アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

ゴッホのアルル時代〜光と狂気の町、ゴッホを生んだ南仏の光

《タラスコンへの道を行く画家》1888年7月

ゴッホがもっとも多くの傑作を生み出したのは、南仏アルルで過ごした1年余りの期間だった。パリでの刺激的な日々を経て、ゴッホはより強い光と鮮烈な色彩を求めて地中海の太陽の下へ向かう。アルルはゴッホにとって「西洋の日本」であり、夢に描いた共同アトリエの実験場でもあった。

黄色い家での創作、カフェでの孤独な夜、地元の人々との交流、そしてゴーギャンとの共同生活と決裂。耳切り事件という破局を迎えるまでのアルルの日々は、芸術の飛躍と精神の危機が同時に進行する濃密な時間だった。この1年余りに、200点以上の作品を描く。ゴッホがなぜアルルに惹かれ、そこで何を夢見て、どのように挫折したのかをたどっていく。

ゴッホがアルルにやってきた理由

パリから南仏へ ― 光と色彩を求めて

ゴッホ《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》1888年

ゴッホ《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》1888年

1886年3月から1888年2月までゴッホはパリで暮らし、印象派や点描、ジャポニスムと出逢いながら画風を模索した。しかし、パリの都会的な喧騒と曇天続きの空気は、心身を疲弊させた。そこで、より鮮烈な光と強い色彩をキャンバスに取り込むため、34歳のゴッホは、南仏アルルに移り住む決意を固める。

1888年2月、アルルに到着。プロヴァンスの空は澄み渡り、日差しは鋭く、色彩はより単純で力強く見える。ゴッホにとってアルルは、絵の具の実験場であり、精神を解放する場でもあった。

「日本的楽園」の夢とジャポニスムの影響

《刈り入れをする人のいる麦畑》1888年9月、ゴッホ美術館

ゴッホはアルルを「日本のようだ」と繰り返し手紙に記している。浮世絵に魅せられ、日本の芸術に見出した明快な線と平面的な構図、四季の自然表現を、自らの絵画に取り込みたいと願った。アルルの田園風景や明るい色彩は、「西洋の中の日本」であり、異国の楽園のように感じられた。ゴッホにとってアルルは、ジャポニスムの理想を実現するための舞台だったのである。

ゴッホの「共同体の夢」と芸術への野心

テオに送った「黄色い家」のスケッチ画、

活気のあるパリで、ゴッホの視線は次第に“自分たちの共同体”へ向かう。画家同士がともに暮らし、互いに刺激し合う「南のアトリエ(スタジオ・オブ・ザ・サウス)」の構想である。ゴッホは、日本の絵師の集団や修道院的コミュニティに憧れ、ゴーギャンら仲間と理想の工房をつくる夢を抱いた。

この夢は、単なる生活設計ではない。安価で力強い芸術をつくり、働く人々の暮らしに届けたいという、社会的な使命感とも結びついていた。夢を実地で試す場所として、強い光と簡素な生活が得られる南仏を選ぶ。

ゴッホと素描の世界

アルルでのゴッホの生活と日常

アルルの地図

黄色い家とアトリエの夢

1888年9月に描かれた「黄色い家」の水彩画、ゴッホ美術館

1888年9月に描かれた「黄色い家」の水彩画、ゴッホ美術館

アルルでゴッホが借りた「黄色い家」は、理想のアトリエ計画の象徴だった。壁を鮮やかな黄色に塗り、部屋には自作のひまわりを飾り、将来は仲間の芸術家たちを迎え入れる拠点にしようと夢見た。孤独ではなく共同制作を求める姿勢が、この小さな家に込められていた。

カフェ・ドゥ・ラ・ガールでの時間

水彩画バージョンの《夜のカフェ》個人蔵

ゴッホはアルルの黄色い家と同じ建物にあった「カフェ・ドゥ・ラ・ガール」で食事をし、夜を過ごした。《夜のカフェ》にも描かれ、人間観察の場であると同時に、孤独と格闘する舞台でもあった。

