アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

国立クレラー・ミュラー美術館〜オランダ・オッテルローの森、静けさと思想の交差点

国立クレラー・ミュラー美術館(Kröller-Müller Museum)

国立クレラー・ミュラー美術館(Kröller-Müller Museum)は1938年に開館したオランダの国立美術館。実業家へレーネ・クレラー・ミュラーのコレクション約2万点の絵画のうち、ゴッホの絵画88点、素描172点を所蔵し、年間の来館者数は約40万人。

国立クレラー・ミュラー美術館

オランダ東部・ヘルダーラント州にあるオッテルローは人口わずか2,000人ほどの小さな村。素朴で落ち着いた雰囲気で、派手な観光地とは違い、オランダの田園文化がそのまま残された温かな空気感がある。

国立クレラー・ミュラー美術館は、デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園(De Hoge Veluwe National Park)にあり、ひっそりと佇む「ゴッホの森」と称される静謐な環境と、充実した展示は、訪れる人々に静かな驚きと深い感動を与える。魂が深呼吸できる場所である。

クレラー・ミュラー美術館の設計

国立クレラー・ミュラー美術館

クレラー・ミュラー美術館の本館は、ベルギーの建築家アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデの設計。建物は低く水平に広がる構造で、周囲の豊かな自然環境と美しく調和し、建築そのものが「静けさ」を体現している。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

創設者のヘレーネ・クレラー・ミュラーは、1908年にゴッホの《森の端》(1883年)を110ギルダーで購入したのをきっかけに、88点の絵画と172点の素描を収集。今ではアムステルダムのゴッホ美術館に次ぐ、世界2位のゴッホ・コレクションを誇る。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

当初、別の建築家が豪華絢爛な美術館を設計したが、ヘレーネはこれに反対した。目指したのは、「都会の喧騒の中で鑑賞する美術館」ではなく、「自然の中でアートと向き合う美術館」。女性が創設した美術館という点でも珍しく、ゴッホの名を世に広めたテオの妻・ヨハンナの功績と重なる。

建物の素材はシンプルな煉瓦とガラスが用いられ、簡素でありながら強く、そして透き通るような静けさをもつ。その佇まいは、まさにゴッホの魂そのもの。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

洗練された設計と、静寂に包まれた森の空間。「もしゴッホがここに立っていたら、自分の絵がここにあると知ったら、どんなに喜んだだろう」。この景色を、ゴッホに見てもらいたかった。そう思わずにはいられない。

美術館のチケットとアクセス方法

クレラー・ミュラー美術館のチケットとアクセス

クレラー・ミュラー美術館の入館チケットはオンラインで事前予約が必須になっている。美術館の公式サイトから購入し、入館料は13.5ユーロ(2,200円)。

営業は火曜日から日曜日の10:00~17:00。月曜が休みなのは日本の美術館と同じ。イースターやクリスマス、4月27日の国王の日、5月5日の解放記念日などオランダの祝日は休みになる。

クレラー・ミュラー美術館のチケットとアクセス

デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園の入園券も事前予約も必須なので、追加で13.4ユーロかかり、合計で4300円ほど必要。登録したメールアドレスにPDFで送られてくるので、当日、美術館の入り口でスキャンしてもらう。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

雨で《ひまわり》の折り畳み傘が活躍

クレラー・ミュラー美術館へは、アムステルダム中央駅から電車とバスを乗り継いで2時間ほどの道程。

  1. アムステルダム中央駅→エーデ=ヴァーへニンゲ駅
  2. エーデ=ヴァーへニンゲン駅→バス108番で「オッテルロー、ロトンデ」で下車
  3. 小型バス106番に乗車し停留所「クレラー・ミュラー美術館」で下車

①アムステルダム中央駅→エーデ=ヴァーへニンゲ駅

クレラー・ミュラー美術館への行き方

アムステルダム中央駅(Amsterdam Centraal)からは乗り換えなしの直通の列車、またはユトレヒト乗り換えで、エデワーゲニンゲン駅(Ede Wageningen)まで行く。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

  • ホーム:4a
  • 行き先名:Nijmegen(ナイメーヘン)
  • 所要時間:約55分
  • 運行本数:30分に1本運転
  • 料金:17.9ユーロ

アムステルダム中央駅からデン・ハーグ中央駅

アムステルダム中央駅からの切符は、アプリのNSチケットで購入がおすすめ。券売機で買うと1.50 ユーロの追加料金が必要らしい。NSチケットのアプリは登録したメールアドレスにQRコードが送られてくるので、それをかざすだけで楽。万が一、電車を乗り間違えたりした場合も、代わりのルートや時刻表を表示してくれる。今回、帰りの電車を乗り過ごしてユトレヒト経由で帰ったが、アプリのおかげで助かった。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

