたもので、ほぼ全身像が描かれている唯一の絵。制服の着こなしは堂々としており、左肘をついた姿勢には気品が漂う。背景の青緑と制服の深い青が響き合い、洗練された印象に仕上げている。上を向いた顎、立派な髭、優しげな眼差しには、職業への誇りと人柄の温かさがにじんでいる。
《ひまわり》

- 制作:1888年8月
- 寸法:73×92cm
- 所蔵:ロンドン・ナショナル・ギャラリー(イギリス)
ゴッホが生み出した史上最高の花の絵画のひとつ。
「ゴッホの《ひまわり》」といえば、ロンドン・ナショナル・ギャラリーにある一枚を指す。4番目に描かれたとされる作品だ。
花も背景も黄色で統一されており、花瓶や卓上まで含めて、すべてが淡い黄色から黄土色で満たされている。まるで光そのものを描いたかのように、単色の世界に無限の深みと輝きが広がる。
花瓶には「Vincent(ヴィンセント)」とサインが入っている。それは手紙の差出人のようであり、贈り物の名札のようでもある。つまりこの《ひまわり》は、自分のためではなく、誰かのために描かれた作品なのだ。ゴーギャンがこの絵を欲しがったが、ゴッホは決して手放さなかったという。
《パシアンス・エスカリエの肖像》

- 制作:1888年8月
- 寸法:69×56cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:個人蔵
ゴッホがアルル時代に描いた農夫の肖像画の傑作。
パシアンス・エスカリエ(Patience Escalier)はアルル近郊の農夫。ゴッホが憧れていた、ジャン=フランソワ・ミレーの《鍬を持つ男》をイメージして描かれた。神父のような眼差しには疲労と誇りが同居し、人生の深い歴史と達観がある。ゴッホは、単なる肖像ではなく、自然とともに生きる人間の姿を表現した。
《黄色い家》

- 制作:1888年9月
- 寸法:76 cm × 94 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
「黄色い家」として親しまれている代表作。ただし、ゴッホ自身はタイトルを「The Street(通り)」としており、家ではなく、大通りを描いた絵。ただし、「黄色い家」のほうがチャーミングで愛嬌がある。
黄色い家は、1888年5月1日にゴッホが借りたフランスのアルルにあるラマルティーヌ広場2丁目の右角にあった4フロアの家屋。2階が有名な《アルルの寝室》。1階がキッチンとアトリエ。《ゴーギャンの椅子》も置いてあった。
この絵の本質は、家の外観でも、遠近法の巧みさでも、青空の鮮やかさでもない。
「地面の黄色」
この黄色の道は、ただの背景ではない。うねり、隆起し、生き物のように動いている。ゴッホが立ち、夢を抱き、孤独と戦ったアルルの大地そのものが、ここに在る。空が天の感情を映すように、地面はゴッホの精神を映している。
《夜のカフェ》

- 制作:1888年9月
- 寸法:72.4 cm × 92.1 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:イェール大学美術館(アメリカ)
ラマルティーヌ広場2丁目の右角にあっカフェ・ド・ラ・ガール(Café de la Gare)を描いたもの。《黄色い家》と同じ建物にあり、ゴッホは毎日のように食事をした。
カフェのオーナーの夫人マリーは、《アルルの女(ジヌー夫人)》という作品のモデルとなっている。
強烈な赤と緑の対比が画面全体を支配し、場末の夜のカフェに漂う不穏さを強調している。薔薇色やワインレッドの壁は、酔客たちの意識や酒に溺れた感覚を象徴する。
誇張された遠近法と厚塗りの筆致は、室内の安定を崩し、床やテーブルが傾き、椅子や人々が滑り落ちてしまいそうな不安定さを生み出している。そこには、セザンヌの静物画の影響を思わせる視覚的なゆがみ、重力がある。
《夜のカフェテラス》

