アートの聖書

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岡本太郎『美の呪力』〜アートの始原と終焉、怒りと森と太陽のあとで

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  • 著者:岡本太郎
  • 出版社:新潮文庫
  • 発売日:2004年(単行本は1971年7月)
  • ページ数:279ページ

世の中が大阪万博のお祭りムード、見せ物気分に浮かれているなかで、《太陽の塔》という人間の深みを世に放った岡本太郎が、1年後に記した美術書。

万博の夜空に花火が打ち上がるその傍らで、岡本太郎はただひとり「祭りのあと」を見つめていた。『美の呪力』は、その瞬間に書かれた書物。熱狂が喧噪に変わり、歓声が空虚に変わるとき、アートが本来もつ「呪術性」へと読者を連れ戻す。

世の中にアート本は星の数ほどあるが、最も読むべき一冊。

岡本太郎は、色彩が煌びやかな西洋絵画に焦点を当てるのではなく、先史からメキシコや沖縄などの石を積んだだけの文化、炎、森。そこに美を見出し、「空(くう)」の豊かさ、広がりを説く。岩はなんでもない表情であるが故に、「無限」につながる。プリミティブ(原始的なもの)こそが本当の高尚な文化であることを教えてくれる。

人は死体を見て、そこに“生”を強く感じる。生者にはない、生と死の緊張が、死者の沈黙の中に宿る。岡本太郎は、それと同じように、岩という“なんでもないもの”の中に、無限の美を見いだす。原始的なものこそが、最も高貴な文化である。美とは、複雑な文脈や技巧に依存しない。むしろ、それらを拒絶し、素朴さとともに息づく。

ピンと来なければ、宮﨑駿の映画『もののけ姫』を思い浮かべるとよい。森で生きる者は野蛮と思われがちだが、それは違う。森の深みは迷宮であり、足を踏み入れれば、恐ろしい獣や精霊が宿っており、自らの運命は予測できない。悪霊を振り払い、獣を倒すには、緊密な共同体と結合が不可欠。森で生きる戦士ほど「絆」で結ばれている。そこで生まれる芸術や文化は、ただ見た目が派手なアートとは違う力が宿っている。

「怒りは宇宙に透明に広がる情熱、エネルギーである」と語る岡本太郎のピカソ《ゲルニカ》についての洞察は鮮やかだ。

今世紀における「怒り」の最高の表現として、私はピカソの《ゲルニカ》をあげたい。《ゲルニカ》で西欧絵画の伝統は終止符を打った、そう思うくらい、私は、この絵の意味を評価する。

ナチスの無差別爆撃のモチーフとか、スペイン戦争などということをまったく考えなくても、一つの絵画として、完璧な存在として爆発している。絵でありながら、その枠を超えて、外に向かってふき出る気配だ。

ピカソの作品はあくまでも激しいと同時に冷たく、微妙な計算の上で炸裂している。そこに同時に遊びがあるのだ。あの冷酷・残虐な猛牛は、ピカソ自身の像のような気もする。そこに高次の遊びの表情がある。

『美の呪力』では、岡本太郎は、演技論も展開している。

私に言わせれば、なりきってしまうのは下司な職人であって、本当に神秘的な演技者ではないと思う。明らかに自分が演じている人間と自分との距離を計りながら、その間に交流する異様な波動を身に感得しながら、遊ぶ。それ自体が本当に生きることであり、演技することである。表情であり、芸術であり、空間を制圧することである。

『美の呪力』は、世の中の常識に対するアンチテーゼとして論じられる。例えば「怒り」について。本来、人間の怒りとは、何かに対するリアクションと考えられがちだが、岡本太郎は、最初から透明な怒りが存在すると説く。

そして、旭日から世界が目覚めると考えられるが、岡本太郎は、一日の終わり、夜にこそ本当の1日の始まりがあると説く。

最後に、岡本太郎は「あやとり」について触れる。「絵」とは、もともと「糸で模様を“会わせた”もの」、つまり「刺繍」や「織物の模様」から来た言葉だった。「画」は筆で区画を描く。線、設計、構成を表す。「絵」は色や装飾のある「美」的な表現、「画」は線や構成に注目した「描写・設計」の概念。合わさって「絵画」になる。

この本で最も凄いのは、石に対する考え方だ。ギリシア神話の「シジフォスの岩(シーシュポスの岩)」の永遠に続く苦行に対し、世間は「徒労や無駄骨折の象徴」として使う。ティツィアーノなど画家たちの平凡な絵画も、岩を担ぎ山頂を目指すシーンを描く。しかし、岡本太郎は違う。せっかく運んだ岩を神によって麓に落とされ、再び岩を取りに行く下山にこそ、シジフォスの意味があると言う。

下山の時間こそ、神が介在しない、神を追い出した時間。最も自由を勝ち取った時間。運命はシジフォスのものであり、岩はシジフォス自身。そこにシジフォスの無言の喜びがある。これは登山の本質が登頂ではなく、下山にあることを言い当てている。

絵画に限らず、我々が日常の中で目にしているもの、何気なく当たり前に流れているもの。それらが果たして本質なのか。『美の呪力』は、見ることの革命であり、生きることの再出発である。

岡本太郎はいう。自分の作品を解って欲しくない。解られることなんて卑しい。絶対的な爆発でありたい。

 

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