人口より自転車の数が多いアムステルダムだけあって、自転車用の席もある。

②エーデ=ヴァーへニンゲン駅→バス108番で「オッテルロー、ロトンデ」で下車

クレラー・ミュラー美術館への行き方

エデ・ワーゲニンゲン駅に着いたらバスターミナル“G”から108号線のバスに乗り、停留所「Rotonde Otterlo」で下車。

  • 乗り場:GかH(108番のバスを探す)
  • 所要時間:18分
  • 運行本数:30分に1本、日曜日は毎時1本
  • 料金:€13ユーロ

クレラー・ミュラー美術館への行き方

今回はHの乗り場に停まった。GかHかどちらかだが、とりあえず108番のバスを探せばOK。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

バスに乗るとタッチ決済の機械があるので乗るときと降りるときの両方クレカをタッチ(自分は楽天のマスターカード)する。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

「Rotonde Otterlo」で降りる。すぐ後ろにバスが来るので、バス停で動かず待機。

③小型バス106番に乗車し停留所「クレラー・ミュラー美術館」で下車

クレラー・ミュラー美術館への行き方

  • 行き先:De Hoge Veluwe
  • 所要時間:10分
  • 運行本数:30分に1本、日曜日は毎時1本

停留所で待っていると、国立公園までのバスが来る。白いバスと思っていたら、ワゴン車。ちゃんと106番の札が貼ってある。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

同じくクレジットカードをタッチ。本来、国立公園の入り口の近くで入場券のチェックがあるらしいが、今回は運転手さんから「チケット持ってる?」と聞かれ「イエス」と答えただけでチェックがなかった(たぶん雨だったから)。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

バス停で降り、歩いて美術館を目指す。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

バスは1時間に2本なので、時刻表をチェックしておくと良い。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

バス停の目の前がクレラー・ミュラー美術館の入り口。

中国人アーティスト黄永平の作作品

徒歩2、3分でクレラー・ミュラー美術館。途中にいくつもの彫刻が出迎えてくれる。

アダム・コルトン作

マーク・ディ・スーヴェロ《Kピース》1972年

マーク・ディ・スーヴェロ《Kピース》1972年

クレラー・ミュラー美術館のアイコン《Kピース》が目印。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

アンドレ・ヴォルテンのキュービックが入り口。10時オープンなのを忘れて早く来すぎた。入り口の前で待機。

クレラー・ミュラー美術館への行き方

館内でチケットのQRコードをスキャンし、鑑賞開始。Enjoy your Art。

クレラー・ミュラー美術館の内観

常設展示室

クレラー・ミュラー美術館の展示(内観)

クレラー・ミュラー美術館の設計コンセプトは、「芸術・自然・建築」の融合。

特に素晴らしいのは、壁がほぼすべて純白であること。ゴッホの絵は力強く、ゴツゴツしているので、壁を白くすることで表現を引き立て、すっきりと美しく際立つ。

ゴッホ美術館も白を基調としていたが、クレラー・ミュラー美術館は、さらに白い。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

展示の始まりは彫刻からスタートし、その後に絵画が登場する。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

絵画展示室は全部で8部屋あり、時代や表現技法などのテーマごとに区切られている。それぞれ独立した空間で、作品とじっくり向き合えるようになっている。

クレラー・ミュラー美術館の展示

廊下にもゴーギャンなどの名作が展示されているため、見逃さないように注意。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

コレクション展示(常設展示室)は3部屋。外界の雑音から離れ、静寂の中で絵と対話できる貴重な空間だ。

企画展示室

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

オランダの多くの美術館が常設展を中心としている中、クレラー・ミュラー美術館では展示の半分以上が企画展という点が特徴的。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

マウリッツハイス王立美術館のように常設だけでも十分に集客できるが、この美術館は積極的に作品を貸し出し、日本にも《夜のカフェテラス》や《アルルの跳ね橋》を1年間展示するなど、アート普及にも貢献している。

ヴァン・ゴッホ・ギャラリー

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

ゴッホの作品は別格の扱いを受けており、展示は専用の回廊「ヴァン・ゴッホ・ギャラリー」で行われている。

国立クレラー・ミュラー美術館

ゴッホ美術館では、《花咲くアーモンドの木の枝》だけの部屋を設けているが、クレラー・ミュラー美術館では《夜のカフェテラス》も他の絵画と並べて展示する。白い壁と天井に、余計な装飾のないシンプルな空間が特徴。作品へのリスペクトが伝わってくる。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

しかも「立ち入り禁止線」がないため、鑑賞者は肩の力を抜いてリラックスして楽しめる。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

ガラス張りの空間に圧迫感はなく、ゴッホをはじめとした作品群の迫力に感動が止まらない。美術館というより神殿にいるような感覚に陥り、「ここは天国かもしれない」と錯覚するほど。

派手な内装ではないが、それゆえに純粋にアートに集中できる。アムステルダム市立美術館のようなデザイン重視の内装とは対照的に、この静けさはむしろゴッホを味わうには理想的な空間である。