- 制作:1888年9月16日
- 寸法:80.7 × 65.3 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
ゴッホの代表作の中でも、《ひまわり》《星月夜》と並び、最も人気の高い三大作品のひとつ。アルルの夜の広場を描いたもので、1888年9月16日か17日の夜に見えた星座であることがわかっている。
カフェはアルル中心部のフォーラム広場に面している「カフェ・ヴァン・ゴッホ」。1990年代初頭に絵に近付けるため黄色に塗り直されている。
ゴッホが初めて夜空を「青」で表現した作品である。「黒のない夜空」を描いたこの挑戦は、フェルメールが好んだ青と黄色の対比を受け継いでいる。
ゴッホは夜の光を浴びる。夜光浴の画家。夜の光を愛し、その先に訪れる夜明けを見ていた。手が届かない空の青、彷徨う魂を包装してくれる夜の黒、ふたつが溶け合って生まれる「夜明けの空」。これから新しい世界が始まる愛おしい時間を描いた。
《ローヌ川の星月夜》

- 制作:1888年9月
- 寸法:73cm×92cm
- 所蔵:オルセー美術館(フランス)
左岸に広がる夜のアルルの風景。ゴッホが黒を使わずに、青とすみれ色で描いた一枚。星は黄色や金色で描かれ、水面には街のガス灯の光が反射し、静かな水の流れと対照的な光の輝きを生み出してる。
通常、画家たちは夜景を記憶に頼ってアトリエで仕上げるが、ゴッホは実際の光と色彩を観察し、夜の河岸、ガス灯の下で筆を走らせた。
ゴッホはローヌ川にムーンパレスを築き、プラネタリウムを降らせた。川面に浮かぶ光は街の灯なのか、それとも月光なのか。どちらでもなく、ゴツゴツした天国への階段。
この絵はバベルの塔であり、ペーパームーン。ローヌ川を舞台にしたロード・ムービー。恋人か夫婦か、ふたりの寄り添う男女がいる。ゴッホは愛しく恨めしく見つめる。
《アルルの寝室》

- 制作:1888年10月
- 寸法:72 cm × 90 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
ゴッホが暮らしたアルルの「黄色い家」の2階の寝室。鮮やかな黄色、やさしい青、床に敷かれたバラ色。子ども部屋のような無垢な楽しさを醸し出している。家具はまるでオモチャ。黄色いベッドも椅子も、実用品というより、記憶の中にあった宝物のようだ。窓は閉じているのにか風が吹き抜けるような開放感がある。広角レンズのような構図は、空間を広げ、部屋の中に宇宙を宿す。
《ゴーギャンの椅子》

- 制作:1888年11月
- 寸法:91 cm × 72 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
ゴッホがアルルの「黄色い家」で生活をしていた頃、ポール・ゴーギャンの部屋に置かれていたアームチェアを描いたとされる作品。
家具を描くことは、日常を描くことであり、自己を描くこと。特に椅子は人格そのものを表す。B'z『いつかのメリークリスマス』でも、恋人に椅子をプレゼントした。
《ゴーギャンの椅子》は、曲線が多く、木の重厚感も強い。色調は重く沈む緑とブラウンで、ゴッホ自身よりゴーギャンの色調に近く、高貴さと頑固さを併せ持つ。この椅子のフォルムはゴーギャンの輪郭であり、複雑で屈折した人格が表現されている。
《ゴッホの椅子》

- 制作:1888年11月
- 寸法:92 cm × 73 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ロンドン・ナショナル・ギャラリー
黄色の椅子は背景の青や床の赤茶と響き合い、明るさと寂寥を同時に生み出す。暖色の輝きに包まれながらも、そこに座る人物の不在が、孤独を際立たせている。単純な構図の中に、ゴッホが拠り所とした小さな世界、居場所が凝縮されている。
対になる《ゴーギャンの椅子》と比較すると、片や素朴で実直な椅子、片や豪奢で装飾的な椅子。それは友情と緊張、芸術観の違いを暗示する二つの肖像画でもある。椅子という無機質な対象を通して、人間そのものを描き出すという逆説的な手法に、ゴッホの洞察が光っている。
《夕陽に染まる種まく人》

- 制作:1888年11月
- 寸法:32.5 cm x 40.3 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
ゴーギャンと「黄色い家」で共同生活をしていた頃の作品で、その影響が作品にも表れている。
浮世絵の構図に、はっきりと“種”が描かれている。ゴッホにとって「実る」こと以上に大切なことは「蒔く」こと。評価されるよりも、創作し続けること。結果よりも奮闘に価値がある。
種をまく行為は、ゴッホにとって悲しみをまくことでもあり、夢や希望をまくことでもあった。その祈りのような姿勢こそが、美しい。
《赤い葡萄畑》

