シネマの流星、アートの聖書

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君の名前を結びに〜『君の名は。』の組紐

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新海誠のデビュー20周年にあたる令和四年に『君の名は。』の舞台を巡ってきた。新宿、諏訪湖。フィナーレを飾るのが飛騨古川。糸守町に最も近い町。「聖地巡礼ですか?」と訊かれるが、そうではない。新海誠が描く舞台は聖地ではなく”現場” そこに行けば何かが待っている。

Day1 

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瀧と司、奥寺先輩は東京駅から向かったが品川駅から。6時の博多行のぞみの始発に乗る。7時27分に名古屋駅。ここから飛騨古川までは3時間。奥寺先輩が食べたミソカツ丼弁当はなかったので、味噌カツ弁当を買った。

飛騨古川駅

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観光地化された高山を過ぎ、田園風景を追い越すと閑かな飛騨古川駅に着く。雰囲気が新海誠の故郷・小海駅に似ていた。

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2番線に到着する写真は9時57分の特急ワイドビューひだ。他にもう1人、写真を撮っている人がいた。『君の名は。』のファンだろうか。公開から6年経っても、あの輝きが褪せることはない。

気多若宮神社

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まずは駅の北側、歩いて5分のところにある気多若宮神社。瀧が糸守神社ではないかと思い訪ねた場所だ。

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途中の階段から飛騨古川の町が見渡せる。大和(奈良)の田舎に育った自分は、早くここから飛び出したい三葉の気持ちが手に取るようにわかった。それは八ヶ岳山麓に囲まれた小海町で育った新海誠も同じだろう。

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性別は違うが、三葉は新海誠なのだ。そして、瀧は三葉(新海誠)を救う、もうひとりの新海誠。

つるや食堂

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腹ごしらえに向かったのは『つるや食堂』。観光客ではなく地元の人が多い。高齢なご夫婦で切り盛りされている。

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ラーメンとチャーハンを注文すると席が埋まり、相席をお願いされた。70を超える男性で、飛騨古川の出身。『あゝ野麦峠』など、奥飛騨の歴史を話してくれた。この町は冬は積雪するが、風は強くない。やはり、小海町や自分のふるさとと似ている。この男性が自分と飛騨古川、新海誠を結んでくれた。

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あっさりだけど味はしっかり。佐野ラーメンや喜多方ラーメンに近い。ラーメンは町を映す鏡。ここで食べるからか、都会の味に飽きたのか、神社のような清廉な味。帰り際、女将さんが「遠いところからお越しくださいました」と見送ってくださった。

渡邉酒店

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次に向かったのは、渡邊酒店。飛騨古川のお酒・蓬莱(ほうらい)を買う。ここでもスタッフの女性が「美味しく召し上がってください。行ってらっしゃい」と見送ってくれた。

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さくら物産館に寄って、口噛み酒の瓶子を買う。夜はこれで一杯やろう。

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飛騨古川は瀧と糸守町を結ぶ水の町。瀬戸川、荒城川、宮川、どれもが澄んでいる。美味しい水は美味しい日本酒へと変わり、人情も綺麗な水によってつくられる。川があれば橋がある。橋は人と人を結ぶ。飛騨古川が瀧と糸守町を結んだのは偶然であり必然だったのだ。

味処 古川

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次に向かったのは、定番の『味処 古川』。奥寺先輩が食べた五平餅を注文すると、サービスなのか揚げパンもセットで出してくれた。

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飛騨古川は、ごはん屋さんや喫茶店など建物は凝縮されているのに人が少ない。東京で50メートル歩けば眼に着くコンビニもない。ゆるかやかで澄んだ空気が流れる贅沢な空間。どんな名所も渋滞すればテーマパークと化してしまう。聖地巡礼の大号令のもと、世界中から人が押し寄せたときに来ていたら、飛騨古川の良さは分からなかっただろう。

飛騨市図書館

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旅先で動き回るのではなく、言の葉の森の中でじっと時を待つのは贅沢な旅かもしれない。

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東京のカフェのようにビジネスマンがPCを叩くのと違い、川のせせらぎようにゆったりとした時間が流れる。

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宿のチェックインまで1時間半ほどあったので、新海誠を特集した本に没頭した。旅の疲れもあり、少しうとうとする。

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夕方になり、宿に向かう途中で、組紐の体験ができる雑貨屋さんに寄り道。美しい。明日の楽しみに取っておく。

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一宿の世話になる「のとや旅館」も「なんのお世話もできませんでして」と女将さんの物腰が柔らかい。この穏やかな町の雰囲気が最高の贅沢だ。

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夜の飛騨古川には夢灯籠が並ぶ。昼に出逢った男性に教えてもらった「西洋膳処まえだ」で飛騨牛のコースを頂いた。

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宿に戻り、口噛み酒を模した蓬莱で旅の疲れを清める。日本シリーズの第1戦を見て眠りについた。

Day2

曇り空のなか、飛騨古川の町をブラブラと歩き回ると古川町の祭りの日だった。

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ポルシェの展示があり、白のスピードスター1500。まさかジェームズ・ディーンの愛車に出逢えるとは。『君の名は。』をめぐる旅が、時空を超えてジミーとの縁を結んでくれた。

ファボカフェ

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昼過ぎにファボカフェを訪れた。もっと古風な喫茶店に行きたかったが、カヌレが美味しいと聞き、ぜひ食べたいと思った。

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カヌレとクロモジ珈琲を注文。木の温もりに包まれた古民家カフェ。

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珈琲はコロンビア豆と香木「黒文字」をブレンド。料理は旨味より香りを出すほうが難しいが、まさに珈琲は香りの飲みもの。

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あまりの美味しさにクロモジ茶と冷凍カヌレを追加。カヌレはこちらのほうが上だ。今度来るときは、クロモジ珈琲と冷凍カヌレのメドローアにしよう。

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スタッフの若い男性が、店内を案内してくれた。カフェ内は、使われなくなった古木を使って家電にしている。不思議なもので、ランプの温かさが増している。

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「いちばん気に入ったものはなんですか?」と訊かれたので珈琲メーカーを挙げた。デザインがオシャレだ。木は電化製品と逆で、使えば使うほど味が深くなる。そう、新海誠の映画も「木」。観れば観るほど温もりが伝わり、味わい深くなる。新海誠は木造建築家なのだ。最も優れているのは絵でも音でもなく香りかもしれない。

さくら物産会館

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旅のフィナーレ。『君の名は。』を結ぶには組紐を編まなければ新宿に帰れない。

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さくら物産会館では予約すると1,500円で組紐のブレスレット作りが体験できる。色は青&緑などいくつかある。両手を使って左側に糸を回転移動させる単純作業だが、なかなか楽しい。

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三葉は24種類の色を編んでいたが、体験では8種類。瀧が「組紐って難しすぎるだろ」と言うように、24種類は気が狂いそうになる。30分ほど続けると、やがてブレスレットの形になってきた。

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糸と糸、時と時、人と人を結ぶ。美しいものができあがるが、それは簡単なことではない。男と女が出逢うことも。新海誠は『君の名は。』で、その奇跡を届けた。

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さくら会館から出ると、白雲と霧に覆われていた山峰が晴れている。すぐに気田若宮神社に向かった。

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旅の最後に『君の名は。』が青空を結んでくれた。