彫刻庭園

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

敷地面積25ヘクタールを誇る彫刻庭園には、ロダンやマイヨールなどの作品を含む約160点の彫刻が展示されている。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

庭園は1961年に開園し、へレーネの死後、歴代館長によって収集が進められた。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

これまで訪れたどの美術館よりも居心地の良い空間だった。どこを歩いても小鳥のさえずりが聴こえ、静けさと癒しに包まれる。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

雨の日は傘を貸してくれるので散策も可能。東京の美術館にも緑があるが、都市の中に造られた自然には人工的な息苦しさがある。それに比べ、オッテルローの大自然は空気が澄みきっており、ヘレーネがここに美術館を建てた理由がよくわかる。

ミュージアムショップ

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

クレラー・ミュラー美術館のミュージアムショップ。

ミュージアムショップ

ミュージアムショップでは、モンドリアンとのコラボグッズやゴッホ関連の商品が充実している。

ミュージアムショップ

特に人気なのは《夜のカフェテラス》の特設コーナー。

ミュージアムショップ

《アルルの跳ね橋》や《糸杉と星の見える道》の関連グッズも並ぶ。

ミュージアムショップ

渋いと感じたのは《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》のコーナー。円安でなければ爆買いしていただろう。

カフェ

ムッシュー・ジャーク

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

館内には2つのカフェがある。ひとつは美術館中央の屋内カフェで、通年営業。もうひとつは4月から9月までの期間限定で営業する屋外レストラン「MJ」。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

どちらもメニューは軽食中心。内装はシンプルで落ち着いた雰囲気が心地よい。

屋外レストランMJ

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

おすすめは屋外レストランのMJ。豊かな緑に囲まれて食事ができる。特に晴れた日はテラス席がおすすめ。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

いつか《夜のカフェテラス》のような空間を再現してもらいたいところ。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

ジャガイモのスープとサンドイッチを注文したが、スープの器が驚くほど大きく、その味も絶品。このジャガイモのスープには、ゴッホが宿っていた。次に訪れたときもリピートしたい。

クレラー・ミュラー美術館のゴッホ作品

風景画

《日暮のポプラ並木》1884年10月

ゴッホ《日暮のポプラ並木》クレラー・ミュラー美術館

ゴッホ美術館にも同様の構図の《夕暮れのポプラ並木》があるが、クレラー・ミュラー美術館は、さらに日暮れが強い。夕陽が人物の背中にあり見守っている。ゴッホは《ひまわり》の影響で夏のイメージが強いが、秋を最も愛した。

《ピンクの桃の木(モーヴの思い出)》1888年3月

《ピンクの桃の木(モーヴの思い出)》1888年3月

アルルの春に咲く果樹を描いた一枚。左下には「Souvenir de Mauve(モーヴの思い出)」と記されており、オランダ・デン・ハーグ時代の師であり義理の従兄でもあったアントン・モーヴに捧げられている。

淡い桃色の花は、儚さとやさしさ、そして深い愛情に満ちている。その足元に広がる大地は、未来への波紋のように力強い。

中心に堂々と立つ桃の木は、揺るがぬ意志とまっすぐな生き方。ゴッホの心に宿る決意と敬意が伝わってくる。

《アルルの跳ね橋》

クレラー・ミュラー美術館のゴッホ《アルルの跳ね橋》

1888年3月。ゴッホの絵の中でも一際、明るさに満ち、健康的な色彩の一枚。手前の草や土は濃く、影を落とした水面の波紋は力強い。アルル運河では澄み切った空気の中、洗濯をしている。陽光を浴びた跳ね橋はゴールドに輝き、ラングロワ橋を渡る馬車がのどかな空気を運ぶ。人々の営みが描かれているからこそ、暮らしの温もりが気分を明るくさせてくれる。

跳ね橋は上がっていない。バンザイする前の状態。ゴッホは、この風景に「完成」よりも「始まり」を見出した。景色の美しさではなく、何かが始まる前の予感に胸を躍らせた。ゴッホは未熟を、未完を、未来を愛し、描くことで祝福した。

《プロヴァンスの麦束》1888年6月

《プロヴァンスの麦束》1888年6月

アルル時代に多く描いた「麦畑」の一枚。モネの《積みわら》を思わせるが、ゴッホには優しさが同居した力強さがある。農民たちの労働を黄金が祝福している。

《刈り入れをする人のいる麦畑と太陽》1888年9月

《刈り入れをする人のいる麦畑と太陽》1888年9月

ゴッホ美術館の一枚を、さらに黄金で染めている。色が変わるだけで、今度は落陽に見える。陽光は風景を単純化し、そして荘厳にする。ゴッホの「STAY GOLD」というメッセージが聞こえる。