モデルとの交流と地元の人々

《アルルの老女》1888年2月、ゴッホ美術館

ゴッホはアルルで農婦や居酒屋の客、ズアーブ兵など、近隣の住民をモデルに描いた。特に郵便配達人ルーラン一家との交流は深く、繰り返し肖像に残している。地元の人々との関係は温かさと疎外感の両方を孕み、土地の現実と心象が重ねられている。ただし、友人は少なく、ゴッホが友人を作るのに苦労した理由の一つは、プロヴァンス方言を習得できなかったことと言われている。

ゴーギャンとの共同生活と決裂

「南のアトリエ」構想と夢の始まり

ポール・ゴーギャン《アリスカンの並木路、アルル》1888年

ゴーギャン《アリスカンの並木路、アルル》1888年、SOMPO美術館

ゴッホはアルルに芸術家の共同体を築くことを夢見ており、その第一歩が、ゴーギャンを黄色い家に招くことであった。二人は1888年10月から黄色い家で共同生活を始め、「南のアトリエ」という理想の実現に向けて歩み出した。

緊張と対立 ― 芸術観の違い

ゴーギャン《アルルの夜のカフェ》1888年、プーシキン美術館

二人の性格と芸術観の違いは大きかった。ゴッホは自然の前で直感的に筆を走らせ、感情を色彩にぶつける画法を信じた。ゴーギャンは、記憶や象徴を重視し、構想に基づく絵画を求めた。議論は次第に衝突へと変わり、共同生活は不安定になっていった。

耳切り事件とその余波

《アルルの病院の庭》1888年12月

1888年12月、ついに緊張は破局を迎える。口論の末、ゴッホは耳を切り落とすという衝撃的な出来事があった。有名な「耳切り事件」である。事件の真相は今も議論が絶えないが、この出来事を境にゴーギャンはアルルを去り、ゴッホは精神的な危機に陥った。アルルの住民たちもゴッホを危険視し、狂人扱いしたことで孤立は深まった。

「耳切り事件」を報じる『ル・フォロム・レピュブリカン』紙

この事件は瞬く間に地域社会や新聞で報じられ、ゴッホの精神的な不安定さを象徴するエピソードとして知られるようになった。

先週の日曜日、夜の11時半、オランダ出身のゴッホと称する画家が娼館に現れ、ラシェルという女を呼んで、「この品を大事に取っておいてくれ」と言って自分の耳を渡した。そして姿を消した。この哀れな精神異常者の行為の通報を受けた警察は、翌朝この人物の家に行き、ほとんど生きている気配もなくベッドに横たわっている彼を発見した。この不幸な男は直ちに病院に収容された。
— 『ル・フォロム・レピュブリカン』1888年12月30日

ゴッホ《フェリックス・レーの肖像》1889年1月、プーシキン美術館

ゴッホ《フェリックス・レーの肖像》1889年1月、プーシキン美術館

アルル市立病院でゴッホの治療を担当したのは23歳で、まだ医師資格を持っていない研修医のフェリックス・レー。出血を止め、傷口を消毒し、感染症を防止できる絹油布の包帯を巻いた。ゴッホの自画像の包帯も、この治療法があって生まれた。ゴッホはのちに、医師の肖像を描いている。

1930年に医師が描いたゴッホの耳の図

フェリックス・レー医師は、1930年にゴッホの回顧録の取材の際、耳の図を描いている。点線に沿って耳を切り落とし、耳たぶの一部が残ったと語った。ゴッホはレー医師について「勇敢で、働き者で、いつも人助けをする」と誉めている。

レー医師はゴッホの肖像画が気に入らず寄付した。この絵は現在では5000万ドル(70億円)以上の価値がある。

精神の危機と療養生活の始まり

ゴッホ《アルルの病院の病棟》1889年10月、オスカー・ラインハルト・コレクション

ゴッホ《アルルの病院の病棟》1889年10月、オスカー・ラインハルト・コレクション

耳切り事件の後、ゴッホは病院に収容され、繰り返し発作を起こすようになる。味方をしてくれたルーランも引っ越し、1889年5月、アルルを離れ、サン=レミの精神療養院に入院する。アルルは夢と創造の場であると同時に、破局と苦悩の舞台でもあった。だがその短期間に生まれた作品群は、ゴッホ芸術の核心を形づくるものとなった。