- 制作:1888年11月
- 寸法:75 cm × 93 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:プーシキン美術館(モスクワ)
《赤い葡萄畑》は公式の記録として残っている、唯一売れたゴッホの絵である。1890年2月、ベルギーのブリュッセルで行われた展覧会「20人会展」に出品され、ベルギーの詩人ウジェーヌ・ボックの姉で女流画家のアンナ・ボックによって400フラン(現在の20万円前後)で購入された。
赤い大地と黄金の空は、収穫に汗する人々の労働を照らし出し、夕暮れの瞬間を「生の最高潮」として描きとめる。
一日の終わりは、やがて訪れる明日への始まり。終焉と誕生が同じ光のなかで重なり合う。ゴッホは赤を塗ったのではなく、赤という「感情」を解き放った。その赤は、燃え尽きる前の生命の炎でもあり、烈しい炎の交響曲である。
《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》

- 制作:1889年2月(不確定)
- 寸法:91 cm × 71.5 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
郵便配達人ジョゼフ・ルーランの妻、オーギュスティーヌ・ルーラン夫人を描いた肖像画。顔のアップや赤ん坊を抱えるバージョンなど何枚もゴッホは夫人を描いた。
この絵は、ゆりかごの紐を持って手を組んでいる場面。ゴッホ自身が書簡でLa Berceuse(子守唄)と書いており、クレラー・ミュラー美術館では、絵のタイトルも《La Berceuse》としている。
慈しみの眼。笑顔はなく、口を閉じて子どもを力強く見つめている。マリア様のような聖母の眼差し。
背景の花模様が、揺りかごに合わせて、世界が優しく揺れている。背景も、子守唄を歌っている。
《坊主としての自画像》

- 制作:1888年
- 寸法:61×50cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ハーバード大学フォッグ美術館(米国)
パリ、アルル、サン=レミ、オーヴェル、わずか4年のフランス生活の中で、ゴッホが描いた自画像は約38点。どれもパワフルだ。しかし、この一枚だけが飛び抜けて異質であり強靭であり、そして静か。
最も違うのは、背景の色。緑青(ろくしょう)色。「超越」の緑、時間の彼方から逆流するような、愛と永遠の色。
服装は普段着。ゴッホは悟りを開こうとしていない。日常を生きている。頭を剃っている。しかし、髭は残している。無常と日常。断絶と継続。世界を二項対立に分けるのではなく、揺れ動くあいだに身を置く。その在り方こそがゴッホの哲学。
《包帯をした自画像》

- 制作:1889年1月
- 寸法:60x49cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:コートールド・ギャラリー(ロンドン)
1889年1月、アルル市立病院の退院から1週間後に描いた一枚。左耳の大部分を切り落としたが、鏡に映る自分の絵を描いたため、包帯が右耳に巻かれている。
顔はやつれ、包帯が痛々しい。何かを訴えるような眼。過去の修復ではなく、傷ついた「いま」と「これから」を生き抜く決意がそこにある。
緑のコート、緑の壁、緑は、治癒の色。自らを描くことで、自らを再生する。他者に許しを乞う眼ではなく、自分自身に向けた眼差し。人生は一筆描きではない。何度でも、生まれ直せる。そんなゴッホの声が聞こえる。
《包帯をしてパイプをくわえた自画像》

- 制作:1889年1月
- 寸法:51x45cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:個人蔵
同じくアルルでの「耳切り事件」のあとに描かれたもの。眼がやさしくなり、パイプをくゆらせるのは落ち着いた証。
怒りも嘆きもない。あるのは、ただ静かに煙をくゆらす男の横顔。パイプの煙が、薄く空を撫でる。その煙は魂の換気のように、内側の混沌を昇華していく。
背景は橙と赤。炎のように、燃え上がる熱ではない。燃え尽きたあとの残照。温もりを残す色。それでも生きているという存在証明の色。
片耳を包帯で覆い、帽子を深くかぶり、やさしい眼差しは、自分を責めない。
「痛みを抱えたまま生きる」という肯定。破れた心でも、日々は続く。煙のように、ゆっくりと。そんなゴッホの再生の意思が感じられる。
サン=レミ時代のゴッホの名画・代表作