《公園の小道》1888年9月

ゴッホ《公園の小道》1888年9月

アルルの「黄色い家」の向かいにあるラマルティーヌ広場の市立公園。描かれた1888年9月は、《夜のカフェテラス》《ローヌ川の星月夜》などの大傑作を生み出す。ゴッホの絵筆が走りまくっていた時期。奇抜な色使いや極端な構図はなく、穏やかで自然体な筆致。公園に対するゴッホの親しみや温かさが伝わってくる。心が安らぐ日常の風景だったのだろう。

《夜のカフェテラス》

ゴッホ《夜のカフェテラス》

1888年9月16日。ゴッホの代表作の中でも、《ひまわり》《星月夜》と並び、最も人気の高い三大作品のひとつ。この絵は、アルルのカフェの一夜を描いたもので、ゴッホが初めて夜空を「青」で表現した作品でもある。

《緑のブドウ畑》1888年10月

ゴッホ《緑のブドウ畑》1888年10月

アルル近郊のモンマジュール近郊のブドウ畑。ゴッホが1日で描きあげた。筆致は荒々しく、構図もデッサンのような即興性がある。そのぶんタッチには迷いがなく、勢いと生命力がある。土の匂いや風のうねりがあり、〈一気呵成の絵画〉と呼べる一枚。

《日の出の春 小麦畑》1889年5月

ゴッホ《日の出の春 小麦畑》1889年5月

サン=ポール・ド・モーゾール精神病院の2階の窓から見た眺め。畑の手前にはポピーとヒナギクが咲き、奥には静かな丘と建物。開放感と閉塞感が同居する、不思議な画面構成。自由に外へ出て写生できれば、もっと軽やかに描いた。だが、不自由の中にこそ、創造の自由がある。風景は、閉ざされた空間の中でこそ、力強く呼吸する。この一枚があったからこそ、数々の《麦畑》の傑作へと繋がっていく。

《サン・レミの精神病院の庭》1889年5月

ゴッホ《サン・レミの精神病院の庭》1889年5月

アルル近郊のサン=レミにあるサン=ポール=ド=モーゾール精神病院に入院した直後の一枚。最初の1ヶ月は外出が許されず、庭を描いたといわれる。

カンヴァスを彩る鮮やかな色使いと、建物沿いの構成は、《夜のカフェテラス》を思わせる。咲き誇る花々に祝福され、小道は青空の色が水面のように反映され、まっすぐ黄色い壁へと導かれている。

ゴッホが再び絵筆を取って生きる力を取り戻そうとする、希望と再生の意志を感じさせる。静かな光に包まれたこの一枚からは、苦しみの中にも美を見つけようとする、ゴッホのまなざしが滲んでいる。

《オリーブの林》1889年7月

ゴッホ《オリーブの林》1889年7月、クレラー・ミュラー美術館

精神病院の庭から見えたオリーブの木々は、ゴッホにとって深い精神的な題材となった。オリーブの木は、精神病院の庭から見え、サン=レミで《糸杉》や《アイリス》とともに、プロヴァンスの名物である「オリーブの林」という題材に魅せられる。少なくとも15点の「オリーブの林」シリーズを制作している。

少し歪みが落ち着いているが、夏のうだるような暑さ、乾燥した土地、曲がってねじれた幹や枝が描かれる。春に新芽が出て成長したオリーブの木々。これから夏に花が咲いて実をつけ、秋に収穫が行われる。その瞬間を待ち侘びているようだ。

《オリーブを摘む人々》

《2人のオリーブを摘む人がいるオリーブ畑》 1889年12月、クレラー・ミュラー美術館

1889年12月の制作。空は澄み渡り、緑とオレンジがかった黄色が溶け合うように輝き、光が画面全体に満ちている。人々の肌はアバターのように青く、異世界の住人のようだが、それがブルーカラーである労働者の美しさ。

1年かけて育てた実を手にする、静かで感謝に満ちた瞬間。手前の女性のまなざしは、自分の子どもを見守る母のように優しい。オリーブの木に語りかけるように、「また来年も元気に実ってね」と心の中で願っている。この実から搾られたオリーブオイルは、さぞかし美味いだろう。パスタを作ってみたい。命と季節の循環を祝福する一枚。

《草むらの中の木の幹》

ゴッホ《草むらの中の木の幹》1890年4月

1890年4月。サン=レミの精神病院に滞在していた時期に描かれた一枚。優しい色彩と大胆な構図が癒してくれる。

根元から描かれた力強い松の幹。全体像を描かず、樹皮の質感にフォーカスすることで存在感を与える。足元には白い花々や黄色いタンポポが咲き、小さな命が満ちている。低く、確かな生命力が、こちらを見つめてくる。

