傑作選
パブロ・ピカソ《自画像》1917年、紙、鉛筆 パブロ・ピカソは絵の道を歩み始めた10代から亡くなる90代まで自画像を残しており、ピカソほど「自画像」で人生を語れる画家はいない。15歳の少年期から、死の数か月前・91歳の最晩年まで。その筆跡には、青年の焦…
画家の“聖域”=アトリエを主題にした名画を解説。ベラスケス《ラス・メニーナス》、フェルメール《絵画芸術》、マティス《赤/桃のアトリエ》ほかを読み解く入門。
MoMAのルソー《夢》 アンリ・ルソーの「ジャングル」は、鮮やかな色彩、細部まで描き込まれた葉群、闇からのぞく動物が静かに迫る。だがルソーは一度も熱帯の森を旅していない。なぜルソーは執拗にジャングルへ向かったのか。どのように素材を集め、どんな物…
ピカソ《タオルを巻いた裸婦》1907年 1907年から1909年頃のピカソは、アフリカ彫刻や仮面から強い刺激を受け、造形を面と角で切り出す「プロト・キュビスム」へと踏み込む。顔は仮面化し、身体は彫刻刀で削ったような平面の集積へと変わる。背景と人物は同じ…
11歳のゴッホが父の誕生日にプレゼントした素描 素描の魅力は、完成した作品では見えにくい作者の思考や筆の跡がそのまま伝わる親密さにあり、さらに創造の流れや着想の瞬間を覗き見るような生々しさにある。素描(そびょう)とは、木炭や鉛筆、ペンなどの単…
《何かを見つめる自画像》1630年、アムステルダム国立美術館 17世紀のオランダ黄金時代を代表する画家であり、史上最高の画家であるレンブラントは、生涯で60枚ほどの自画像を描いた。 モデルを雇う金がない画家は、練習や技法の実験などで自画像を描くこと…
ゴッホ《オーヴェルの家々》1890年5月、ボストン美術館 パリ北西の小村、オーヴェル=シュル=オワーズ。ゴッホはここで最期の約70日を生き、ほぼ一日一枚の速さで《オーヴェルの教会》をはじめとする傑作を描き出した。ラヴー旅館の屋根裏部屋を出れば、青…
ゴッホ《精神療養院の廊下》1889年9月、ニューヨーク近代美術館 ゴッホの生涯を振り返ると、「サン=レミ時代」は特別な輝きを放つ。1889年5月から1890年5月までの1年間、南仏サン=レミの精神病院(もとは修道院)で療養生活を送った。当初は3ヶ月の予定だ…
ゴッホの自画像の素描 鏡に向かい、己を描き続けた画家がいる。わずか4年のフランス滞在のあいだに、ゴッホは約38点もの自画像を残した。 そこには、模索する若き芸術家の姿もあれば、孤独と狂気に揺れる魂もある。パリの沈黙、アルルの光、サン=レミの渦。…
《タラスコンへの道を行く画家》1888年7月 ゴッホがもっとも多くの傑作を生み出したのは、南仏アルルで過ごした1年余りの期間だった。パリでの刺激的な日々を経て、ゴッホはより強い光と鮮烈な色彩を求めて地中海の太陽の下へ向かう。アルルはゴッホにとって…
ゴッホの画風、色彩が大きく変化するのがパリ時代である。ゴッホは1886年3月1日、夜行列車に乗ってテオのもとへ向かった。勝手にアパートに転がり込み、モンマルトルにあるフェルナン・コルモンの画塾に通う。 テオの紹介でゴーギャン、ロートレック、シニャ…
林忠正編『パリ・イリュストレ』誌「特集:日本」1886年5月号 19世紀後半のヨーロッパでは、開国したばかりの日本から流入した浮世絵が強烈な衝撃を与え、「ジャポニスム」と呼ばれる熱狂を巻き起こした。印象派の巨匠たちもその影響を受けたが、誰よりも深…
《猿を連れた曲芸師の家族》1905年、ヨーテボリ美術館 1904年から1906年頃のピカソの作品はピンク色を多用し、「バラ色の時代」と呼ばれる。赤やピンク、オレンジ、アースカラーなどを使って、明るい色彩でピエロやサーカスの団員などを多く描いていることか…