1889年5月から1890年5月までの1年間、ゴッホは南仏サン=レミの精神病院(もとは修道院)で療養生活を送った。当初は3ヶ月の予定だったが、心身の不調によって滞在は延び、結果的に創作と内面の葛藤が濃密に交差する時期となった。
この地で生まれたのは、ゴッホの代名詞《星月夜》をはじめ、最高傑作などの作品群である。精神的な苦悩と孤独の中から、色彩と筆致に爆発的なエネルギーを宿した絵画を次々と生み出した。サン=レミは、ゴッホ芸術の頂点を象徴する場所である。
《アイリス》

- 制作:1889年5月
- 寸法:71 cm ×93 cm
- 所蔵: J・ポール・ゲティ美術館(アメリカ)
ゴッホが療養していたサン=レミの精神病院の庭に咲いていたアイリスを描いた一枚。ロサンゼルスにある J・ポール・ゲティ美術館が所蔵。
1987年11月11日、ニューヨークのサザビーズで開催されたオークションで、当時の史上最高額となる5,390万ドル(約72億円)で落札され有名になった。
深い青と紫の花びらが重なり合い、豊かな緑の葉、赤みを帯びたオレンジの土、背景に咲く黄色い花々、画面は色彩に満ちている。そして左端に一輪だけ咲く白いアイリス。
水は描かれていないが、モネ《睡蓮》のような、三途の川を連想させる雰囲気が漂っている。視線は右下から左上へと運ばれ、風が吹いているようにも、巡礼のようにも見える。鋭く伸びる茎が刃のように空気を切り裂き、「騎士の花」と呼ばれるにふさわしい力強さを持っている。ゴッホは、《糸杉》と同じく、自分もそうありたいと願いを重ねたの。柔らかくも張り詰めた絵には、静かな意志と祈りが込められている。
《サン・レミの精神病院の庭》

- 制作:1889年5月
- 寸法:72 cm ×91.5cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
精神病院に入院した直後の一枚。最初の1ヶ月は外出が許されず、庭を描いたといわれる。カンヴァスを彩る鮮やかな色使いと、建物沿いの構成は、《夜のカフェテラス》を思わせる。咲き誇る花々に祝福され、小道は青空の色が水面のように反映され、まっすぐ黄色い壁へと導かれている。
ゴッホが再び絵筆を取って生きる力を取り戻そうとする、希望と再生の意志を感じさせる。静かな光に包まれたこの一枚からは、苦しみの中にも美を見つけようとする、ゴッホのまなざしが滲んでいる。
《糸杉》

数ある「糸杉」の連作の中でも、これは別格。緑の炎。天を突き抜けるように、カンヴァスからはみ出す勢いで燃え上がる。その業火に炙られ、足元の草花も歪み、揺れている。空は爽快な青、そこに浮かぶ雲も歪み、なぜか三日月も顔を出す。
何から何まで理不尽な絵。「ゴッホの筆跡」が完成された瞬間の絵。だから力強い。そして、圧倒的に美しい。炎は燃えているようで癒やしでもある。焚き火の前で人は沈黙し、その色と音を抱きしめるように。
この絵はゴッホ自身も「糸杉を描いた連作で最高傑作」と語った自信作。炎上と鎮魂を描いた、火の肖像である。
《星月夜》

- 制作:1889年6月
- 寸法:73.7 cm × 92.1 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ニューヨーク近代美術館
邦題は《星月夜》だが、絵には月が出ており、間違ったタイトルになっている。「星月夜」は、月が出ていないが星の輝きだけで月夜のように明るい夜の意味。フランス語の「La nuit étoilée」は、「星降る夜」や「星の輝く夜」の意味であり、正確な邦題は《星夜》になる。
糸杉はゴッホのペニスであり、跳躍する精子。孤独な精子は新たな生命を求めている。夜空は「受け入れ」とも「拒絶」ともつかない、無音の母性。
夜という母胎、精子の炎。《星月夜》は「再誕」の絵画。ゴッホは、宇宙との交歓によって、生まれ直そうとしている。ここからもう一度、人生をやり直したいと願っている。
《オリーブの樹》

