
- 原題:La Vague
- 作者:ギュスターヴ・クールベ
- 制作:1869年
- 寸法:66.0×91.2 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:島根県立美術館
ただの波の絵。ノルマンディー地方のエトルタの海を描いた一枚。クールベは30点以上の波の絵を描いた。

原田マハは著書『Contact art : 原田マハの名画鑑賞術』で「人生、晴れの日ばかりじゃない。だから、面白い。大変な時もあるし、嵐の日もある。でもだから、人生いろいろあって、深みが出るんじゃないか。荒波を乗り越えて一緒に生きていきましょう、というメッセージを感じる」と書いている。
絵画レビュー:クールベ《波》

東映映画のオープニング。いちど観たら忘れられない。この波はどこから来たのか?なぜこの場に来たのか?どこへ向かうのか?
クールベが写実したのは、波の風景ではなく、海の力強さ。波の重み、粘性。
湿気を感じない。感じさせない。どんよりした空が舞台の緞帳のように地平と未来を遮断している。岩を飲み込もうとする海獣。同時ない岩。相撲をとっているよう。
この絵に生物はいない。クールベが海を生き物として描いている。我々が普段、海を見ても生き物に感じない。けれど、海は生きている。

ただ、あるものを写実すれば、現実を超えられる。海の生命を、クールベは絵筆で呼び覚ました。
もうひとつの絵画レビュー:波が息を吸う一秒前
鉛色の空の下、真ん中の波が大きく胸をふくらませている。破裂の一秒前、世界じゅうの空気を吸い込んでいるみたいだ。
色は少ないのに、音が多い。左の岩で「ザザッ」、白い泡で「シュワッ」、遠くの稜線で「ゴウン」。画面はほぼ海と空だけ、なのにコンサートだ。
絵具の厚みがすごい。泡は塗るのではなく、削って飛ばして刻んである。クールベの筆は彫刻刀。水を彫って、波の筋肉をむき出しにする。
暗い海は黒ではない。藍、焦げ茶、鉛、そこに牛乳みたいな白がぶつかって、瞬間だけ光る。昼でも夜でもない曖昧な時間、嵐と静けさが同居する“待機”の色。
手前の岩は臼歯のように並び、海をガリガリ噛んでいる。自然は優しくなんてしてくれない。ただ正直だ。寄せては返す、その事実だけが圧倒的だ。
見ているうちに呼吸が波長に合ってくる。吸って、止めて、吐く。絵の前で立つ私たちの体内にも、同じ波が起こる。
この海は風景画ではない。絵具そのものが海になった、物質の自画像だ。だから強い。だから簡単に目を離せない。
日本で観られるクールベ《波》
《波》:国立西洋美術館(東京・上野)

- 年代: 1870年頃
- 寸法:72.5 x 92.5cm
- 所蔵:国立西洋美術館
島根県立美術館より空が明るく、赤みがかっている。似ているが、空が力強い島根県立美術館のほうが生命力を感じる。
《波、夕暮れにうねる海》:ヤマザキマザック美術館(名古屋)

- 年代:1869年
- 寸法:74.5×90.9cm
- 所蔵:ヤマザキマザック美術館
空の部部分をナイフで削って下地の色を見せる技法。夕景の淡さと波の力強さの対比。さすがクールベ。重厚な自然の声が聞こえる。
《嵐の海》:山梨県立美術館(甲府)

島根県立美術館に勝るとも劣らない傑作。壁のような、あるいは舞台の緞帳のような、行き止まりの遮断力。波は荒れ狂っているが、むしろ空のほうが生き生きと躍動している。
《秋の海》:大原美術館(岡山)

- 年代:1867年
- 寸法:73 x 54cm
- 所蔵:大原美術館
波が穏やかで主役は空。それでも海の存在感が強い。空のほうが面積が広いが、生命力は海のほうがある。この緩急がクールベの筆力。
《波》:愛媛県美術館(松山)

- 年代:1869年
- 寸法:49 x 73cm
- 所蔵:愛媛県美術館
島根県立美術館と同じ1869年に描かれたもの。やや空が明るい。どんな印象を受けるか、実物を観てみたい。
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