
- 作者:歌川広重
- 制作:安政3年(1856年)
- 寸法:37.0×24.8cm
- 技法:錦絵
幕末の浮世絵師・歌川広重(初代)が最晩年の1856年から1858年にかけて制作した、江戸の景勝地を描いた連作錦絵(風景画)の『名所江戸百景』
118図の中でも特に好きな一枚が《する賀てふ》
現在の日本橋室町の近くにあった駿河町が舞台であり、日本橋三越の前身である越後屋呉服店が並んでいる。
富士山の眺望の名所であり、富士山がある駿河国(現在の静岡県)にちなんで「駿河町」と名付けられた。
遥かに望む富士山は、映画『ドラゴンボール 魔神城のねむり姫』のように聳え立っている。
絵画レビュー
《名所江戸百景 する賀てふ》は、「遠近法の遊び」が気持ちよすぎる一枚だ。
まず視線は、道の奥へ吸い込まれる。両側にずらっと並ぶ店の屋根、その直線が、ぐいっと一点に収束していく。まるで「ここを進め」と言われているような構図だ。
その先に、ぽん、と現れる富士山。
デカい。いや、距離的には遠いはずなのに、存在感が近すぎる。江戸のど真ん中に立っているのに、視線は一瞬で静岡あたりまでワープする。この“距離感のバグ”が、この絵の最大の快感だ。
手前は完全に生活の世界。人が歩き、荷を運び、立ち話をしている。店も開いているし、仕事もしている。ここは、めちゃくちゃ日常。
でも、そのど真ん中に、あの富士山がいる。
普通なら、生活と絶景は分けて描く。だが広重は、それを一枚に重ねてくる。結果、「日常の延長にある奇跡の景色」が成立する。
さらに面白いのは、人々のテンションだ。
誰も富士山を見ていない。
これだけ完璧な構図で、あれだけ堂々と富士山が鎮座しているのに、みんな普通に生活している。荷物運んでるし、しゃべってるし、歩いてる。江戸の人にとっては「特別じゃない景色」なのだ。
贅沢すぎるだろ。
色もいい。空のグラデーション。淡い青から、ほのかに暖かい色へ。時間が止まっているようで、でも確かに流れている感じがある。浮世絵特有の平面性の中に、ちゃんと空気がある。
そして構図の切り取り方。上下で世界が分かれている。
下は人間の世界。動き、音、会話、生活。上は自然の世界。静けさ、永遠、動かない時間。広重は、「江戸の名所」を描いているようで、実は「人間のスケールと自然のスケールの違い」を、さらっと見せている。しかも説教くさくない。ただ、気持ちよく見せるだけ。
《する賀てふ》は、観光ポスターではない。これは、「日常の中にある、とんでもない遠さと近さ」を同時に体験させる舞台演出だ。
歩いているだけで、富士山に出会う。そんな世界が、ここには普通にある。これが江戸の最大の奇跡なのだ。
現在の大都会・東京は、この奇跡の失われた砂の都である。
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