- 制作:1889年6月
- 寸法:73 cm ×92cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵: ニューヨーク近代美術館(アメリカ)
精神病院の庭から見えたオリーブの木々は、ゴッホにとって深い精神的な題材となった。オリーブの木は、精神病院の庭から見え、サン=レミで《糸杉》や《アイリス》とともに、プロヴァンスの名物である「オリーブの林」という題材に魅せられる。ゴッホほどの色彩でもオリーブの色を表現するのは難しいとテオに手紙で送っており、ゴッホの挑戦心を掻き立てた。少なくとも15点の「オリーブの林」シリーズを制作している。
木々も山も空も、全体が波打つように歪み、揺れている。不自然すぎるほど大きな雲は、ゴッホ自身のフライング・ダッチマン(さまよえるオランダ人)の魂。しかし、白雲は黄色いオーラで覆われており、それは希望の色である。歪みながらも、真っ直ぐ生きていく。そんなゴッホの魂を具象化した大傑作である。
《渦巻く自画像》

- 制作:1889年9月
- 寸法:65x54cm
- 所蔵:オルセー美術館
《星月夜》から3ヶ月後。背景も、服も、顔までも渦を描く。筆が動いたのではない。心が渦巻いている。青は、空でも海でもない。「内なる渦」。心のなかで世界が崩れ、再び世界を取り戻そうとする再生の色。
眼は哀しく、表情にも寂しさがある。自分を奇人扱いする世間、そこに入っていけない自分を悟り、そして受け入れる眼。ゴッホの絵画は、狂気と理性の狭間で咲く。
《刈り入れをする人のいる麦畑》

- 制作:1889年9月
- 寸法:73.2 cm x 92.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
ゴッホの代名詞である《麦畑》シリーズの一枚。療養中の作品とは思えないほど、黄金の輝きに満ちた作品。《死神のいる麦畑》と題されることもある。刈り取る=死とゴッホは捉えていたが、黄金の海で、農夫が泳いでいるような力強さに満ちている。
《渓谷》

- 制作:1889年10月
- 寸法:73 x 91.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ボストン美術館(アメリカ)
10月には初めてアルピーユ山脈を歩き、そこで見た渓谷を何枚か描いた。ゴーギャンは「私の山の風景画と交換したい」と申し出て、ゴッホに賞賛の手紙を送っている。
渓谷の奥には、かすかな光がにじんでいる。筆の渦がうねり、岩も木々も空も同じ呼吸で脈打っている。風景はもはや外界ではなく、ゴッホの心臓の鼓動そのもの。
心の渓谷もまた照らし出される。深い谷間に落ち込むか、それとも険しさを越えて光へと進むのか。ゴッホの渓谷は、自然の姿を借りた「生きる選択」の象徴なのである。
《オリーブを摘む人々》

- 制作:1889年12月
- 寸法:73 cm ×92cm
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
最初に描いた《アルピーユ山脈が見えるオリーブの林》と並ぶ、「オリーブの林」の最高傑作。明るく澄み切った陽光。
空は澄み渡り、緑とオレンジがかった黄色が溶け合うように輝き、光が画面全体に満ちている。人々の肌はアバターのように青く、異世界の住人のようだが、それがブルーカラーである労働者の美しさ。
《花咲くアーモンドの木の枝》

- 制作:1890年2月
- 寸法:73.3 cm x 92.4 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
すべてのゴッホの絵画の最高傑作。
サン=レミ=ド=プロヴァンスの精神病院で療養していたとき、パリに住んでいた弟テオに長男が生まれたのを祝して贈った。
ゴッホは色に祝福を灯した。生まれてきた子が最初に贈られるプレゼントは「愛」、次に「世界」。背景の青空が現世。可憐な白い花たちは産声という名の歌声。ゴツゴツした不器用な枝はゴッホの手。新しい生命を包み込み守る手。
ゴッホは甥っ子に「世界」をプレゼントした。「この世界で力強く、やさしく生きてゆくんだよ」というメッセージを込めて。
《草むらの中の木の幹》

