前夜にエスコンフィールドで日本ハムvs.楽天戦を観て、翌朝11時に美術館に向かう。"動"のスポーツと"静"のアート。令和6年は徹底的にこの二刀流だ。
お世話になった新札幌駅内にあるアークシティホテルは静かで快適な一宿だった。穏やかな気持ちで向かえる。
北海道立近代美術館
北海道立近代美術館は札幌駅から歩いて30分。快晴の日差し。札幌は夜にグッと冷え込むが日中は東京と変わらない。街並みを見たかったので歩いたが、近くまで「道立近代美術館」のバス停があるので利用したほうがいい。もしくは地下鉄東西線「西18丁目駅」で下車。
北海道立近代美術館は1977年(昭和52年)7月20日の開館。周りには北海道ゆかりの芸術家の像が多くある。
美術だけでなく彫像なども多いのでアートに触れる環境としては申し分ない。さすが道立であり北海道のスケール感があるミュージアム。
展示室はAとBの2部屋。入館すると、いきなり長蛇の列。木曜日の12時過ぎ。都心の美術館かと思うほどの長さ。『鳥獣人物戯画』が北海道へ初上陸とはいえ異常だ。山田五郎がYouTubeで「企画展が開かれるたびに地獄のような混みかたをする」と言っていたのは本当だった。
とても並んでいられないので、先に常設展を観ようとスタッフに聞くと、なんと常設展示がない。2部屋とも企画展。ユトリロやキスリング、最も観たかった神田日勝《室内風景》もなし。これはホームページが悪い。きちんと書いてくれないと常設展示室があると思い込む。展示室Aでは浮世絵をやっているが、誰も入っていない。鳥獣戯画だけで1,900円の高額。しかも1巻目の後半だけの展示という中途半端で。他の美術館なら企画展と常設展がセットだが、いやはや。
京都 高山寺展―明恵上人と文化財の伝承
仕方なしに鳥獣戯画のチケットのみ購入するが、入場規制で30分以上も並ぶ。ようやく入館してからも長蛇の列。まったく進まない。最初に展示してあるのが複製。そのあとガラスケース越しの国宝展示が続く。待つのが無理なひとは後方から覗き見ができてスイスイ進めるが、こんな小さな絵巻を遠目で見ても意味がない。むしろ鑑賞するスピードを早めないと。立ち止まっての鑑賞を禁止すべきだ。モネの『印象、日の出展』のときは動きながらの鑑賞だった。普段の客入りがわからないが、常に満員の上野の美術館から誘導を学んでほしい。結局、最初の絵を観るまで1時間以上もかかった。
鳥獣戯画
鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)は、京都市の高山寺に伝わる墨画の絵巻物。《鳥獣戯画》の呼び方のほうが一般的だ。甲・乙・丙・丁の全4巻、44mもの長さ。作者は複数人で不明。成立時期も不明だが平安時代末期から鎌倉時代初期にかけた12世紀後半から13世紀と考えられている。本来は表裏に描かれたが、剥がされて現在は4巻に分かれている。最も有名な絵は甲(1巻)の後半に集約され、だから今回の大行列ができた。乙は動物図鑑、丙は動物と人間が登場し、丁は人間のみ。
甲巻は縦30.4cm 全長1148.4cm。11の動物が登場し、主役は兎、蛙、猿。主従関係が入れ替わるパラレルワールド。ここで重要なのはウサギが猿を追いかけていること。本来なら猿のほうが強いのに、弱者が強者を下剋上している。
最も有名なカエルとウサギの相撲。ここでも弱者であるカエルが勝ち、兎は負ける。カエルは反則技で勝つが、負けたウサギも満面の笑み。相撲というよりプロレスの世界。本来、動物の世界を描くなら弱肉強食。しかし《鳥獣戯画》は逆。映画の世界であり、政権交代を描いている。権力への反抗、政権交代。レジスタンス。直接的に描くと弾圧されるので、動物を擬人化することでカムフラージュしている。
最後も最強の猿が最も弱いカエルにひれ伏す。もうひとつ、《鳥獣戯画》はDRAGON BALL。悟空が殺人者(大猿になって爺ちゃんの孫悟飯を踏み殺している)の業を背負ったように、 鳥獣戯画の猿、兎、蛙はなにかの業を背負っている。悟空には戦闘民族サイヤ人の血が流れており、その血は育ての親である悟飯を殺してしまうが、その業を背負った結果、悟空の戦いは侵略ではなく誰かを、何かを守るための戦いに変わる。それがDRAGON BALLの起点、贖罪。《鳥獣戯画》の中にも権力が渦巻いている。力関係のヒエラルキーがある。戦いでしか生きられない世界を表した絵画。これが仏教の世界であり、この世は戦いである。それが最大の楽しみであり、生きる醍醐味なのだ。
明恵上人
《鳥獣戯画》の他に最も良かったのが明恵上人の作といわれる《神鹿》。牝鹿の眼の輝きが今日の美術展の不満を洗い流してくれた。アートの偉大さを教えてくれる。
浮世絵のヒロインたち
せっかくなので、もう一つの展覧会「浮世絵のヒロインたち」も590円で観た。数人しかおらずゆっくり見られる。歌川国貞の絵があるが、川瀬巴水を観たばかりなので少し見劣りした。
岩橋英遠《道産子追憶之巻》
全長約29メートルで北海道の朝から夜までを一枚に納めた絵巻。79歳で作ったからか、日の出よりも日没の色合いの見事さが際立つ。
展示のコンセプトはわからないが19世紀のワイングラスを見られたのは良かった。この日の話を師匠にすると、鳥獣戯画を描いているシーンを想像しなさいと言われた。ストレートに権力を批判すると弾圧される。政権交代、レジスタンスを動物でカムフラージュしている。ウサギが猿に勝てるわけないのに追いかけている。カエルがウサギに勝てるわけないのに反則技を使って勝利する。庶民が貴族をひっくり返す。弱者はその痛快、カタルシスをおぼえる。その共犯性、テロ集団こそが鳥獣戯画。テロをエンタメ、アートに昇華したと。師匠には足元も及ばない。
美術館メシ
カフェMarley
2つの美術展を観て歩き回って腰が激痛。逃げ込むように2階のカフェMarley(マーレー)へ。あまり聞かない画家や彫刻家だと思ったら、ボブ・マーリーから取っている。
モダン・シック。差し込む光が潤しい。最高の環境。混んでなければ、もう一度、鳥獣戯画に行きたかった。
珈琲とカカオ68%のベトナム・チョコレート。絵を見るまで1時間並んだ腰痛を癒す。
鳥獣戯画も1/8しか観れず、望んでいた常設展示室はなかった。それでも機会があれば、また来たい。美術館には「赦し」の効能がある。札幌の残照がどこまでも美しかった。