マウリッツハイス王立美術館はオランダのデン・ハーグにある美の宝庫。フェルメール《真珠の耳飾りの少女》をはじめ、17世紀のオランダ黄金時代の絵画を数多く所蔵する。正式名称はマウリッツハウス王立美術館(オランダ語: Koninklijk Kabinet van Schilderijen Mauritshuis、英語: The Royal Picture Gallery Mauritshuis)。日本ではマウリッツハイス美術館と呼ばれることが多く、世界的にはマウリッツハイスと称される。
- マウリッツハイス王立美術館の歴史
- マウリッツハイス王立美術館の入場券
- マウリッツハイス王立美術館までの行き方
- マウリッツハイス王立美術館の旅行記
- マウリッツハイス王立美術館の絵画
- 美術館メシ:ブラッセリー
マウリッツハイス王立美術館の歴史
マウリッツハイスの美術館としての開館は1822年。元はオランダ総督の従兄弟にあたるナッサウ=ジーゲン伯ヨハン・マウリッツの居館として17世紀に建てられた。「ハイス」はオランダ語。「ハウス(家)」の意味。施設ではなく、本当に「館」で絵画を鑑賞する体験ができる。
2012年から2014年にかけて、大規模な改修と拡張工事が行われ、展示スペースや施設が大幅に拡張された。建物自体も荘厳ながら、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》《デルフトの眺望》、レンブラントの《テュルプ博士の解剖学講義》、ルーベンスやフランス・ハルスなど、約890展に及ぶ世界的に知られる傑作が並ぶ。
マウリッツハイス王立美術館の入場券
マウリッツハイス王立美術館は基本的に事前予約が必要。当日券が入手できるかは不明。日時も指定するが、時間より早めに行っても入れる。料金は20ユーロ(2025年4月時点)なので3200円ほど。
マウリッツハイス王立美術館の公式サイトで予約。展示室の入り口でバーコードをスキャンしてもらうので、スマホでスクショを撮っておくか、送られてくるメールアドレスのPDFをダウンロードして見せる。
マウリッツハイス王立美術館までの行き方
マウリッツハイス王立美術館までは、アムステルダム中央駅(Amsterdam Centraal)からデン・ハーグ中央駅(Station Den Haag Centraal)まで乗り換えなしで約50分。そこから徒歩10分。2025年4月22日時点で片道14.4ユーロ(2300円)。駅からの徒歩は直角に曲がるだけなので迷わず行ける。
アムステルダム中央駅からデン・ハーグ中央駅まで切符は、アプリのNSチケットで購入。アナログ人間なので、これまでの海外は駅の券売機で買っていたが、事前に調べると、券売機で買うと1.50 ユーロの追加料金が必要らしい。NSチケットのアプリは登録したメールアドレスにQRコードが送られてくるので、それをかざすだけで楽。「1st.class特等」か「2nd.class普通」があるようだが、自動的に2ndのチケットになった。
マウリッツハイス王立美術館の旅行記
2025年4月22日、朝8時。滞在先のマリオット・ホテルから徒歩30分でアムステルダム中央駅を目指す。昨晩21時に着いたばかりだが、疲労感より不安が多い。
途中いくつもの運河が目を潤してくれ、Googleマップを頼りながら駅を目指す。
1889年開業のアムステルダム中央駅は運河を望む場所にある。この場所は元々は河で、駅の建設のために埋め立てた。ゴッホが描いたシンゲル運河や旧ルーテル教会も見える。
建築家P.J.H.カイペルスとA.L.ファン・ゲントによって設計された駅舎はアートそのもの。
P.J.H.カイペルスは、アムステルダム国立美術館の設計も手がけている。