アルル時代のゴッホの有名絵画・代表作

《グラスに入れた花咲くアーモンドの枝》

《グラスに入れた花咲くアーモンドの枝》1888年3月

  • 制作:1888年3月
  • 寸法:24.5 cm x 19.5 cm
  • 技法:油絵、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

小さなカンヴァスの上に、春が息づいている。透明なグラスに射す光は、水をきらめかせ、花の命をやさしく支える。枝先にほころぶアーモンドの蕾は、桃色の吐息のように震える。

ゴッホがアルルに到着したとき、地面にはまだ雪が残っていた。寒さに負けず咲くアーモンドに感動し、花瓶にいけた。ゴッホの慈しみが溢れる一枚。背景の赤の線がアーモンドの力強さを強調している。

《日没の柳》

絵画レビュー:ゴッホ《日没の柳》

3月の夕暮れ、木々に新芽が芽吹く頃のポラードヤナギを描いた一枚。鮮やかな黄色、オレンジ、赤、青の色彩を用い、自信に満ちたタッチで描き込んでいる。ポラードヤナギの背後に広がる鮮やかな青い縞模様は、遠くのアルピーユ山脈を表している。

大地の黄と、空の黄は溶け合い、自然の力を圧倒的な熱として伝えてくる。ゴッホは写実を超えた、魂と自然の共鳴を描いた。

《アルルの跳ね橋》

クレラー・ミュラー美術館のゴッホ《アルルの跳ね橋》

ゴッホがアルルに到着した翌月、アルル中心部から南西約3キロほどの運河に架かる跳ね橋(ラングロワ橋)を描いた作品。絵の主役となるのは、鮮やかな青と黄の色彩。この色の組み合わせは、フェルメールの《デルフトの眺望》を意識したもの。

ゴッホの絵の中でも一際、明るさに満ち、健康的な色彩の一枚。手前の草や土は濃く、影を落とした水面の波紋は力強い。アルル運河では澄み切った空気の中、洗濯をしている。陽光を浴びた跳ね橋はゴールドに輝き、ラングロワ橋を渡る馬車がのどかな空気を運ぶ。人々の営みが描かれているからこそ、暮らしの温もりが気分を明るくさせてくれる。

《サント=マリーの浜辺の釣り船》

ゴッホ《サント=マリーの浜辺の釣り船》1886年6月

  • 制作:1888年6月
  • 寸法:65x81.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館

漁師の姿はどこにもない。浜に並ぶのは、空っぽの船。けれど、その船たちは、どれもカラフル。オレンジ、イエロー、ブルー、グリーン。子どもの塗り絵みたいに。孤独のなかにも、消えない希望がある。

海はすぐそこにある。波のかたちも、空の筆致も、生きてるようにうごめく。沖のほうに目をやれば、帆を立てた小さな船が、風に乗って並んでいる。

この船たちで、どこかへ行ける気がする。ゴッホもきっと、この海を見ながら、いつかの“ここではないどこか”を夢見ていた。

この絵には、童心と旅心、まだ見ぬ明日が描かれている。

海路は続く、どこまでも。

《ズアーブ兵》

ゴッホ《ズアーヴ兵》1888年6月

  • 制作:1888年6月
  • 寸法:65.8 cm x 55.7 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホがアルルを訪れたときに知り合ったズアーブ兵を描いたもの。「ズアーブ」はアルジェリア人によって構成されたフランスの歩兵。エナメルの軍服、赤い帽子がトレードマーク。

鮮烈な赤い帽子と濃紺の制服は、見る者の視線を一気に引き込む。腰から上で切り取られているが、その断ち切り方が人物を山のように雄大に見せている。

ゴッホの筆づかいは荒々しくも温かく、鋭い眼差しと口元には、子どもが兵士に憧れるときの素朴な純粋さが宿っている。威厳をまといながらも、その内側に潜むやさしさが、絵の奥からじんわりと滲み出している。軍服に包まれた男の顔には、戦いのための強さと、同時に弱さや慈しみが共存している。

《種まく人》

ゴッホ《種まく人》

ゴッホがアルルに到着した年の初夏、「黄色の時代」に描かれた一枚。大尊敬していたジャン=フランソワ・ミレーの《種をまく人》へのオマージュ。ゴッホはミレーに魅せられ、「The Sower」のテーマだけで30点以上のデッサンと絵画を制作している。

