アートの聖書

絵画、映画、ときどき音楽

東京富士美術館〜ラ・トゥールの奇跡

東京富士美術館

新宿から中央線に乗り八王子まで40分、西東京バスに乗り換え創価大学まで25分。ちょっとした小旅行の先にジャスティスな美術館がある。

東京富士美術館

東京富士美術館

都心や上野にミュージアムが所狭しと並ぶなかアクセス不便な場所。しかし、ルネサンス期の画家ベッリーニからアンディ・ウォーホルまで500年近い西洋画の美術絵巻を漂流できる。歴史を全身に浴びられる美術館は東京でも希少。

東京富士美術館

年季の入ったコインランドリーが近くに

山形で大雨、東京で猛暑が襲った令和六年7月26日の金曜日。前日にギックリ腰になり、本来なら寝込んでいたいが、あと1年で20以上の美術館を回らないといけない。

東京富士美術館

気温36度。激混みの蒸し風呂のバスに揺られ、フラフラになり到着。

東京富士美術館

アントワーヌ・ブールデル《勝利》1923年のブロンズ像が出迎えてくれる。かなり男性的な美術館。「我々は勝利した」と言わんばかりに美術館が勝ち誇っている。これほど自信満々のミュージアムは初めてだ。お手並み拝見。

東京富士美術館

ホールに入ると左側に券売機。女性スタッフが案内してくれ、SNSをフォローすると1,500円 が200円割引になる。これで企画展も常設展もすべて観られるから安い。エスカレータで上がる。

常設展示室 

第一展示室

東京富士美術館

第一展示室から戦慄。複製とはいえ、ど頭からレオナルド・ダ・ヴィンチ幻の最高傑作《アンギアーリの戦い》とミケランジェロの未完《カッシーナの戦い》を並べるセンス。もし《アンギアーリの戦い》が現存して完成していたら間違いなく《モナ・リザ》を超える絵画だった。ルーベンスの模写を観れば確信できる。アート史の二大巨匠の複製画に触れさせることでストレッチを行う。未完の浪漫から入るところに東京富士美術館の包容力を感じる。

第二展示室

東京富士美術館,常設展示室

東京富士美術館のヘッドライナーは第二展示室にある。この写真からも東京富士美術館の展示のうまさがわかる。空間と絵の配置が完璧。窮屈すぎず空疎すぎず。見事。

ジョヴァンニ・ベッリーニ《行政長官の肖像》1507年頃

ジョヴァンニ・ベッリーニ《行政長官の肖像》1507年頃

代表作とは呼べないが、いきなりベッリーニの絵画から始まる。芸術後進地だった地から「ヴェネチア派」を生み出し、線ではなく色調によって立体感を出した初期の画家。

ルーカス・クラーナハ《ヨハン・フリードリヒ豪胆公》1533年

ルーカス・クラーナハ《ヨハン・フリードリヒ豪胆公》1533年

続いても代表作ではないが、ドイツ美術の偉人ルーカス・クラーナハ。500年前の絵画と対話できるのは奇跡。

ピーテル・ブリューゲル(子)《雪中の狩人》17世紀

ピーテル・ブリューゲル(子)《雪中の狩人》17世紀

冬の絵画のトップランナーである《雪中の狩人》を子が模写。父親の本物はどれほどの迫力なのか。

ピーテル・ブリューゲル(子)《農民の結婚式》1630年

ピーテル・ブリューゲル(子)《農民の結婚式》1630年

同じく父の模写。これも遠近法が見事。第二展示室はルーベンスドラクロア、アングル、フラゴナールなど巨匠の絵画が複数ある。代表作ではないとはいえ、これほどの点数を揃えるのは並大抵の収集力ではない。

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《煙草を吸う男》1646年

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール《煙草を吸う男》1646年

世界に40点しかないラ・トゥールの絵画が日本にある。ゴッホ《ひまわり》がSOMPO美術館にある奇跡を超える。キアロスクーロ(明暗法)の極致。もはや神の領域。ギックリ腰になっても、這ってでも来る価値がある。光と闇、絵画の真髄。有名人でもない平凡な男がタバコを吸っているだけ。なのに深淵と迫力がある。大自然の太陽光ではない人工光。しかも無名の男の何でもない日常。だから凄い。タバコの光は生命の鼓動。宵闇を彷徨う太陽のような、夜に開く蕾のような絵。オランダのレンブラント、スペインのベラスケス、フランのラ・トゥールと呼ばれるのは伊達ではない。ラ・トゥールは光と闇の宿命を、光と闇の自由を完全に掴んでいた。絵画が絵画である証明。写真でも映画でも音楽でも生み出せものをジョルジュ・ド・ラ・トゥールは体現した。間違いなく日本列島に存在するすべての絵画のなかで頂点。

第3展示室

東京富士美術館

第三展示室は近代に入る。急激に色調が明るくなる。緊張が解ける。

クロード・モネ《海辺の船》《プールヴィルの断崖》

クロード・モネ《海辺の船》《プールヴィルの断崖》

モネの海の絵を2枚並べるセンスの良さ。

クロード・モネ《プールヴィルの断崖》1882年

クロード・モネ《プールヴィルの断崖》1882年

パステルカラーのような崖。恐怖も圧もない。かといって底抜けに明るいわけではない。モネの絵は水平線の眼差しによって描かれる。人生という緩急と高低の連続の中で、どこまでもモネは水平に物事を見つめる。

クロード・モネ《海辺の船》1881年

クロード・モネ《海辺の船》1881年

ユトリロが描いたと勘違いした空。モネの画力と先駆性を物語る一枚。これほど男性的な船を描くとは。航海の途上ではなく港にある船。モネがこの船を出迎えにきたようだ。海を描かなくてもモネがいかに海を愛していたかがわかる。