印象派のようなやわらかい風景描写に、狩野派の構成の力強さが融合した、ゴッホならではの秀作。

《糸杉と星の見える道》

ゴッホ《糸杉と星の見える道》クレラー・ミュラー美術館

1890年5月。ゴッホの「糸杉」といえば、《糸杉と星の見える道》を指す場合も多い。

糸杉が中央にそびえ立ち、星と月とを分かち合う。それは、夜空と夜道を照らす蝋燭であり、地上から天へと祈りを運ぶ煙突、魂の導管。

足元には黄金の麦畑。波打つように道をつくり、波動拳のように曲がりくねって人々を導く。その道を、歩行者と馬車が静かに行き交う。

ゴッホはこの絵に、自らの再出発の意志を込めた。ゴッホは、これから新たな道に進もうとしている。道を繕うとしている。糸杉は「人生を縫う糸」。星と月が同時に空に浮かぶのは、新しい朝が始まろうとしているから。ゴッホの次のステージの夜明けである。

人物画

《森の中の少女》1882年8月

ゴッホ《森の中の少女》1882年8月

オランダのハーグ時代、テオからもらったお金で絵の具やパレットを購入し、その頃に描いた一枚。

《機織る人》1884年4月-5月

ゴッホ《機織る人》1884年4月-5月

オランダのニュネン村は痩せた土地で農業に適さず、機織りを生業にした人々も多かった。ゴッホは近所の職工を多く描いた。夕方、ランプの明かりで織物をする光景がレンブラントのような明暗を感じたともいわれる。

《機織る人》1884年6月-7月

ゴッホ《機織る人》1884年6月-7月

3つの窓と、明るい景色と室内の暗さの対比。これがレンブラント的だっと思ったと、テオへの手紙に書かれている。ゴッホは、織機を「木の怪物」と呼んだ」らしい。

《暗色の帽子をかぶった農婦の顔》1885年1月

《暗色の帽子をかぶった農婦の顔》1885年1月

ゴッホ特有の太く黒い描線。肌の明るさに対し、帽子と背景の暗色のコントラスト。ゴッホの愛しさと切なさと力強さと。

《ジャガイモを食べる人々》

クレラー・ミュラー美術館の《ジャガイモを食べる人々》

1885年4月。アムステルダムのゴッホ美術館にある《ジャガイモを食べる人々》と同時期に描かれた別バージョン。クレラー・ミュラー美術館の目玉のひとつだが、ゴッホ美術館の完成版のデッサンと思われる。衝撃を受けるので、ゴッホ美術館のほうを見てもらいたい。

《寝そべる裸婦》1887年初頭

《寝そべる裸婦》1887年初頭

珍しいゴッホの裸婦画。パリ時代、印象派のタッチの練習のために描いた。モデルは、カフェ「ル・タンブーラン」のオーナーであるアゴスティーナ・セガトーリと言われている。

《ミリエ少尉の肖像(恋する男)》1888年9月-10月

ゴッホ《ミリエ少尉の肖像(恋する男)》1888年9月-10月

ゴッホのアルル時代の友人だったフランス軍の少尉ポール=ウジェーヌ・ミリエ。酒飲み仲間であり、ミリエ少尉にゴッホは絵を教えていた。ゴッホには珍しく男性をイケメンに描いており、実際に女性にモテたらしい。タイトルに茶化して「恋する男」と入れていることから仲の良さも伺える。軍服の黒、赤い帽子が映えるように、背景は濃い緑。右上の星と月がズアーブ兵(歩兵)であることを表しているが、子どもが描いたような愛嬌のある筆致。軍人という厳しい職をまといながらも、童心が漂うこの肖像は、ゴッホのユーモアと温かさがにじむ一枚。

《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》1888年12月頃

クレラー・ミュラー美術館の《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》

最初に制作された《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》とされており、耳切り事件の前に描かれたと思われる。クレラー・ミュラー美術館の創設者ヘレーネが愛した一枚。船乗りが夢見た女性を思わせ、この女性に癒しを見た。

全体の色調が明るく、眼も夫の肖像画と同じく緑色。現在、ゴッホの《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》といえば、このクレラー・ミュラー美術館の所蔵を指す。

《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》1889年2月-3月

ゴッホ《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》1889年2月-3月、クレラー・ミュラー美術館

ゴッホと唯一無二の絆だったルーランさん。バストアップ、背景が鮮やかな緑の花模様で、装飾性が強い一枚。顔や立派な髭がアップなので、表情が人間的で親密さがにじむ。背景の花はポピー、ヤグルマギク、ヒナギク、バラなど夏のもの。瞳はグリーンに塗られ、ゴッホが「好きな人」を描く際にしばしば用いた色。そこには、友情と親しみのこもったまなざしが宿っている。

《アルルの女(ジヌー夫人)》1890年2月

ゴッホ《アルルの女(ジヌー夫人)》1890年2月、クレラー・ミュラー美術館

ゴッホがアルル時代に通っていた夜のカフェ「カフェ・ド・ラ・ガール」のオーナー、ジヌー家の夫人。ゴッホが住んでいた「黄色い家」の家具の手配にも協力したらしい。

服装は質素だが、頬杖をついた姿勢にはパリの女性のような気品が漂う。ゴッホがこの肖像に込めたのは、感謝だけでなく、どこか母への想いがにじむような、あたたかな眼差し。親しみと敬意の両方が感じられる一枚。