ミレーのように近景から人物を大きく捉えるのではなく、ゴッホは遠くから引いた視点で描いている。農夫は“種をまいている人”というより、“荒野を進む旅人”のように見える。農民というより開拓者。単に種を蒔くのではなく、大地を切り拓く。

《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》

ボストン美術館の《郵便配達人ジョゼフ・ルーラン》

  • 制作:1888年8月
  • 寸法:81 cm × 65 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ボストン美術館(アメリカ)

アルル駅の郵便局長ジョセフ・ルーラン。ゴッホは「郵便配達人」と思い込んでいた。絵画を弟テオに送る際に頻繁に接し、親しい友人関係となる。

ゴッホは手紙でルーランのことを「善良で、賢く、情に厚く、誠実な人」と記している。耳切り事件のあとも、ルーラン一家はゴッホとの交流を絶やさなかった。

ルーランの肖像として最初に描かれたもので、ほぼ全身像が描かれている唯一の絵。制服の着こなしは堂々としており、左肘をついた姿勢には気品が漂う。背景の青緑と制服の深い青が響き合い、洗練された印象に仕上げている。上を向いた顎、立派な髭、優しげな眼差しには、職業への誇りと人柄の温かさがにじんでいる。

《ひまわり》

ロンドン・ナショナル・ギャラリーの《ひまわり》
  • 制作:1888年8月
  • 寸法:73×92cm
  • 所蔵:ロンドン・ナショナル・ギャラリー(イギリス)

ゴッホが生み出した史上最高の花の絵画のひとつ。

「ゴッホの《ひまわり》」といえば、ロンドン・ナショナル・ギャラリーにある一枚を指す。4番目に描かれたとされる作品だ。

花も背景も黄色で統一されており、花瓶や卓上まで含めて、すべてが淡い黄色から黄土色で満たされている。まるで光そのものを描いたかのように、単色の世界に無限の深みと輝きが広がる。

花瓶には「Vincent(ヴィンセント)」とサインが入っている。それは手紙の差出人のようであり、贈り物の名札のようでもある。つまりこの《ひまわり》は、自分のためではなく、誰かのために描かれた作品なのだ。ゴーギャンがこの絵を欲しがったが、ゴッホは決して手放さなかったという。

《パシアンス・エスカリエの肖像》

ゴッホ《パシアンス・エスカリエの肖像》

  • 制作:1888年8月
  • 寸法:69×56cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:個人蔵

ゴッホがアルル時代に描いた農夫の肖像画の傑作。

パシアンス・エスカリエ(Patience Escalier)はアルル近郊の農夫。ゴッホが憧れていた、ジャン=フランソワ・ミレーの《鍬を持つ男》をイメージして描かれた。神父のような眼差しには疲労と誇りが同居し、人生の深い歴史と達観がある。ゴッホは、単なる肖像ではなく、自然とともに生きる人間の姿を表現した。

《黄色い家》

ゴッホ《黄色い家》1888年9月

  • 制作:1888年9月
  • 寸法:76 cm × 94 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

「黄色い家」として親しまれている代表作。ただし、ゴッホ自身はタイトルを「The Street(通り)」としており、家ではなく、大通りを描いた絵。ただし、「黄色い家」のほうがチャーミングで愛嬌がある。

黄色い家は、1888年5月1日にゴッホが借りたフランスのアルルにあるラマルティーヌ広場2丁目の右角にあった4フロアの家屋。2階が有名な《アルルの寝室》。1階がキッチンとアトリエ。《ゴーギャンの椅子》も置いてあった。

この絵の本質は、家の外観でも、遠近法の巧みさでも、青空の鮮やかさでもない。

「地面の黄色」

この黄色の道は、ただの背景ではない。うねり、隆起し、生き物のように動いている。ゴッホが立ち、夢を抱き、孤独と戦ったアルルの大地そのものが、ここに在る。空が天の感情を映すように、地面はゴッホの精神を映している。

《夜のカフェ》

イェール大学美術館
  • 制作:1888年9月
  • 寸法:72.4 cm × 92.1 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:イェール大学美術館(アメリカ)

ラマルティーヌ広場2丁目の右角にあっカフェ・ド・ラ・ガール(Café de la Gare)を描いたもの。《黄色い家》と同じ建物にあり、ゴッホは毎日のように食事をした。