第4展示室

エティエンヌ=モーリス・ファルコネ《アモール》18世紀

エティエンヌ=モーリス・ファルコネ《アモール》18世紀

第4展示室は一作だけ。ちょうどいい頭の休憩地点。美の砂漠のオアシス。東京富士美術館のセンスの良さが光る。

第5展示室

東京富士美術館

第5展示室の多くが撮影禁止。ダリ、キリコ、、ウォーホル。

モーリス・ユトリロ《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》1920年

モーリス・ユトリロムーラン・ド・ラ・ギャレット1920年

ユトリロの絵は撮影OK。華やかなムーラン・ド・ラ・ギャレットではなく路地裏。どんよりした空。この絵が表現しているのは形でも色でもなく、空気の重力。重さ。ユトリロは路地裏の聖者が見える画家だった。デ・キリコ《別荘の絵のある形而上的室内》、アンディ・ウォーホルジャック・ニクラウスの肖像》《キャンベル・スープ缶》は必見。特に1缶だけのキャンベル・スープは異様な迫力がある。このあと常設展示室は第8展示室まで続く。モディリアーニが無かったのが残念だが、ラインアップは見事なオールスター。

アメリカン・フォトグラフス展

ユージーン・スミス《楽園への歩み》1946年

ユージーン・スミス《楽園への歩み》1946年

ユージーン・スミス《楽園への歩み》1946年

常設展示室の途中にアメリカン・フォトグラフス展をかますセンスも素晴らしい。ここに挟まなければ見てもらえない。ユージン・スミス《楽園への歩み》は写真集を持ってるけど本物を見れたのはラッキー。幼年と幼女はエデンの東へ向かうアダムとイヴ。本当のユートピアは楽園の外にある。副題をつけるなら《楽園への逃避行、禁じられた遊び》である。

印象派モネからアメリカへウスター美術館所蔵

東京富士美術館

常設展示室でも十分お腹いっぱい。企画展はデザートである。

東京富士美術館

モネの睡蓮の壁画。鑑賞者を楽しませる仕掛け、工夫がうれしい。素晴らしい美術館だ。

クロード・モネ《睡蓮》 1908年

クロード・モネ《睡蓮》 1908年

クロード・モネ《睡蓮》の 1908年 がある。これまで見た睡蓮の中では色調が明るく、最もよかった。

トマス・コール《アルノ川の眺望、フィレンツェ近郊》1837 年

トマス・コール《アルノ川の眺望、フィレンツェ近郊》1837 年

トップバッター。朝焼けか夕焼けか。始まりか終わりか。黎明か黄昏か。どちらでも構わない。どちらも美しい。

クロード・モネ《税関吏の小屋・荒れた海》1882年

クロード・モネ《税関吏の小屋・荒れた海》1882年

ウィリアム・ターナーの絵画もあったが、圧倒的にモネが良かった。海というより雲。モネの水平線の眼差しは空と海を一体化させる。岸壁に立つ一軒家はモネの心臓。この海を見つめるモネそのもの。

ジョルジュ・ブラック《オリーヴの木々》1907年

ジョルジュ・ブラック《オリーヴの木々》1907年

企画展で最もよかった一枚。これがMVP。豊潤なオリーブオイルが生まれる木々を彩りで表現。この絵は綺麗でも上手いでもなく、美味しい。

ポール・シニャック《ゴルフ・ジュアン》1896年

ポール・シニャック《ゴルフ・ジュアン》1896年

シニャックの点描画は麻薬に近い。陶酔してしまう。シニャックの絵を観れば麻薬中毒者は減る。なんと美しい黄昏か。

斎藤豊作《風景》1912年

斎藤豊作《風景》1912年

驚いたのが斎藤豊作。初めて聞く。佐伯祐三の他にここまで画力のある日本人がいたとは。世界は高い、日本は広い、アートは深い。

ポール・セザンヌ 《「カード遊びをする人々」のための習作》1890–92年

ポール・セザンヌ 《「カード遊びをする人々」のための習作》1890–92年

アンデシュ・レオナード・ソーン《オパール》1891年

アンデシュ・レオナード・ソーン《オパール》1891年

ベルト・モリゾ《テラスにて》 1874 年

ベルト・モリゾ《テラスにて》 1874 年

メアリー・カサット《裸の⾚ん坊を抱くレーヌ・ルフェーヴル(⺟と⼦)》1902-03 年

メアリー・カサット《裸の⾚ん坊を抱くレーヌ・ルフェーヴル(⺟と⼦)》1902-03 年

美術館メシ

カフェ・モネ

東京富士美術館

休業中だったカフェ・モネ。次はここでコーヒーを飲みたい。

東京富士美術館

カフェレストラン・セーヌ

東京富士美術館

2周目の前にカフェレストラン・セーヌへ。

東京富士美術館

頭をリセットして、再び美術館を世界一周。

東京富士美術館

ワッフルセット1200円。上に乗った筋斗雲のようなバニラアイスが夏を溶かす。スイーツは温度が命。味覚、味覚というが、食事はその前に触覚がある。唇に触れたときの感覚が最も大事なのだ。

東京富士美術館

東京富士美術館は東京を、いや、日本を代表する美術館である。 オランダのレンブラント、スペインのベラスケス、フランスのラ・トゥールと呼ばれる意味が分かった。ガラスケース越しでなくて良かった。

東京富士美術館

美術館も絵の飾り方で印象が大きく変わる。コース料理と同じく並べ方の順番によっても印象が大きく変わる。本当にいい美術館は、絵画ではなく体験が最大のアートであることを教えてくれる。それが東京富士美術館である。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

図録「珠玉の東京富士美術館コレクション展」
価格:1,999円(税込、送料無料) (2024/7/28時点)

楽天で購入