- 制作:1890年4月
- 寸法:72.5 × 91.5 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
優しい色彩と大胆な構図が癒してくれる。根元から描かれた力強い松の幹。全体像を描かず、樹皮の質感にフォーカスすることで存在感を与える。足元には白い花々や黄色いタンポポが咲き、小さな命が満ちている。低く、確かな生命力が、こちらを見つめてくる。印象派のようなやわらかい風景描写に、狩野派の構成の力強さが融合した、ゴッホならではの秀作。
《糸杉と星の見える道》

- 制作:1890年5月
- 寸法:90.6 × 72 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:クレラー・ミュラー美術館(オランダ)
糸杉が中央にそびえ立ち、星と月とを分かち合う。それは、夜空と夜道を照らす蝋燭であり、地上から天へと祈りを運ぶ煙突、魂の導管。
足元には黄金の麦畑。波打つように道をつくり、波動拳のように曲がりくねって人々を導く。その道を、歩行者と馬車が静かに行き交う。
ゴッホはこの絵に、自らの再出発の意志を込めた。ゴッホは、これから新たな道に進もうとしている。道を繕うとしている。糸杉は「人生を縫う糸」。星と月が同時に空に浮かぶのは、新しい朝が始まろうとしているから。ゴッホの次のステージの夜明けである。
オーヴェル時代のゴッホの名画・代表作

パリ北西の小村、オーヴェル=シュル=オワーズ。ゴッホはここで最期の約70日を生き、ほぼ一日一枚の速さで《オーヴェルの教会》をはじめとする傑作を描き出した。この時代の絵画は1枚数十億円以上。つまりゴッホは日給数十億円の画家になっていた。
《農家》

- 制作:1890年5-6月
- 寸法:38.9 cm x46.4cm
- 所蔵:ゴッホ美術館
ゴッホ終焉の地・オーヴェール= シュル=オワーズに来たばかりに描いた一枚。
屋根は緑に染まり、壁は白く光を跳ね返す。ゴッホにしか見えなかった“心の色”。
青や黄を愛したゴッホがたどり着いた最後の色、それが「緑」。
若さの色ではなく、再生の色。優しさと、やわらかな色。
《ドービニーの庭》へと続くこの一枚。その筆先には、赦しと、静かな「ありがとう」が宿っている。
《オーヴェルの教会》

- 制作:1890年6月
- 寸法:74 cm × 94 cm
- 技法:油彩
- 所蔵:オルセー美術館(フランス)
ホラー映画のようであり、ゴッホの中でも《アルルの跳ね橋》凌ぐほどの存在感と力を持っている。こんなアトラクションがディズニーにあってもいい。モデルは、エグリーズ広場にある教会。教会とは、魂を救う場所なのに、《オーヴェルの教会》からは「救済」の匂いがしない。空は暗く、夜が明ける気配もなく、世界の終わりを告げるようである。そもそも、この絵は“教会”を描いているのではない。聖なる建物を借りた、もっと深い個人的な風景、魂の臨界点を描いている。
《ガシェ医師の肖像》

- 制作:1890年6月
- 寸法:68.2 x 57.0 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:オルセー美術館(パリ)
白い鳥打帽に金髪、青い礼服をまとい、赤い机にうなだれるように身を寄せる姿を、ゴッホは鮮やかな色彩とともに描いた。背景は空色ではなく、人物を浮遊させるような抽象的な広がりを見せる。
はっきりとした肖像でありながら、その表情は幽霊のよう。精神科医であるガシェ自身が、もっとも病んだ魂を抱えているという逆説が、画面から滲み出ている。
《アザミの花》