ゴッホはわずか37年の生涯で800点以上の絵画を残し、その間に37回もの引っ越しを繰り返したといわれている。まさに風来坊、異邦人、ヴァガボンド(放浪者)としての画業だった。出会う人々や景色に触れるたびに、その画風も大きく変化し、オランダ、ベルギー…
ゴッホはわずか37年の生涯で800点以上の絵画を残し、その間に37回もの引っ越しを繰り返したといわれている。まさに風来坊、異邦人、ヴァガボンド(放浪者)としての画業だった。出会う人々や景色に触れるたびに、その画風も大きく変化し、オランダ、ベルギー…
少女を描かせたらルノワールの右に出る者はいない。史上最高の「少女画」は《イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢》である。ルノワールは、少女の肌に光を着せた。 ルノワール少女画の代表作・有名作品 ロメーヌ・ラコーの肖像 シルク・フェルナンドの曲芸師 …
ピカソ《足を乾かす裸婦》1921年、ベルクグリューン美術館 パブロ・ピカソの画業の中で「新古典主義の時代(Neoclassical period)」と呼ばれる時期は、1918年から1924年頃にかけて続いた。キュビズムによって形態を徹底的に分解したピカソが、第一次世界大…
ロートレック《エグランティーヌ嬢一座》1896年 19世紀末パリ、モンマルトルの夜を鮮烈に彩ったのが、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックのポスターである。 人物や物体を輪郭線で表現し、陰影が無く、平面的で鮮やかな色彩という、浮世絵の技法を踏襲…
10万点を超える芸術作品を生み出したパブロ・ピカソの絵画のなかで「最も美しいページ」と称されるのが「青の時代」、いわゆる「ブルー・ピカソ」である。 ピカソの「青の時代」は、「ブルー・ピリオド」または「ブルー・ピカソ」とも呼ばれ、1901年から1904…
《髪をほどいた横たわる裸婦》 1917年 19世紀に美術の歴史を塗り替えたエドゥアール・マネ、20世紀に乳白色の肌で一世を風靡した藤田嗣治など、裸婦画を描いた画家は多いが、その中で頭ひとつ抜けた存在感を放つのが、映画『モンパルナスの灯』でも知られる…
17世紀オランダ、フェルメールは光と沈黙のなかに、人が手紙と向き合う決定的な瞬間を描き出した。窓辺で言葉を読み解くまなざし、筆先を止めて振り返る仕草、召使が差し出す便りを受け取る息づかい。そこには、愛の気配や不安、待ちわびる心が濃縮されてい…
フェルメール《ギターを弾く女》1672年,ケンウッド・ハウス フェルメールの絵に登場する楽器たちは、単なる静物ではない。当時の生活の音そのものであり、目の前の人物が今にも弾き出しそうな、あるいは弾き終えたばかりの余韻を宿している。17世紀のデルフ…
ヨハネス・フェルメールが描いた数々の絵画には、しばしばワインが置かれている。17世紀オランダ、窓辺から差し込む光の中で、ワインはただの飲み物ではなかった。 ワインは、恋の駆け引きの小道具であり、時には沈黙の奥に潜む本音を映す鏡。フェルメールは…
エドガー・ドガ《舞台の二人の踊り子》コートールド美術館 静止したはずのカンヴァスの中で、身体が回転する。時間を止めたはずの絵画が、リズムを宿し、空間を震わせる。 画家たちは絵画という静止メディアに多くの踊りを描いてきた。絵画というメディアは…
ゴッホの最も有名な絵画、ゴッホの最高傑作、どちらも花の絵画である。花の絵が静物画の主題になってくるのは、17世紀オランダ黄金時代の絵画から。ゴッホはオランダ人としての遺伝子を受け継いだ。 ゴッホは生涯で花の静物画(花瓶に生けられた花)を約40枚…