カフェのオーナーの夫人マリーは、《アルルの女(ジヌー夫人)》という作品のモデルとなっている。

強烈な赤と緑の対比が画面全体を支配し、場末の夜のカフェに漂う不穏さを強調している。薔薇色やワインレッドの壁は、酔客たちの意識や酒に溺れた感覚を象徴する。

誇張された遠近法と厚塗りの筆致は、室内の安定を崩し、床やテーブルが傾き、椅子や人々が滑り落ちてしまいそうな不安定さを生み出している。そこには、セザンヌの静物画の影響を思わせる視覚的なゆがみ、重力がある。

《夜のカフェテラス》

ゴッホ《夜のカフェテラス》

ゴッホの代表作の中でも、《ひまわり》《星月夜》と並び、最も人気の高い三大作品のひとつ。アルルの夜の広場を描いたもので、1888年9月16日か17日の夜に見えた星座であることがわかっている。

カフェはアルル中心部のフォーラム広場に面している「カフェ・ヴァン・ゴッホ」。1990年代初頭に絵に近付けるため黄色に塗り直されている。

ゴッホが初めて夜空を「青」で表現した作品である。「黒のない夜空」を描いたこの挑戦は、フェルメールが好んだ青と黄色の対比を受け継いでいる。

ゴッホは夜の光を浴びる。夜光浴の画家。夜の光を愛し、その先に訪れる夜明けを見ていた。手が届かない空の青、彷徨う魂を包装してくれる夜の黒、ふたつが溶け合って生まれる「夜明けの空」。これから新しい世界が始まる愛おしい時間を描いた。

《ローヌ川の星月夜》

《ローヌ川の星月夜》ゴッホのムーンパレス、天国への階段、星降るジムノペディ

  • 制作:1888年9月
  • 寸法:73cm×92cm
  • 所蔵:オルセー美術館(フランス)

左岸に広がる夜のアルルの風景。ゴッホが黒を使わずに、青とすみれ色で描いた一枚。星は黄色や金色で描かれ、水面には街のガス灯の光が反射し、静かな水の流れと対照的な光の輝きを生み出してる。

通常、画家たちは夜景を記憶に頼ってアトリエで仕上げるが、ゴッホは実際の光と色彩を観察し、夜の河岸、ガス灯の下で筆を走らせた。

ゴッホはローヌ川にムーンパレスを築き、プラネタリウムを降らせた。川面に浮かぶ光は街の灯なのか、それとも月光なのか。どちらでもなく、ゴツゴツした天国への階段。

この絵はバベルの塔であり、ペーパームーン。ローヌ川を舞台にしたロード・ムービー。恋人か夫婦か、ふたりの寄り添う男女がいる。ゴッホは愛しく恨めしく見つめる。

《アルルの寝室》

《アルルの寝室》ゴッホの夢の中へ

  • 制作:1888年10月
  • 寸法:72 cm × 90 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホが暮らしたアルルの「黄色い家」の2階の寝室。鮮やかな黄色、やさしい青、床に敷かれたバラ色。子ども部屋のような無垢な楽しさを醸し出している。家具はまるでオモチャ。黄色いベッドも椅子も、実用品というより、記憶の中にあった宝物のようだ。窓は閉じているのにか風が吹き抜けるような開放感がある。広角レンズのような構図は、空間を広げ、部屋の中に宇宙を宿す。

《ゴーギャンの椅子》

ゴッホ《ゴーギャンの椅子》

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:91 cm × 72 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホがアルルの「黄色い家」で生活をしていた頃、ポール・ゴーギャンの部屋に置かれていたアームチェアを描いたとされる作品。

家具を描くことは、日常を描くことであり、自己を描くこと。特に椅子は人格そのものを表す。B'z『いつかのメリークリスマス』でも、恋人に椅子をプレゼントした。

《ゴーギャンの椅子》は、曲線が多く、木の重厚感も強い。色調は重く沈む緑とブラウンで、ゴッホ自身よりゴーギャンの色調に近く、高貴さと頑固さを併せ持つ。この椅子のフォルムはゴーギャンの輪郭であり、複雑で屈折した人格が表現されている。

