アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

ドガ《バレエのレッスン(ダンス教室)》喝采なき美、視線のない絵画

ドガ《バレエのレッスン》

  • 原題:La Classe de danse
  • 邦題:バレエのレッスン、ダンス教室
  • 作者:エドガー・ドガ
  • 制作:1873-1876年
  • 寸法:86.5cm × 75.0cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:オルセー美術館(パリ)

晴れやかなオペラ座の舞台ではなく、その裏側、汗と沈黙と集中が支配するバレリーナたちの日常の稽古場を描いたエドガー・ドガの傑作。

映画『ロッキー』が、試合本番ではなくトレーニングの場面を名シーンとして記憶させたように、《バレエのレッスン》、または《ダンス教室》と呼ばれるドガの作品もまた、同じくパリのオルセー美術館が所蔵する《エトワール》に比肩する。

絵画レビュー

ドガ《バレエのレッスン》

「物語を語る絵」ではなく、色と構図だけで魅了される点で、ドガの凄さを物語る。

緑がかった壁と白いチュチュたちの群れ。その中心にいる、異質な存在の白髪の老教師。紅一点ならぬ、白一点。バレリーナたちの軽さとは正反対の重力感を帯びている。靴のバレエシューズ、杖が竹刀のような緊張感を生み出し、バレリーナの対極にある老人を中心に添えたことで、トリミングされた空間が、ギュッと引き締まる。

この絵にリアリティを生んでいるのは、大人数でありながら、誰ひとり、絵の鑑賞者と目が合わないこと。最も近くにいるのは、背中を向けた少女。二人の視線に導かれるように、観る者のまなざしも画面の奥へ奥へと誘導される。この構図によって画家の存在が消え、鑑賞者が見学者になって、日常の断片を覗いているような感覚になる。

高い天井と斜め奥に広がる構図がスケール感を生み出す。まさしく映画『ロッキー』のように、非日常である試合よりも、日常の稽古のほうが雄大で壮大な物語であるように思わせる。「本番」よりも「練習」、「晴れ舞台」よりも「誰にも見られない鍛錬」。喝采ではなく、誰にも知られない努力にこそ、真実の美とドラマがある。

ドガもスタローンも、誰にも見られない時間を見ていた。題名のない日常に花束を贈れるアーティストだった。

もう一枚の《ダンス教室》

ドガ《バレエのレッスン(ダンス教室)》喝采なき美、視線のない絵画

  • 制作:1874年
  • 寸法:83.5 x 77.2 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)

ドガは同じ構図、ほぼ同じサイズの《ダンス教室》を描いており、ニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている。24人の女性が描かれ、バレリーナの母親もいる。保護者から楽譜を見ているバレリーナまで、奥から手前に視線が行く構図。

ダンス絵画の傑作