デン・ハーグ中央駅へは2a乗り場から乗る。
駅に入って真っ直ぐ進むと改札があり、QRコードをかざす。
アーチ型のトレイン・シェッド(屋根)。モネが描いた《サン・ラザール駅》のような、新たな時代への冒険心をかき立ててくれる景色に惚れ惚れする。
スタバも煉瓦模様でカッコよく映る。それより駅内のトイレが有料(0.9ユーロ)なのは驚いた。クレカ大忙しだが、電車の中にトイレがあるので我慢すればよかった。
運行間隔は30分に1本。乗客は多く、平日でもほぼ満席。
車窓からは牛、馬、羊など、のどかな牧草地の景色が続く。レンブラントの故郷ライデンの駅の手前で初めてオランダの風車を見た。ここで降りるひとが多いと思ったらオランダ最古のライデン大学があるからだ。
50分ほど揺られてデン・ハーグ中央駅に到着。
デン・ハーグはかつて、政府や王室が置かれていた都市。1850年まで人口7万人だったが、50年後には20万人に増えている。
デン・ハーグ中央駅を出て右折し、しばらく進むと左に曲がる。
16歳のゴッホがグーピル商会(画廊)のデン・ハーグ支店で働いていた。ゴッホが画家を志す原点にもなった街。
途中、ラーメン屋さん、寿司バーなど日本食の店が並び、麺処「匠」には帰りに寄った。
マウリッツハイス王立美術館の外観
一際目立つ立派な建物がマウリッツハイス王立美術館。まだ10時前なので人は少ない。
企画展がないので、クリスマスや正月など一部を除いて年中無休。朝10時から18時までオープン。
中に入るとフェルメール《真珠の耳飾りの少女》の壁で多くの人が記念撮影。
奥にミュージアムショップがあり、帰りにポストカードのお土産を買った。この2階がカフェ「ブラッセリー」。予約したチケットは11時15分からだったが、係の人に聞くと入場できる。大きな荷物の持ち込みは禁止なので、受付に預けて鑑賞開始。
マウリッツハイス王立美術館の常設展示室
美術品は2階と3階に展示。右側の階段が上りで左が下り。
貴族の宮殿が美術館だけあって、優雅な気持ちで鑑賞できる。シャンデリアなども美しい。
約890の所蔵品の中から260作品を展示。館の中に宝石を散りばめたような感覚になる。
企画展はなし、常設展一本勝負。展示の半分以上が企画展のクレラー・ミュラー美術館と対極にある構成。館内の1/3は日本人。日本語が飛び交う。いかにフェルメールが日本人に愛されているかが分かる。
それほど絵がない余白の空間もあり、計算されている。インプットしっぱなしでは疲れるので、休憩にはピッタリな場所。
レンブラント・ルーム。自画像など数点がある。
全部で16部屋あり、一部屋ごとに区切られた構成なので、美術品とじっくり向き合う時間を与えてくれる。フェルメールの絵画は3階の15部屋目。マウリッツハイス王立美術館のメインスポット。
《真珠の耳飾りの少女》の前は、常に人だかり。
所蔵している絵が凄いので、倉庫に眠らせずに高い場所にも飾る。世界でトップクラスに高身長のオランダ人の力技。子どもや女性はめちゃくちゃ見にくいが、これくらい強引でもいいかもしれない。
これでもかと絵画を並べた圧巻の部屋。天井画まであるので、アートから逃れられない。
盲導犬を連れた方も絵画鑑賞。日本の美術館もOKなのか知らないが初めて見た。
マウリッツハイス王立美術館の絵画
フェルメール
フェルメール《真珠の耳飾りの少女》1665年
正面から見ても、左から見ても、遠くから見ても、常に少女の瞳に見られている気がする。引きこもりでシャイなフェルメールは少女と眼を合わせない絵が多いが、この一枚だけは最も眼力が強い。
