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エドガー・ドガ 《家族の肖像(ベレッリ家)》〜家族という密室、沈黙のサスペンス

エドガー・ドガ  《家族の肖像(ベレッリ家)》

  • 英題:The Bellelli Family
  • 作者:エドガー・ドガ
  • 制作:1858–1869年
  • 寸法:200 cm × 253 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:オルセー美術館(パリ)

ドガの叔母ローラ、その夫ジェンナーロ、娘ジュリアとジョヴァンナを描いた一枚。舞台はイタリアのフィレンツェ、ローラは亡父イレールを悼む喪服を着ている。背後の小さな額は祖父イレールの肖像。家族には不和があり、ローラの手紙にも夫への不信と孤独が記されていた。

この絵は2025年10月25日から国立西洋美術館で開催される「オルセー美術館所蔵 印象派 室内をめぐる物語」のメインビジュアルとなっている。

絵画レビュー:沈黙が叫ぶ、家族の密室ドラマ

エドガー・ドガ  《家族の肖像(ベレッリ家)》〜家族という密室、沈黙のドラマ

絵の前に立つと、まず空気が違う。青い壁紙の部屋に、黒いドレスの母、白いエプロンの姉妹、机に横向きの父。家庭の集合写真に見えて、 “静かな地殻変動” を描いたパノラマだ。

線と面のコントロールが異常にうまい。黒衣の母のシルエットは一本の線で空間を切り裂くように立つ。背景の壁紙は花模様でにぎやかなのに、色面のバランス(青の大面積×黒の塊×白のハイライト)で騒がしくならない。明暗の設計も鉄壁で、最暗部=母の喪服と暖炉の影、最明部=子どもの白エプロンを離れた位置に置くことで、画面の左右に強い“支点”を作り、視線を往復運動させる。家族の間を目で行ったり来たりするうちに、言葉にならない緊張を自然に読み取ってしまう。

エドガー・ドガ  《家族の肖像(ベレッリ家)》

机の角がちょうど母と父の間を仕切り、家族の会話の通路を塞ぐ。母の手は娘の肩に置かれ、視線は遠くへ抜ける。父は横顔のまま紙束を前にして動かない。全員が同じ画面にいるのに、物理的ではなく心理的な距離がきっちり測量されている。

色彩は感情の温度計である。全体の青は冷たいが、ところどころに置かれた“温度の芯”、父の赤茶の髭、暖炉まわりの金色が体温を保つ。白エプロンは単なる可愛さ担当ではなく、青と黒の間で“呼吸”のように光を反射し、画面をフラットにさせない。

娘の頬は滑らかに、床のカーペットはザクっと、鏡の反射は薄塗りで曖昧に。硬い・柔らかい・曖昧、という三種類のエッジ(硬さ)を使い分け、見る距離に応じて解像度が変わる。

エドガー・ドガ  《家族の肖像(ベレッリ家)》

右下の犬の尻尾が画面外へ逃げるみたいに曲がっているのも、家の落ち着かなさ。左の娘はドガを向き、真ん中の娘は腰に手を当てて反抗期の気配。姿勢と目線だけで、家族の相関図が立ち上がる。セリフはないのに、舞台はフル稼働。この絵は、ドガが描いた心理サスペンス。沈黙のミステリードラマなのである。

誰も動かず、怒鳴り合いも抱擁もない。ただ空気が張りつめ、各人が自分の孤独を持って立ち、座り、見ている。家庭というものは、大事件より「言わなかったこと」「言えなかった視線」でできている。その沈黙を、ドガは美術の文法で可視化した。

これは“静かな最高速”。線は低く唸り、色は深く呼吸し、構図は無音で回転する。絵の前に立てば、この家族の一員に巻き込まれる。発言権はない。ただ、見る。それで十分だ。絵は見返してくる。

沈黙がうるさい ― ドガ《家族の肖像》

この部屋、空気がピリついている。どう見ても、何かあった。

全員、目を合わせない。父は机に張り付き、母は立ったまま硬直。娘たちはそろって「巻き込まれた感」を全身で出している。絵の中で一言もしゃべっていないのに、人間ドラマが渋滞している。

壁紙の青はやけに落ち着いているのに、家庭の雰囲気は真冬のように冷たい。左の少女は、やさしく母の腕に包まれながらも、「早くこの時間、終わらないかな」と思っている。右の一本足打法の少女は、完全に反抗期モード。

そして父。椅子をくるりとこちらに向けることもなく、視線は書類に固定。明らかに“逃げの姿勢”だを決め込む。

ドガの筆が鋭いのは、この沈黙のコントラスト。全員が別々のリズムで生きていて、家族というより「同居人」に近い。そこが、妙にリアルで面白い。

この絵、もはや「19世紀の家族スナップ」ではなく、Netflixの家庭ドラマのワンシーンに見えてくる。たとえば、こんなタイトルがつきそうだ。

『沈黙のランチタイム 〜ブルーの壁紙の向こう側〜』

ドガは「家族って、実はこんなもんだよね」という真理を残してしまった。美しく着飾っても、部屋を整えても、心は整わない。家族とは、最も近い他人。この絵は、その現実を青い壁紙の裏にそっと隠している。

その沈黙は、音楽よりも雄弁で、視線のすれ違いだけでストーリーが進んでいく。

見れば見るほど、この家族には「次の一言」が怖い。だからこそ、目が離せない。

 

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