静物画

《燻製ニシン》1886年 夏

ゴッホ《燻製ニシン》1886年 夏

パリ時代に描いた静物画。『ゴッホと静物画展』で来日した。燻製ニシン、通称「ボッキング」は、美しい黄金色で知られ、背景の暗さによって際立たせている。

《種をつけた4本のヒマワリ》

クレラー・ミュラー美術館にある《ひまわり》

1887年8月-10月。ゴッホの《ひまわり》といえば、アルル時代に描かれた花瓶のヒマワリを指すが、その前にパリ時代に、とてつもない傑作を描いている。

原題はFour Sunflowers Gone to Seed。邦題で《種をつけた4本のヒマワリ》と呼ばれる。暖色で構成された花瓶の《ひまわり》と違い、青の寒色を使ってコントラストを出した。恐竜のような迫力、動物よりも凄い生命力。その迫力に圧倒されるとともに、それだけ力強く描くゴッホの植物への愛情が見える大傑作。

花瓶に活けられた《ひまわり》が「ヒマワリ」というポップさがあるなら、こちらは漢字の「向日葵」を感じさせる。両方、見比べてほしい大傑作。

クレラー・ミュラー美術館では、《種をつけた4本のヒマワリ》をパリ時代の最高傑作に挙げている。

《林檎の入ったかごのある静物》1887年9-10月

ゴッホ《林檎の入ったかごのある静物》1887年9-10月

パリ時代の静物画。絵の左下には、親交を深めた画家カミーユ・ピサロの息子「リュシアン」への献辞。パリ時代のゴッホは、印象派のような淡い色彩の絵が多い。

《レモンの籠と瓶》1888年5月

ゴッホ《レモンの籠と瓶》1888年5月,クレラー・ミュラー美術館

ゴッホと静物画展でも来日。アルル時代の静物画。黄色のシンフォニー。ボトルの濃い緑、背景の薄い緑、オレンジとボトルのコルクのオレンジ、壁に描かれたライトブルーの影。これらによって、濃いレモンとバスケットとテーブルの薄い黄色のコントラストが強調され、同時にテーブルの端と背景の分離も強調される。籠からレモンがこぼれていることで、レモンの存在感も際立つ。ゴッホのと言えば歪んだ絵や厚塗りの子どもっぽい印象を受けるが、緻密に構成する聡明な画家であることがわかる一枚。

《ジャガイモのある静物画》1889年1月

ゴッホ《ジャガイモのある静物画》1889年1月

アルル時代の静物画。ゴッホは籠の影を青色で描いており、独自の色彩感覚を確立している。食べ物に見えない石のような馬鈴薯もゴッホならでは。

ゴッホの静物画を見ると、土から生まれたものへの慈しみの眼差しを感じる。ゴッホにとっての静物画とは、単に練習の素材でも商品でもなく、遠く離れたテオと心を通わせるラブレターだったのだ。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

なぜゴッホが世界で最も好かれる画家なのか?その理由がわかった。ゴッホの絵は美しい。芸術ではない。美術なのだ。ひたすらに、どこまでも美しい。あれほど多彩なのに、感じるのは「透明」。レンブラントやフェルメールは最初に感じるのが「凄さ」であり、感動の軸が「技」や「動」に寄っている。しかし、ゴッホは最初に受け取る印象が「美しい」。感動の軸が「美」なのだ。

ゴッホを観ると、なぜ「芸術館」ではなく「美術館」と呼ばれるのかが分かる。ゴッホは「美」を描かない。「魂」を描く。そこに我々は勝手に「美」を感じる。

ゴッホの絵は心の中で抱きしめたくなる。不器用な愛、報われぬ情熱、孤独な願い。だから我々は、ゴッホの絵を抱擁したくなるのだ。

空前絶後のアート本、登場!

美術館に行く前に読むと、絵の見方が180度変わります。『アートは燃えているか、』は、図版なしで名画をめぐる“言葉の美術館”です。ゴッホの最高傑作も、この本の中で決定します!絵を観る天才が何を語るのか、その眼で確かめてください。
→ 書籍の詳細を見る [アートは燃えているか、]

ゴッホ以外の画家の展示作品・絵画

クレラー・ミュラー美術館の展示(内観)

ゴッホだけでも十分にお腹いっぱいになるが、クレラー・ミュラー美術館は他の画家の所蔵作品のクオリティもすごい。貸出中だった、スーラ《シャユ踊り》やシニャック《朝食》も再訪して観たい。

ルーカス・クラーナハ

ルーカス・クラーナハ《蜂蜜泥棒アモールとヴィーナス》1537年以降

第1展示室にあるのがドイツ史上最高の画家のひとりクラーナハ。「クラーナハとルーベンスはヨーロッパの美術館に必ずある」と言われるが、出会えるとは嬉しい。なんならゴッホを含めてもクレラー・ミュラー美術館で最も感動する一枚。