フェルメールで最も好きな一枚。オランダは山がなく、景色の大部分が空。画集で見るより街の景色がリアル。引きこもりのフェルメールには珍しい景観画。自分から描いたのではなく、依頼されたという説もある。
ゴッホも《デルフトの眺望》を観て、その感動をテオへの手紙に記した。
「ハーグのデルフトのファン・デル・メール(フェルメール)の絵が、これほどまでに色彩を保っているのは不思議だ。赤、緑、灰色、茶色、青、黒、黄色、白の一連の鮮やかな色調がすべて揃っている」
レンブラント
ルーム9。度肝を抜かれた。千葉の川村記念美術館には、レンブラント作の《広つば帽を被った男》があるが、やっぱり弟子が描いたか失敗作だと思う。全然レベルが違う。
レンブラント63歳。亡くなった年に描かれた最後の自画像。レンブラントが凄いのは、デビューの頃から最期の年まで画力が衰えないこと。フルマラソンを全力疾走できる画家。ピカソの晩年作も凄いが、最盛期に比べると衰える。しかし、レンブラントは朽ちない。桜のように、美しいまま散っていく。
25歳前後に描いた宗教画。たぶん真ん中にいるのはキリスト。輝きが桁違い。そこだけライトを当てているように感じるほど光っている。レンブラントの明暗法が爆発した一枚。
ギリシア神話の一枚。レンブラントが初めて描いた全身の裸婦画。怪物への生贄にされている場面。顔が奥さんのサスキアそっくり。この6年後に、レンブラントの大傑作《ダナエ》を描く。
ルーム10にもレンブラントの人物画。
レンブラントで最も凄いのはキアロスクーロ(明暗対比)ではなく、名もなき人物にも物語性、人格を宿せること。背景も名前も知らないのに、自分から探らなくても、人生に触れたような気になる。絵のほうから語りかけてくる。やさしいのに、悲しみと憂いを帯びている。だから人物の深みが出る。首の角度、陰影。そして眼。どれが欠けてもいけない。この深みを20代前半の若者が描いた事実に驚愕する。若きレンブラントの大傑作。
ルーベンス
ルーベンスがいるとは思わなかった。明暗法(キアロスクーロ)の練習か。蝋燭が先ほど点けられたのではないかと錯覚する画力。
フランダースの犬感、満載。ルーベンスはレオナルド・ダ・ヴィンチの《アンギアーリの戦い》の周作も圧倒される。下絵に凄さが宿る数少ない画家。
ニコラス・マース
14歳でレンブラントの弟子になったニコラス・マースが20歳前後で描いた一枚。フェルメールやレンブラントよりも、マウリッツハイス王立美術館で最も感動した作品。
この二分割の構図。老女をアップにするのではなく、少し離れて、日々の営みを見守る。いかにマースが愛おしく婦人を見つめているか。絵画は画家の眼差しを見るもの。
ニコラス・マースの2作品(《糸を紡ぐ女》と《窓辺の少女、または「夢想家」》が2018年に上野の森美術館に来たが、展覧会に行っておきながら素通りしてしまった。
ゴッホはテオへの手紙で「レンブラントとニコラス・マース、フェルメールを比較するのは無意味だ」と3人を並べている。
ヤン・ステーン
ヤン・ステーン《牡蠣を食べる少女》(1658年-1660年頃)
レンブラントと同郷ライデンの生まれのヤン・ステーン。スナップ写真のようなコミカルな一場面。優れたアーティストほど、非日常ではなく日常を愛する。
集団画だが、最も気合を入れて描いているのがワンちゃんというのが面白い。
ヤン・ステーンは画家と兼業で居酒屋を経営していた点でフェルメールと共通している。大酒飲みだったかわからないが、愉快な絵画が多いのはアルコールの力かもしれない。
フランス・ハルス
フランス・ハルス《笑う少年》1625年頃
レンブラント、フェルメールと共にオランダ黄金時代を代表し、かつてオランダの紙幣にもなっていたフランス・ハルス。写真が存在しない当時の絵画において、人物の肖像画が最も重要な仕事とすれば、トップクラスに位置する。