《ゴッホの椅子》

《ゴッホの椅子》

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:92 cm × 73 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ロンドン・ナショナル・ギャラリー

黄色の椅子は背景の青や床の赤茶と響き合い、明るさと寂寥を同時に生み出す。暖色の輝きに包まれながらも、そこに座る人物の不在が、孤独を際立たせている。単純な構図の中に、ゴッホが拠り所とした小さな世界、居場所が凝縮されている。

対になる《ゴーギャンの椅子》と比較すると、片や素朴で実直な椅子、片や豪奢で装飾的な椅子。それは友情と緊張、芸術観の違いを暗示する二つの肖像画でもある。椅子という無機質な対象を通して、人間そのものを描き出すという逆説的な手法に、ゴッホの洞察が光っている。

《夕陽に染まる種まく人》

ゴッホ《夕陽に染まる種まく人》1888年11月

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:32.5 cm x 40.3 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴーギャンと「黄色い家」で共同生活をしていた頃の作品で、その影響が作品にも表れている。

浮世絵の構図に、はっきりと“種”が描かれている。ゴッホにとって「実る」こと以上に大切なことは「蒔く」こと。評価されるよりも、創作し続けること。結果よりも奮闘に価値がある。

種をまく行為は、ゴッホにとって悲しみをまくことでもあり、夢や希望をまくことでもあった。その祈りのような姿勢こそが、美しい。

《赤い葡萄畑》

絵画レビュー:ゴッホ《赤い葡萄畑》

  • 制作:1888年11月
  • 寸法:75 cm × 93 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:プーシキン美術館(モスクワ)

《赤い葡萄畑》は公式の記録として残っている、唯一売れたゴッホの絵である。1890年2月、ベルギーのブリュッセルで行われた展覧会「20人会展」に出品され、ベルギーの詩人ウジェーヌ・ボックの姉で女流画家のアンナ・ボックによって400フラン(現在の20万円前後)で購入された。

赤い大地と黄金の空は、収穫に汗する人々の労働を照らし出し、夕暮れの瞬間を「生の最高潮」として描きとめる。

一日の終わりは、やがて訪れる明日への始まり。終焉と誕生が同じ光のなかで重なり合う。ゴッホは赤を塗ったのではなく、赤という「感情」を解き放った。その赤は、燃え尽きる前の生命の炎でもあり、烈しい炎の交響曲である。

《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》

ゴッホ《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》

  • 制作:1889年2月(不確定)
  • 寸法:91 cm × 71.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

郵便配達人ジョゼフ・ルーランの妻、オーギュスティーヌ・ルーラン夫人を描いた肖像画。顔のアップや赤ん坊を抱えるバージョンなど何枚もゴッホは夫人を描いた。

この絵は、ゆりかごの紐を持って手を組んでいる場面。ゴッホ自身が書簡でLa Berceuse(子守唄)と書いており、クレラー・ミュラー美術館では、絵のタイトルも《La Berceuse》としている。

慈しみの眼。笑顔はなく、口を閉じて子どもを力強く見つめている。マリア様のような聖母の眼差し。

背景の花模様が、揺りかごに合わせて、世界が優しく揺れている。背景も、子守唄を歌っている。

《坊主としての自画像》

ゴッホ《自画像》未完の肖像、濁点の祈り、ヴィンセントという名の銃声

  • 制作:1888年
  • 寸法:61×50cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ハーバード大学フォッグ美術館(米国)

パリ、アルル、サン=レミ、オーヴェル、わずか4年のフランス生活の中で、ゴッホが描いた自画像は約38点。どれもパワフルだ。しかし、この一枚だけが飛び抜けて異質であり強靭であり、そして静か。

最も違うのは、背景の色。緑青(ろくしょう)色。「超越」の緑、時間の彼方から逆流するような、愛と永遠の色。

服装は普段着。ゴッホは悟りを開こうとしていない。日常を生きている。頭を剃っている。しかし、髭は残している。無常と日常。断絶と継続。世界を二項対立に分けるのではなく、揺れ動くあいだに身を置く。その在り方こそがゴッホの哲学。

《包帯をした自画像》

ゴッホ《包帯をした自画像》

  • 制作:1889年1月
  • 寸法:60x49cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:コートールド・ギャラリー(ロンドン)

