アートの聖書

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フェルメール《手紙を書く婦人と召使》誰にも読めない感情、ラブレターの向こう側

フェルメール《手紙を書く婦人と召使》

  • 原題:Schrijvende vrouw met dienstbod(オランダ語)
  • 英題:Lady Writing a Letter with her Maid
  • 作者:ヨハネス・フェルメール
  • 制作:1670年〜1671年頃
  • 寸法:縦72.2 cm ×横 59.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵: アイルランド国立美術館

手紙を書く婦人と、それを見守るメイド。1975年に43歳で亡くなったフェルメールの晩年の傑作。30代後半に描かれた一枚。お金に困窮したフェルメールが最後まで手放さなかった。死後、妻がパン屋に売却した。

1974年、IRAのメンバーによりラスボラハウスから盗難に遭い、8日後に発見。1986年には再び盗まれ、国際的犯罪組織に流れたが、1993年にアイルランド警察のおとり捜査で回収された。

市松模様の床には手紙に封をする蝋が散乱し、壁にはモーセの絵画が掛けられている。

この絵は、2018年10月に上野の森美術館で開催された「フェルメール展」で来日。《牛乳を注ぐ女》などとともに、貴重な8点のうちの一枚として展示された。

フェルメール《手紙を書く婦人と召使》誰にも読めない感情、ラブレターの向こう側

実際に目にしているはずなのに、記憶に残っていないという痛恨の極み。

現在、アイルランドの首都ダブリンに所蔵されている。ぜひもう一度、日本に呼んでほしい一枚である。

絵画レビュー

アイルランド国立美術館の展示

アイルランド国立美術館の展示

手紙を書く婦人に、ステンドグラスから射す光がやさしく降り注いでいる。それは静かな祝福。

恋文なのか、遠く離れた家族や友人への手紙だろうか。内容はわからない。

しかし、テーブルを彩る赤い布の情熱や、椅子の高貴な翠色が、淡い予感を残していく。きっと、胸のうちに灯った想いを伝えるラブレターなのだろう。

一見、主役は手紙を書く婦人に見える。だが、その背後、窓辺に立つメイドが、ふと心を引き寄せる。床に転がった手紙の道具を拾わず堂々と腕を組み、外の世界を見つめる態度は、恋の先輩、文章の指南役のように見える。

婦人の想いを先に届ける伝書鳩のような瞳。そこにはフェルメールの地平線の眼差しがある。

身分や立場ではなく、ふたりに流れる目に見えない糸。女同士だからこそ分かち合える感情、あたたかな信頼。そこに男が立ち入る隙はない。だからフェルメールは少し離れて、ふたりの関係性を優しく見守る。

もうひとつの絵画レビュー

舞台の幕はすでに上がっている。左手の緑のカーテンがわずかに開き、観客である我々は室内劇に招き入れられる。光は窓から斜めに差し、チェッカーの床とペルシャ風の卓布をゆっくり撫で、机に身を沈めた婦人の白い額だけをそっと強調する。筆先は、音もなく物語を進める針時計だ。

一方、召使いは書き手の背後で、窓外へ視線を投げる。彼女の腕はほどけたまま、時間の流れもほどけている。部屋には二つのテンポがある。書く女の“秒針”と、見張る女の“分針”。その間に張られる気配の糸が、絵の空気をほどよく緊張させる。

壁の大画面は過去の神話、机上の手紙は現在の密事。高貴な沈黙が両者をつなぎ、言葉の代わりに光が意味を運ぶ。フェルメールはドラマを叫ばせない。静けさで膨らませる。封を切る前の手紙のように、この絵もまた、観る者の胸の内で音を立てて開かれる。

 

《窓辺で手紙を読む女》

左が修復前

手紙を書くほうではなく、読むほうの大傑作《窓辺で手紙を読む女》と同じく、もし背景の壁の絵がなかったら、《手紙を書く婦人と召使》も、さらなるマスターピースになっただろう。

フェルメールの手紙と恋文

フェルメールの<いちまいの絵>

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