ヤン・ファン・ハイスム
オランダ黄金時代の次世代。「花の画家」として人気のオランダ黄金時代の画家。史上最も偉大な花を描いた画家と称される。果物も植物も瑞々しく、息吹を与える。
桃の瑞々しさ、葡萄の半透明。適材適所の緑の葉。ヤン・ファン・ハイスムは徹底した秘密主義者で、弟子に手法を教えることなく、兄弟ですらアトリエに入れなかったという。ここまで圧倒的な画力を見せつけられると、絵の余計なメッセージは探らず、ただ美しさに感動すればいい。それこそが美術。
オランダ黄金時代の画家たち
アドリアーン・コールテ《苺のある静物》1665年頃
小さな静物画で知られるオランダの黄金時代の画家。板に自分のサインを書く。
紅一点ならぬ、白一点。一輪の存在感が、色とりどりの赤を凌駕する。可憐は強い。弱いは強い。
レンブラントの弟子でフェルメールの師匠かもしれないと言われる画家。デルフトの火災で多くの絵が焼けた。日本に来日したときはフェルメールの絵と間違えられた。
鳥に生命力を与えるのではなく、空間を形成するオブジェ的に描く。フェルメールよりも余白を愛した画家ではないか。
ピーテル・クラースゾーンはハールレムで活躍した画家。静物画を描かせたら随一。
ユトレヒトで活躍した画家。目力をすごく描く画家は多いが、これほど笑みを不気味に描く力はすごい。マウリッツハイスでは、かなり高い位置に飾られている。
オランダ黄金時代の女流画家。女性の柔らかさとキアロスクーロ(明暗対比)が秀逸。
地元デン・ハーグ出身の画家。フェルメールと同じデルフトで活動。教会の内部という題材を描いた。息を呑む美しさ。
28歳で亡くなった若き画家。ハールレム出身。お伽話のようなロマンある絵。
食卓や食器、食材などを題材にした静物画で知られるハールレム出身の画家。光沢と生命力が見事。
アメリカ大陸の風景を描いた最初のヨーロッパ人画家と呼ばれる。旅愁あふれる絵。
修復中の《若い牡牛》。パウルス・ポッテルは28歳で亡くなったオランダ黄金時代の画家。動物の絵を多く描いた。父親も画家のエリート。この作品は20歳前後のもの。色褪せない肌。ただの家畜として捉えたのではなく、愛情のまなざしがある。
海外の巨匠
オランダの黄金時代の画家だけでなく、ヴァン・ダイクやハンス・ホルバインなど日本の美術館では、なかなか観られない巨匠の作品がある。
クエンティン・マサイス《聖母子》1525年-1530年頃
ベルギーの女流作家。女性にしか描けない柔らかさ。母性。
ハンス・ホルバイン
ルーム7に飾られたハンス・ホルバイン。
ヴァン・ダイクの吸い込まれそうな肌。遠くから観てもオーラを放つホルバインの気品。
マウリッツハイスは、オランダ黄金絵画だけでなく、とんでもなく贅沢なグリコのおまけがついている。
美術館メシ:ブラッセリー
マウリッツハイス美術館の2階にあるミュージアムカフェ「ブラッセリー」
マウリッツハイス王立美術館に来たら絶対に訪れてほしい。
貴族感が満載の展示室と違い、カジュアルで落ち着き、さらに気分が華やぐ。
フェルメールの故郷デルフトのキッシュ。こんな美味しい美術館メシ、食べたことない。「オランダに美味いものなし」と言われるけど、日本に直輸入したら大人気になる。
珈琲に添えられた甘いお菓子もキュート。世界最高の美術館メシ。
外に出ると、青空が広がっていた。王立の品格があるのに息苦しさがない。全作品、近づいて鑑賞でき、オール撮影OKの開放。華美ではなく静謐、豪奢ではなく親密。マウリッツハイス王立美術館は、「絵画と向き合うための時間」を大切にする人に開放されている。これが「凄い」じゃなく「当たり前」になることを願う。
美術館からの帰りのラーメン
オランダ黄金の美術館
レンブラントの映画