アートの聖書

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アンリ・ルソー《蛇使いの女》〜フランスの千夜一夜物語、夜のオアシスに響く笛

アンリ・ルソー《蛇使いの女》

  • 原題:La charmeuse de Serpents
  • 作者:アンリ・ルソー
  • 制作:1907年
  • 寸法:167 cm × 189.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:オルセー美術館(パリ)

月明かりのジャングルの湖のほとりで、笛を吹く黒いシルエットが浮かび上がる。その女性の周りで蛇が踊っている。

この絵は、ルソーの絵を賞賛していた画家ロベール・ドローネーの母がルソーに依頼したもので、母が話したインドでの思い出話を絵にした。

月がスポットライト、ステージは密林。フルートを吹く黒い影の前に、観客席からヌルリと蛇が集まってくる。枝は譜面台、絡みつく胴は五線譜。葉っぱは拍手をこらえるみたいにピタリと止まり、鳥は首をメトロノームみたいに小さく揺らす。

ジャングルは、熱帯というより切り紙の世界だ。一本一本の葉は、ハサミで丁寧に切り抜いたように平らで、同じリズムで並ぶ。だからこそ、絵全体に“ゆっくり動く気配”が生まれる。風は見えない。でも、音が見える。フルートの旋律が、暗い緑の中を蛇の体温で運ばれていく。

奏者の顔は見えない。人か、精霊か、夜そのものか。正体が分からないから、こちらは耳を澄ませるしかない。月は満ちて、川は眠り、時間は後ろ向きに歩き出す。気づけば、観る者の体も少しずつ蛇のように揺れている。そう、この絵は“こちらを魅了する”ための呪文でもある。ふっと背骨がゆるみ、心が音符に変わる。終演のベルは鳴らない。月が沈むまで、静かなアンコールが続く。

絵画レビュー:アンリ・ルソー《蛇使いの女》

絵画レビュー:アンリ・ルソー《蛇使いの女》

アンリ・ルソーが描いたフランス版『千夜一夜物語』。

月明かりに浮かぶジャングルの奥で、黒いシルエットのような蛇使いの女が立ち、静かに笛を吹く。その姿はシェヘラザードが紡ぐアラビアンナイト。

フラミンゴの赤は、深い夜に燃える炎のように鮮烈で、蛇の黒は夜そのものの影を思わせる。月は冷ややかに光を注ぎ、白い輝きは湖を揺らし、すべての色彩を異国の夢のなかへと染め上げていく。きらめく草は黄金宮殿の柱のようにそびえ、湖は旅人の渇きを癒すオアシスのように招き入れる。

時間はゆるやかに解け、夜の森の呼吸が耳に満ちてくる。蛇のうねりに合わせて、見えない音楽が奏でられる。恐怖と魅惑の境界にある旋律であり、その夢幻のリズムに巻き込まれていく。

《蛇使いの女》は、ルソーの想像力が結晶した幻の劇場。そこで踊るのは動物でも植物でもなく、人の心に潜む夢であり、夜ごと語り継がれる原始と幻想の世界である。

 

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