- 制作:1890年5月
- 寸法:40.8 x 33.6 cm
- 所蔵:ポーラ美術館(箱根)
ゴッホが亡くなる前月に描かれた、最期に描いた花の絵のひとつ。《ひまわり》と《アザミの花》が日本にあるのは大きな幸福。
絵の具は大胆に盛られ、少し乱暴。ゴツゴツして鋭利なのに、その荒々しさが、優しさで満ちている。不器用で、あたたかい。ゴッホの絵筆は世界一やさしい刃物。
アザミの花はキリスト教では「聖花」とされるが、ゴルゴダの丘で十字架に架けられるキリスト(ゴッホ自身)を、花が包容しているように見える。ゴッホは棘さえも抱擁に変える。
《ドービニーの庭》
- 制作:1890年7月
- 寸法:53 x 103 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ひろしま美術館(広島)
命の最終章で描いた一枚。ゴッホが敬愛してやまなかった画家、シャルル=フランソワ・ドービニーの庭を訪れて描いた情景。緑がうねり、草花が風にさざめき、奥には白い壁と家々が並ぶ。鮮烈な緑と青が押し寄せるように画面を満たし、生命の息吹と同時に、どこか切ない静けさが漂う。ゴッホのまなざしが、最後まで自然とともにあったことを物語る一枚。
《黒い鳥のいる麦畑》

- 制作:1890年7月
- 寸法:50 cm × 103 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
「カラスのいる麦畑」「カラスの群れ飛ぶ麦畑」で定着しているが、この鳥がカラスじゃない可能性が高い。ゴッホが夕陽や夕暮れに翔ぶ渡り鳥(雁の群れ)のシルエットを描いた可能性が高く、遺族は正式なタイトルを《黒い鳥のいる麦畑》としている。
「死」や不吉な匂いはなく、まばゆいばかりの黄金の麦畑に圧倒された。そこにあったのは、生命の輝き。ピュアゴールドというカラー名がふさわしく、金色の麦が風にそよぎ、うねる大地の律動が押し寄せる。
空に舞う黒い鳥や、暗く染まりつつある空も、不吉ではない。その闇は、光を際立たせる背景。夜明けに向かって翔んでいる。
《木の根》

- 制作:1890年7月
- 寸法:50.3 cm x 100.1 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
現在、ゴッホの遺作とされている絵画。日本では《木の根と幹》というタイトルで紹介される。ゴッホ特有のうねり、厚塗り、明るい色彩。瑞々しい生命力に満ち溢れており、これから死ぬ画家の作品には見えない。大地に根を張り、これから生きようとする意志を感じる一枚。
空前絶後のアート本、登場!

美術館に行く前に読むと、絵の見方が180度変わります。『アートは燃えているか、』は、図版なしで名画をめぐる“言葉の美術館”です。ゴッホの最高傑作も、この本の中で決定します!絵を観る天才が何を語るのか、その眼で確かめてください。
→ 書籍の詳細を見る [アートは燃えているか、]
ゴッホを所蔵する日本の美術館一覧
| 美術館名 | 所蔵作品 |
|---|---|
| 山形美術館(山形) | 雪原で薪を集める人々 |
| 諸橋近代美術館(福島) | 座る農婦 |
| 笠間日動美術館(茨城) | サン=レミの道 |
| アーティゾン美術館(東京) |
モンマルトルの風車 ニシン 花 医師ガシェの肖像 |
| 国立西洋美術館(東京) | ばら(薔薇) |
| 東京藝術大学大学美術館(東京) | 医師ガシェの肖像(習作) |
| SOMPO美術館(東京) | ひまわり |
| 東京富士美術館(東京) | 鋤仕事をする農婦のいる家 |
| 横浜美術館(神奈川) | 医師ガシェの肖像 |
| ポーラ美術館(神奈川) |
ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋 草むら |
| メナード美術館(愛知) |
一日の終り(ミレーによる) 石膏トルソ(女) |
| 和泉市久保惣記念美術館(大阪) |
耕す人 紡ぎ車をくる女 機を織る人とベビーチェアの子供 |
| ひろしま美術館(広島) | ドービニーの庭 |
| ウッドワン美術館(広島) | 農婦 |
| 大山崎山荘美術館(京都) | 農婦 |
| 喜多美術館(奈良) | 網干し場 |
ゴッホの名画を観られる世界の美術館
| 絵画 | 所蔵美術館 | 国・都市 |
|---|---|---|
| ひまわり |
ゴッホ美術館 ナショナルギャラリー他 |
オランダ・日本・英国など |
| 星月夜 | MoMA | ニューヨーク |
| 花咲くアーモンドの枝 | ゴッホ美術館 | アムステルダム |
| 夜のカフェテラス | クレラー=ミュラー美術館 | オッテルロー |
| ジャガイモを食べる人々 | ゴッホ美術館 | アムステルダム |
ゴッホ美術館

