
- 原題:Saturno devorando a su hijo(スペイン語)
- 作者:フランシスコ・デ・ゴヤ
- 制作:1819-1823年
- 寸法:146 cm × 83 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:プラド美術館(スペイン)
山田五郎のYouTubeでファシリテーションをしていたワダさんが「トッポギを食べているみたいで可愛い」と絵画史に残る空前の名言を残した一枚。
ゴヤ77歳前後の作品。46歳ごろに耳が聞こえなくなったゴヤが、晩年にマドリード郊外に買った別荘「聾者(ろうしゃ)の家」に描いた14枚の壁画のひとつ。ゴヤ亡きあと、壁から剥がしてプラド美術館に飾られている。
ローマ神話に登場する農耕神サトゥルヌス(ギリシア神話のクロノス)が、自分の子に殺されるという予言に恐れを抱き、5人の子を次々に丸呑みしていく場面を描いた。

ルーベンス版では、飲み込んでいくのではなくリアルに食べている。ゴヤ版は当時のスペイン王室を非難し、「若者(未来)を喰らう老体(既得権力)」の比喩という説もある。
《我が子を食らうサトゥルヌス》絵画レビュー

ゴヤは、「狂気」をホラーではなく滑稽であると描いた。暴力性、狂気、絶望がむき出しになったとき、人は恐怖するよりもまず笑う。笑いとは本来、不謹慎で、タブーに触れたところから生まれる感情である。
この絵は、黒塗り修正されており、ゴヤが描いた時点ではサトゥルヌスは勃起していた。食欲と性欲を同時に描いた二刀流の絵画。
サトゥルヌスは中腰のスクワット姿勢で、食べづらそうな体勢。カメラ目線で、むしゃむしゃと喰らい続ける。眼球むき出しのドヤ顔は、コミカルでマンガ的。シャッターチャンスを待っている。
ふなっしーのような“ゆるキャラ感”を漂わせるこの絵は、隠居生活を送るゴヤが描いた「トッポギをむさぼる中年のおじさん」である。
神話でも政治風刺でもなく、もっと日常的な、変なおじさんの“生活感”と必死さがにじみ出ている。
スプラッター映画のように、グロテスクとユーモアは紙一重。恐怖と滑稽さは、同じ不条理から生まれる。
あなたが笑えば、この絵は笑い、あなたが怯えれば、この絵は地獄になる。トッポギか、トッポギ以外か。新大久保の韓国料理屋さんには、《我が子を食らうサトゥルヌス》の複製画を飾って欲しい。
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山田五郎が解説するゴヤ《我が子を食らうサトゥルヌス》
サトゥルヌスとギリシア神話について山田五郎が詳しく解説。サトゥルヌスは、お父さんのウラノスの男性器を鎌で切って、その泡から生まれたのが美の女神ヴィーナス。
父を殺したから自分も子どもに殺されてるという予言を受ける。5人目を食べたときに母のレアーが石を丸呑みさせて、6人目を助けた。それが全知全能の神ゼウス。
その後、ウラノスの予言通り、サトゥルヌスはゼウスによって殺される。
《我が子を食らうサトゥルヌス》は、スペイン王室に仕えながら弾圧されたゴヤの、親(王室)に食われる子(ゴヤ)自身が反映されている。
ワダさんのトッポギ名言はこちら
《我が子を食らうサトゥルヌス》は、アート漫画の傑作『ゼロ THE MAN OF THE CREATION』の21巻のゴヤ-「黒い絵の罠」でも登場する。プラド美術館の中で最も贋作が難しいのがゴヤの黒い絵シリーズ。
正確な輪郭線を引かず、不明瞭だが動きと躍動感にあふれる。そして、なぜゴヤが晩年に黒い絵シリーズを描いたかは誰もわからず、その魂を再現するのは不可能だと説く。神の手を持つ贋作者のゼロが挑んだときは、フロイトが唯一、ゴヤの魂を到達した人物といい、フロイトを研究する。
漫画の中では、《我が子を食らうサトゥルヌス》の血は、ゴヤの息子の本物の血を使っていると描いている。
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