アートの聖書

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レンブラント《最後の自画像》、画家という終わりなき旅、灰の中から、永遠を描く

レンブラント《自画像》

  • 原題:Zelfportret(オランダ語)
  • 邦題:自画像
  • 作者:レンブラント・ファン・レイン
  • 制作:1669年
  • 寸法:65.4 x 60.2 cm
  • 所蔵:マウリッツハイス王立美術館(オランダ)

63歳のレンブラントが亡くなる年に描いた最後の自画像。デン・ハーグ(オランダ)のマウリッツハイス王立美術館の10号室で展示されている。

くすんだ背景、顔、髪、地味な服、そして左眼。いかにも晩年の画家らしい雰囲気。自己顕示の強かったレンブラントが、限りなく素の自分をさらけ出した自画像。

これまでのカツ丼や天丼のような威厳を放っていた自画像と違い、親子丼のような柔らかさに満ちている。そこにいるのは、普通のおっちゃんであり、しかし紛れもなく画家でもある。

背筋はまっすぐ伸び、右眼の光は失われていない。年齢を重ねても、「俺は画家だ」という意志が宿っている。

芝居とは「自然に居る」ことであり、同時に「演出」も内包する。この絵は「自然」と「演出」の二刀流。ハーフ&ハーフにバランスを取っているのではなく、両方ともある二刀流。

レンブラント《自画像》

帽子の色と壁の色が同調している。本来の人物画は背景と人物を明確に分けるが、その境界線が消失している。黒い服もまた、壁に溶け込んでいく。

レンブラントは、自らの死期を予感していた。壁の向こう(あの世)へと、旅立つ前の死装束。しかし、肉体は滅びても、画家としての魂、存在は消えない。

白髪は、すべてが燃え尽きたあとの灰。だが、命が燃え尽きても、その灰にはダイヤモンドが残る。

レンブラントは死ぬまで画力が衰えなかった。フルマラソンを全力疾走できる画家だった。肉体は衰えても、画家レンブラントは朽ちない。桜のように、美しいまま散っていく。

もうひとつの絵画レビュー:闇スタジオから生配信

照明はスポット一灯、背景ゼロ、フィルター無し。おじさん、帽子ちょいナナメでカメラ目線。「#今日も描きます」のサムネがこれ。頬のハイライトは美肌モードの代わり、シワはレベルメーター。人生の重低音、筆圧でブースト中。

色数は少ないのに、表情は何万色。眉の一ミリで「まあ、いろいろあったよ」を完璧に演技。筆跡はレコードの溝みたいで、近寄ると音が聴こえそうだ。

そしてこの視線。優しいのに逃がしてくれない。オーディションの審査員が突然「君が主役だ」と言ってきた感じ。ラストは無言のドヤ顔。「これが本当のセルフィー。レタッチ? 光と影に任せとけ」

今夜も闇を味方に、マエストロは静かに配信中。観る側の心に、通知は確実に届く。

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