クラーナハ

こんなに柔らかなく、滑らかな肌を描ける画家が他にいるだろうか。

ルーカス・クラーナハ《鹿狩り》1557年

ルーカス・クラーナハ《鹿狩り》1557年

クラーナハは東京の国立西洋美術にある絵も凄いので、ぜひ訪れてほしい。

ヘンドリク・ファン・クレーフェ《バベルの塔の建設》16世紀後半

ヘンドリク・ファン・クレーフェ《バベルの塔の建設》16世紀後半

ブリューゲルと同じく、バベルの塔を複数、描いた画家。

クロード・モネ

クロード・モネ《Portrait of Miss Guurtje van de Stadt》1871年

クロード・モネ《Portrait of Miss Guurtje van de Stadt》1871年

クロード・モネ《水上のアトリエ》1874年

クロード・モネ《水上のアトリエ》1874年

モネは、ただの船を「夢の仕事場」に変える。

緑の小屋が水面に映り、周りの景色もゆらゆらと溶け込む。描く対象と自分が水面を通じて一体化する。まさに“流れるアトリエ”。

見ているだけで、川風を受けながら絵筆を走らせるモネの姿が浮かび、ちょっとした冒険心までくすぐられる。

ポール・ゴーギャン

ポール・ゴーギャン《Atiti》1892年

ポール・ゴーギャン《Atiti》1892年

ゴッホを上回ると言っても過言ではないゴーギャンの絵。タヒチの少年の死を描いた作品。モネのカミーユの死の絵に迫る。これが廊下に展示されてあるのだから凄い。

ポール・セザンヌ

ポール・セザンヌ《湖に続く道》1880年

ポール・セザンヌ《湖に続く道》1880年

1枚だけで存在感がすごいセザンヌ。なんの変哲もない絵なのに、胸を締めつける風景。一瞬で「旅」に連れて行ってくれる。道は大きくカーブしながら遠くの町へ続き、木々はスクリーンのように視界を区切る。ロードムービーのオープニングカット。

筆のタッチはゴツゴツしているのに、全体は不思議と軽やか。光が差し込む道の上を歩き出したくなる。どこへ続くかわからない、そのワクワク感こそがセザンヌの風景画。

カミーユ・ピサロ

カミーユ・ピサロ《虹、ポントワーズ》1877年

カミーユ・ピサロ《虹、ポントワーズ》1877年

絵に宿るやさしさ、包容力では、ピサロがトップ・オブ・トップ。

ジョルジュ・スーラ

ジョルジュ・スーラ《ポール・アン・ベッサンの日曜日》

ジョルジュ・スーラ《ポール・アン・ベッサンの日曜日》1888年

ゴッホが大きな影響を受けた点描画の画家ジョルジュ・スーラやカミーユ・ピサロの絵画を多く収集する。

《海に向かうグラヴリーヌの海峡》1890年

ジョルジュ・スーラ《海に向かうグラヴリーヌの海峡》1890年

ポール・シニャック

ポール・シニャック《ポール アン ベッサン、ラ ヴァルーズ》1884年

ポール・シニャック《ポール アン ベッサン、ラ ヴァルーズ》1884年

展示の多いポール・シニャック。シニャックだけで1時間は観て語れる。

ポール・シニャック《コリウールの鐘楼、作品164》1887年

ポール・シニャック《コリウールの鐘楼、作品164》1887年

ポール・シニャック《ポルトリュー、灯台、作品183》1888年

ポール・シニャック《ポルトリュー、灯台、作品183》1888年

ポール・シニャック《ポルトリウ、桟橋、灰色の天気、作品180》1888年

ポール・シニャック《マントのセーヌ川》1899 / 1900年

ポール・シニャック《マントのセーヌ川》1899 / 1900年

ポール・シニャック《マルセイユ港》1898年

ポール・シニャック《マルセイユ港》1898年

ポール・シニャック《ロッテルダム、水車、運河(クールシンゲル)、朝》1906年

ポール・シニャック《ロッテルダム、水車、運河(クールシンゲル)、朝》1906年

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン《キュクロプス》1914年

ゴッホの次に展示が多いオディロン・ルドン。オディロン・ルドン(1840–1916)は、フランスの画家、版画家。作風は象徴主義、内面の可視化を追求した“心の画家”と呼ばれる。

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

オディロン・ルドン

テオ・ファン・レイセルベルヘ

テオ・ファン・レイセルベルヘ《7月、正午前または果樹園》1890年

テオ・ファン・レイセルベルヘ《7月、正午前または果樹園》1890年

初めて知ったベルギーのテオ・ファン・レイセルベルヘ(1862–1926)。こんな凄い画家がいたとは。スーラやシニャックに影響を受け、点描技法(ディヴィジョニズム)を用い、ヨーロッパ近代絵画に独自の光を刻んだ。