クレラー・ミュラー美術館

なぜゴッホの絵画は世界中で愛されるのか?
- 独自の色彩感覚と筆致
- 苦悩と情熱がにじむ表現力
- 弟テオとの手紙で知る人間像
- 死後に評価が高まった理由
ゴッホは長男だが、実際は1歳上の兄が死産している。「ヴィンセント」という名前は、その兄のもの。何かの宿命を背負ったゴッホは、父の宗教観と対立したという。
その反発が、ほとんど宗教画や神話画を描かず、「目に映る愛おしいもの」を描き続ける画風につながった。
ゴッホの絵が世界中で愛されるのは、その独自の色彩感覚と筆致にある。鮮やかな黄色や深い青といった色を大胆に組み合わせ、渦を巻くような筆の動きでカンヴァスを覆うことで、ただの風景や人物を超えて、強烈な感情を描き出している。絵を見る人は、目に飛び込んでくる色の力と筆の勢いに圧倒されると同時に、そこにこめられた心の震えを直感的に感じ取る。
また、ゴッホの作品には苦悩と情熱が生々しくにじみ出ている。孤独や生活の困窮に苦しみながらも、描くことをやめなかった執念は、絵そのものに刻み込まれている。だからこそ、観る者は単なる美しさ以上の「生きる叫び」に触れることになる。
さらに、弟テオに宛てた膨大な手紙からは、ゴッホという人間の誠実さや不器用さ、そして芸術への真摯な姿勢が浮かび上がる。これらの手紙は、作品をただの名画ではなく、一人の人間の人生と結びついた物語として受け止めさせる。
貧困の中で世を去ったゴッホの作品が、死後になって先駆的な表現として注目され、次第に世界中で高く評価されるようになった経緯も大きい。悲劇的な人生と、その中で生まれた圧倒的な芸術が結びつくことで、ゴッホの絵は単なる美術品ではなく、人類共通の感情に響く存在となったのである。
ゴッホと寅さん
ゴッホが日本人に親しまれている理由に、寅さんとの共通性がある。どちらも風来坊で、不器用な愛を抱える。
ゴッホも寅さんも、「損得」で動かない。誠実に、まっすぐに、自分が信じることを選び取る。周囲に誤解されることも多く、孤独にもなる。それでも、寅さんには妹さくら、ゴッホには弟テオがいる。立ち止まらず、また旅に出ていく。
不器用にしか生きられない自由人の姿が、ひときわ輝いて見える。
ゴッホにまつわる多い誤解
生前、絵は1枚しか売れなかった

《赤い葡萄畑》は公式の記録として残っている、唯一売れたゴッホの絵である。このことから「ゴッホは生前に一枚しか絵を売れなかった」とよく言われるが、これは確かな記録が乏しいために広まった説である。
実際には、ゴッホが描いた肖像画に対し、画商タンギー爺さんが20フラン(現在の約2万円相当)を支払ったという記述が、弟テオへの手紙に残っている。ただしその絵は現存しておらず、正式な裏付けは得られていない。
耳切り事件後、ゴーギャンと絶縁した

誤解されているが、ゴッホとゴーギャンはアルルで決別したあと、再会することはなかったが、手紙のやり取りはしている。ゴッホの《渓谷》を見たゴーギャンが「私の山の風景画と交換したい」と申し出た。ゴーギャンは、ゴッホに賞賛の手紙を送っている。
麦畑の絵を描いたあと拳銃自殺した

1890年7月29日、ゴッホはラヴー旅館の小さな部屋で息を引き取る。通説は自殺である。7月27日夕方、ゴッホは腹部に銃創を負い、自力で旅館へ戻り、二日後に亡くなった。ただし不可解な点も残る。発砲に使われた拳銃が現場から見つかっていないこと、貧困に喘いでいたゴッホが銃を買えたのか、オーヴェルでゴッホをからかっていた少年グループの存在である。近年は「からかい半分の誤射(事故)」を示唆する他殺(事故死)説も多い。原田マハは自殺説を支持し、山田五郎は他殺説を唱えている。
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