1889年1月、アルル市立病院の退院から1週間後に描いた一枚。左耳の大部分を切り落としたが、鏡に映る自分の絵を描いたため、包帯が右耳に巻かれている。

顔はやつれ、包帯が痛々しい。何かを訴えるような眼。過去の修復ではなく、傷ついた「いま」と「これから」を生き抜く決意がそこにある。

緑のコート、緑の壁、緑は、治癒の色。自らを描くことで、自らを再生する。他者に許しを乞う眼ではなく、自分自身に向けた眼差し。人生は一筆描きではない。何度でも、生まれ直せる。そんなゴッホの声が聞こえる。

《包帯をしてパイプをくわえた自画像》

ゴッホ《包帯をしてパイプをくわえた自画像》

  • 制作:1889年1月
  • 寸法:51x45cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:個人蔵

同じくアルルでの「耳切り事件」のあとに描かれたもの。眼がやさしくなり、パイプをくゆらせるのは落ち着いた証。

怒りも嘆きもない。あるのは、ただ静かに煙をくゆらす男の横顔。パイプの煙が、薄く空を撫でる。その煙は魂の換気のように、内側の混沌を昇華していく。

背景は橙と赤。炎のように、燃え上がる熱ではない。燃え尽きたあとの残照。温もりを残す色。それでも生きているという存在証明の色。

片耳を包帯で覆い、帽子を深くかぶり、やさしい眼差しは、自分を責めない。
「痛みを抱えたまま生きる」という肯定。破れた心でも、日々は続く。煙のように、ゆっくりと。そんなゴッホの再生の意思が感じられる。

日本の美術館で観られるアルル時代のゴッホ作品

《ひまわり》SOMPO美術館

  • 制作:1888年11月-12月
  • 寸法:100.5×76.5 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:SOMPO美術館

ゴッホのみならず、日本列島に存在する最高の絵画の一枚。ゴッホが7枚描いた《ひまわり》の最高傑作。SOMPO美術館の《ひまわり》は、南フランス・アルルで1888年の秋から冬にかけて描かれたとされる。現在では12月制作説が有力だが、その時期に向日葵は咲いていないため、ロンドン所蔵の作品を模写したものと考えられている。時系列では、5番目に描かれた《ひまわり》にあたる。

ヒマワリは太陽の方向を向く花。ゴッホはヒマワリを部屋に招待し、花瓶に生け、自らの眼差しと対峙させた。ゴッホにとってヒマワリは孤独の照明。

《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》ポーラ美術館

《ヴィゲラ運河にかかるグレーズ橋》ポーラ美術館

  • 制作:1888年
  • 寸法:46.8 x 51.3 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ポーラ美術館

アルルの南側のヴィゲラ運河のグレーズ橋の日常を描いたもの。有名な《アルルの跳ね橋》は、ラングロワ橋で別。アルルの跳ね橋と同じく、地面の黄金がまぶしい。黄色と青をメインに、赤や緑の補色を上手く使っている。遠くの雲が低いのが好きだ。ゴッホの子どものような喜びが伝わる。

南仏アルルで結実したゴッホの芸術

《プロヴァンスの麦束》1888年6月、クレラー・ミュラー美術館

アルルは、ゴッホにとって逃避ではなく到達点だった。パリで吸収した印象派・新印象派・ジャポニスムを、南仏の強い光の下で一気に噴出させた結果が《夜のカフェテラス》《ローヌ川の星月夜》《ひまわり》であり、地元の人々との交流はルーラン一家の一連の肖像へと結実した。そこには「日本的楽園」への憧れ、仲間と創る「南のアトリエ」の夢、働く人々に届く絵を描きたいという社会的な志が織り込まれている。

アルルは創造と崩壊が隣り合う場所であり、幸福と不安、光と闇が同時に進行する場だった。その緊張のなかで、ゴッホは色と形を“自分の言葉”に変え、唯一無二の表現に到達する。パリが「吸収と変換」の時期だとすれば、アルルは「爆発と結実」の時期である。ここで彼は、模索する画家から“ゴッホ”そのものへと生まれ変わった。

誰が観ても「ゴッホの絵」とわかる個性を爆発させる。アルルという美術の橋を渡りきった先で、ゴッホはついに“ゴッホ”になった。

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