アートの聖書

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フェルメール《リュートを調弦する女》〜恋のチューニング、始まらない音楽、始まりそうな恋

《リュートを調弦する女》1663年

  • 原題:rouw met een luit
  • 英題:Woman with a Lute
  • 別題:リュートを持つ女
  • 制作:1662年–1663年頃
  • 寸法:51.4 cm × 45.7 cm 
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)

《リュートを調弦する女》(1662–63頃)は、ニューヨークのメトロポリタン美術館所蔵で、窓際に座りリュートを調律する若い女性を描く。保存状態は悪く、全体に暗く摩耗している。構図は優れているだけに元の色彩が失われたのが惜しい。

女性は黄色い毛皮縁取りの上着と真珠の装身具を身につけ、視線は楽器ではなく窓の外へ向かう。テーブルには唱歌集、床にはヴィオラ・ダ・ガンバが置かれ、訪問者とのデュエットの名残や、別れの余韻を感じさせる。

背景の大きなヨーロッパ地図は精密に描かれ、椅子や床のタイルなど、空間を導く遠近法の工夫も凝らされており、鑑賞者の視線を女性へと導く。

静謐な光の中、音楽と地図と視線が交差するこの画面は、恋の予感と別離の影を同時に漂わせている。

絵画レビュー:恋をチューニングする女

窓から光が差し込む。机の上には楽譜、椅子、地図、そしてひとりの女。彼女はリュートを抱き、音を確かめている。よく見ると、その耳は窓の外に向いている。

調弦のためなら、音を聴くのは当然だ。だが、彼女の顔の角度は、明らかに外。音を合わせているのは弦ではなく、外の“誰か”。その足音、声、気配。この絵の中で鳴っているのは恋の前触れだ。

フェルメールの《リュートを調弦する女》は、恋を“準備中”のような絵だ。彼女はまだ歌っていない。まだ弾いていない。でも、何かが始まろうとしている。

部屋の奥にはヨーロッパの地図。大航海時代の象徴でもあるそれは、広い世界よりも、窓の向こうの小さな距離のほうがいま彼女には大事だと語っている。

机の上の青い布が、静かに光を受けている。その青はフェルメール・ブルー。冷たいはずの色なのに、この場面では体温がある。恋を待つ空気が、部屋の温度を上げている。

リュートは「恋の楽器」とも呼ばれる。丸い胴体は女の胸のようで、音は柔らかく、そして調弦は、恋の始まりに似ている。弦を強く張れば切れ、緩めれば音が外れる。絶妙なバランスのところでしか、心は響かない。彼女はそのバランスを探している。

相手の心に“合わせる”ように。まだ外の世界は何も応えない。風がカーテンを揺らすだけ。それでも、彼女は微笑む。恋の音は、すぐには鳴らない。けれど、弦が合うその一瞬のために、彼女は静かに息を整えている。

フェルメールはこの絵で、「待つ」という行為を美しく描いた。恋を始める前の沈黙。音が出る前の“呼吸の準備”。それを、リュートの弦一本に託している。

この絵は、恋の予告編。まだ音楽は始まっていない。でも、観る者はもう“聴こえている”。それは風の音か、心の鼓動か。

窓の外に、誰かがいる。フェルメールだけが知っている“次の一音”を、我々は永遠に待ち続けている。

 

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