テオ・ファン・レイセルベルヘ《マリア・ヴァン・リッセルベルゲ=モノムの肖像》1892年

テオ・ファン・レイセルベルヘ《マリア・ヴァン・リッセルベルゲ=モノムの肖像》1892年

テオ・ファン・レイセルベルヘ《満潮時の「ペル・キリディ」》1889年

アルフレッド・シスレー 

アルフレッド・シスレー 《ブリックフィールド》1880年

アルフレッド・シスレー 《ブリックフィールド》1880年

アルフレッド・シスレー(1839–1899)は、イギリス系フランス人の画家。カミーユ・ピサロが「最も印象派らしい画家」と称えた。1000点近い作品がありながら、代表作がないに等しい。印象派とターナーを合わせたような淡さ。もっと多くの作品を観たい。

パブロ・ピカソ

パブロ・ピカソ《若い女性の肖像》1901年

パブロ・ピカソ《若い女性の肖像》1901年

青の時代に入る前の作品。

パブロ・ピカソ《ヴァイオリン》1911-12年

パブロ・ピカソ《ヴァイオリン》1911-12年

分析的キュビズムの時代の作品。

パブロ・ピカソ《ギター》1919年

パブロ・ピカソ《ギター》1919年

キュビズムの後期の作品。

フェルナン・レジェ

フェルナン・レジェ《森の中の裸体像》1909-1911年

フェルナン・レジェ《森の中の裸体像》1909-1911年

フェルナン・レジェ(1881–1955)は、20世紀フランスの画家。機械的なフォルムや明快な色彩を用いた作風で、キュビスムを経て独自の「機械美学」を確立した。労働者や都市生活をモチーフに、躍動感ある構図を数多く描いている。

フェルナン・レジェ《トランプをする兵士たち》1917年

フェルナン・レジェ《トランプをする兵士たち》1917年

箱根のポーラ美術館で初めて観て衝撃を受けたが、やはりレジェは最高。子どもが初めて手にしたオモチャで遊ぶ。その魂を具象化している。

フェルナン・レジェ《タイポグラファー》1920年

フェルナン・レジェ《タイポグラファー》1920年

フェルナン・レジェ《機械要素》1920年

フェルナン・レジェ《機械要素》1920年

ピート・モンドリアン

ピート・モンドリアン

アート漫画『ゼロ THE MAN OF THE CREATION』では、ダリと並ぶ現代画家と称えられている。

ピート・モンドリアン

ピート・モンドリアン

素人でも真似できそうな絵だが、贋作が最も難しい画家といわれる。モンドリアンの駆け抜ける魂の凝縮を表現するのは、神でも難しいと。

レンブラントの品格、フェルメールの洗練、ゴッホの童心。モンドリアンはどれにも属さず、究極に削ぎ落とす。発表当時は、嘲笑され、孤独と闘ったのではないか。

オランダは山がなく、地平線と空の国。モンドリアンの水平と垂直は、オランダの魂なのかもしれない。

美の森とへレーネの魂

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

クレラー・ミュラー美術館は半分以上が企画展で、観たかった絵を多く観られなかった。それは未完、未熟、未来を愛したゴッホと重なる。これでいいのだ。また、ここに来たいと思える。次がある。

ゴッホの絵をオランダで観ると、いかに、ゴッホが美術館に恵まれているかがわかる。美術館は絵画が根ざす大地。「運」に恵まれ「人」に愛されていたとしても「地」に恵まれない絵画に本当の実りはない。

この世に生まれるすべての絵画はどれも二度と描かないものばかり。絵画は生まれながらにして、いずれ幻となる宿命にある。形あるものはすべて失われる。しかし、その記憶は世代を超えて永遠に語り継がれていく。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

これで無事、3日間で6つの美術館を巡り終えた。分かったことは、この世に完璧な美術館は存在しないということ。絵が多くても疲れるし、少なくても物足りない。趣向を凝らした空間も素晴らしいし、シンプルな展示も味わい深い。個の画家に特化した美術館は深く濃く、幅広い歴史や表現を集めた美術館は、壮大で荘厳。どちらが良いではなく、どちらも良い。両方とも巡ってこそ、アートは補完される。

国立クレラー・ミュラー美術館〜ゴッホの森、静けさと思想の交差点

オランダ最後の夜だったが、もう外食する体力も気力もなかった。ホテルに戻り、ハイネケンのビールで疲れを洗い流した。ビールは苦手だが、やはりオランダといえばハイネケン。これまで飲んだビールの中で、いちばん美味かった。

空前絶後のアート本、登場!

美術館に行く前に読むと、絵の見方が180度変わります。『アートは燃えているか、』は、図版なしで名画をめぐる“言葉の美術館”です。ゴッホの最高傑作も、この本の中で決定します!絵を観る天才が何を語るのか、その眼で確かめてください。
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