
- 原題:Melencolia I
- 作者:アルブレヒト・デューラー
- 制作:1514年
- 寸法: 24 cm × 18.8 cm
- 技法:銅版画(エングレービング)
- 所蔵:ハーバード大学フォッグ美術館
《メランコリア I》は、油彩や水彩で多くの傑作を残したドイツの画家、アルブレヒト・デューラーによる「銅版画」の代表作。
この作品は、人間の性格のひとつ「憂鬱」を擬人化したもの。天使が頭を抱え、目の前の忙しない光景を見つめながら沈み込む姿が描かれている。そのポーズは、のちにロダンの《考える人》のモチーフにもつながったといわれる。また、天使のモデルはデューラーの妻、アグネス・フライトだとも伝えられている。
アート漫画『ゼロ THE MAN OF THE CREATION』(第34巻・第221話「メレンコリア」)でもこの作品が取り上げられている。物語では、1514年に最愛の母を亡くした43歳のデューラーが、浪費癖に悩み、深く落ち込んでいた時期にこの作品を制作したと描かれている。主人公ゼロは、背景に描かれた太陽を「夕陽ではなく朝日だ」と解釈し、そこにデューラーの“再生”への希望を見出す。
デューラーがあえて油彩でも水彩でもなく、版画という手法を選んだのは、強い信念と決意を込め、それを多く刷って、より多くの人々に伝えたかったからだとされている。
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絵画レビュー

アルブレヒト・デューラー《メランコリア I》は、見る者の心を静かに吸い込む、知の迷宮のような作品だ。華やかさも、救いもない。けれど、この絵の前に立つと、心のどこかがざわめき出す。自分の中に沈んでいる「考える」という行為そのものを見せつけられる。
天使は頭を抱え、沈黙している。その手にはコンパス、足元には球体、周囲には幾何学の道具が散らばる。光も風も止まったような空間の中で、ただ「考える」ことの重さだけが残る。目は虚空を見つめながら、何かを測ろうとしている。世界の法則か、人間の運命か、それとも自分の心の奥か。
不思議なのは、この天使が「悲しみ」に沈んでいるようでいて、同時に「創造の前夜」に立っているようにも見えることだ。
絶望の中に、かすかな光がある。背景の太陽のような光。それは夕陽か、あるいは朝日か。もし朝日だとしたら、これは終わりではなく、始まりの絵だ。思考と憂鬱は、破壊ではなく創造の母なのだ。
デューラーはこの作品を、緻密な銅版画で刻んだ。線が呼吸している。羽の一本一本、衣の皺、光の角度まで、すべてが完璧に制御されているのに、そこには奇妙な「不安定さ」も漂う。理性で描かれたはずの世界なのに、理性では解けない謎が詰まっている。
《メランコリア I》とは、「考える人間」そのものの姿。手に道具を持ちながら、何も作れない。知恵を持ちながら、答えに辿り着けない。それでも、考えることをやめない。その誠実さを、デューラーは刻みつけた。憂鬱は、絶望ではなく、真理への入口なのだ。
《メランコリア I》は、沈黙の中で叫ぶ作品である。理性と感情、希望と諦め、光と影。デューラーの刻む一本の線には、人間の思考が宿っている。この天使は、悲しんでいるのではない。考えているのだ。その姿は、500年を経た今も問いを投げかける。
あなたは何を思い、何に憂い、何を信じるのか。
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