アートの聖書

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クロード・モネ《ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光》〜霧と光の魔法、ぼやけているから美しい

クロード・モネ《ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光》

  • 原題:Londres, le Parlement. Trouée de soleil dans le brouillard
  • 作者:クロード・モネ
  • 制作:1904年
  • 寸法:81.5 x 92.5 cm
     
     
     
     
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:オルセー美術館(パリ)

1899年から1901年にかけて、モネは3回ロンドンを訪れ、それぞれ数週間ずつ滞在した。1900年頃からは、ロンドンの国会議事堂を主題にした絵を20点も描いている。

モネが国会議事堂を眺めていたのは、テムズ川の対岸、ウェストミンスター橋近くにあるセント・トーマス病院のテラスからだった。また、ロンドン滞在中はサボイホテルに宿泊することも多く、その5階や6階の部屋でも絵を描いていた。

モネは妻アリスに宛てた手紙の中で、1日を通して絶えず変わり続ける光の具合について書いている。さらに、ロンドン特有の霧や大気汚染によって風景がぼんやりと霞み、大気そのものが色づいて見えることに、どれほど魅了され、同時に焦燥感を覚えていたかも綴っている。

この作品は、2026年にアーティゾン美術館で開催された「モネ没後100年 クロード・モネ ー風景への問いかけ」で来日した。

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絵画レビュー:国会議事堂が溶けていく

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この絵、まず思うのは「見えない」だ。

ロンドンの国会議事堂。あの有名な建物のはずなのに、はっきり見えない。輪郭は溶け、形はぼやけ、霧と光の中に沈んでいる。でも、不思議と「ちゃんとある」と分かる。これが、この絵の面白さだ。

モネはここで、建物を描いていない。描いているのは、“見え方”そのものだ。霧がかかると、世界はどう変わるのか。光が当たると、色はどう揺れるのか。その一瞬一瞬の変化を、そのままカンヴァスに置いている。

だからこの絵、近くで見るとほとんど抽象だ。ただの色の重なりに見える。でも少し離れると、急に立ち上がる。塔が見える。水面が見える。空気が見える。

この「見えたり、消えたりする感じ」が、そのままロンドンの霧の体験になっている。

色もすごい。灰色の街のはずなのに、ピンクやオレンジが滲んでいる。水面には赤が揺れ、空には淡い紫が広がる。冷たいはずの風景なのに、どこか温度がある。

訪れたこともないのに、なにか懐かしい感じがする。小学生の頃、夕方に戦隊モノの番組を見ていた頃、CMで夕暮れの都会の風景があった。なぜか胸を締め付けられる寂寥と、パワー。あの感じが蘇る。

さらに面白いのは、この建物の扱いだ。国会議事堂といえば、権力や秩序の象徴。普通なら、しっかり、くっきり、威厳たっぷりに描く。でもモネは、それを溶かしてしまう。ぼやけて、揺れて、霧に飲み込まれている。

この絵、「強そうなものほど、実はあやふやだよ」と言っているようにも見える。

世界は固まっていない。すべては光と空気の中で、常に変わり続けている。この絵を見ていると、だんだん感覚が変わってくる。

「はっきり見えること」が正しいわけじゃない。むしろ、ぼやけているほうが、本当の感じに近いんじゃないか。そんな気がしてくる。

《国会議事堂》は、風景画じゃない。

“世界がどう見えるか”をそのまま体験させる装置だ。ずっと見ていると、建物よりも、霧よりも、光よりも、自分の「見る」という行為そのものを、じっと見返されている気がする。

 

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