
- 仏題:Champ de blé aux corbeaux
- 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
- 別題:カラスの群れ飛ぶ麦畑
- 制作:1890年7月
- 寸法:50 cm × 103 cm
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
ゴッホで最も有名な一枚。理由は絶筆と誤解されているから。1908年のドイツでのゴッホ展で遺作として紹介された。1956年カーク・ダグラス主演の映画『炎の人ゴッホ』で、この絵を描きあげた直後の銃声シーンが有名(見事)すぎる。実際は7月上旬、死の20日以上前には完成していた。
題名も「カラスのいる麦畑」「カラスの群れ飛ぶ麦畑」で定着しているが、この鳥がカラスじゃない可能性が高い。ゴッホが夕陽や夕暮れに翔ぶ渡り鳥(雁の群れ)のシルエットを描いた可能性が高く、遺族は正式なタイトルを《黒い鳥のいる麦畑》としている。

鳥に詳しい友人によると、渡り鳥は、長距離を飛ぶために翼が長く、後ろから見るとМ字に見える。逆にカラスは翼が短めだからМ字には見えない。

ゴッホがオランダ時代に描いた鳥は翼が短く、整列して飛んでいないので、カラスだと思われる。
友人は《黒い鳥のいる麦畑》を、不吉な絵ではなく、「未来への旅立ち」であると解釈している。
ゴッホ美術館の《黒い鳥のいる麦畑》

2025年4月23日、ゴッホ美術館では常設展ではなく、なぜか「アンゼルム・キーファー展」に紛れ込んで展示されていた。当初、企画展は見る予定がなかったので、偶然が奇跡に変わった。
絵と対峙した瞬間、抱いていた「死」や不吉な匂いはなく、まばゆいばかりの黄金の麦畑に圧倒された。そこにあったのは、生命の輝き。ピュアゴールドというカラー名がふさわしく、金色の麦が風にそよぎ、うねる大地の律動が押し寄せる。
空に舞う黒い鳥や、暗く染まりつつある空も、不吉ではない。その闇は、光を際立たせる背景。夜明けに向かって翔んでいる。
《ひまわり》を彷彿とさせる光が、この麦畑にも宿っている。
ゴッホは、空と麦畑が出会う場所で無限を求めた。なぜ、そこまで麦畑を愛したのか。ひとつは黄金。お金や名誉の象徴であると同時に、ゴッホが最後まで手にできなかった“生きる希望”でもある。
そして、ゴッホは麦畑という大地に人間を重ねた。
種をまき、麦が芽吹き、成長し、収穫し、また種が蒔かれる。土に還り、地上に芽を出す。輪廻を繰り返す人生そのもの。ゴッホは麦畑の黄金に、無限と永遠を見出した。
黒い鳥のいる麦畑は、死の予兆を描いたのではなく、生まれ変わりを描いている。
ゴッホが数多く描いてきた「麦畑」のシリーズの最高傑作。

長野県の下諏訪にあるハーモ美術館では、この絵のタペストリーが壁にある。
ゴッホが描いた多くの《麦畑》
麦はゴッホにとって、主食だったパンを形成してくれる命の源。麦畑の物語は、ゴッホそのものの物語。麦の運命は自分で決めることができない。人に委ねられ、人に食べられる。思い通りにならない運命に、ゴッホは自分を重ねたのかもしれない。
ゴッホ美術館の《麦畑》
《収穫》1888年6月

アルルで描いた一枚。『ゴッホとゴーギャン展』で来日した。ゴッホにしてはディテールまで描いている。弟テオの妻ヨハンナが気に入り、ピアノの上に飾っていた。
ゴッホは「土に根ざし、空を仰いだ画家」だった。
《刈り入れをする人のいる麦畑》1888年9月

黄金の海で、農夫が泳いでいるような力強さ。徐々に右肩上がりの構図になっており、労働者の前途を照らしている。この絵は2016年、『ゴッホとゴーギャン展』で来日した。岡本太郎は著書『美の呪力』の中で次のように記述している。
アルピーユの平原にぎらぎらと太陽は輝いているが、なんというこの重苦しさ。
《荒れ模様の空の麦畑》1890年7月

ゴッホにしては珍しく、麦畑が緑。縦50センチ・横100センチの横長の画面は、最晩年の最高傑作《ドービニーの庭》と同様、この時期の特徴。
画面のほとんどを占めるのは、深く広がる青空。雲は大きく、風は強く、色彩は静かに荒れている。描かれたのはオーヴェルの地。しかし、この風景にはオランダの空気が漂っている。ゴッホが人生の終わりに見ていたのは、遠く離れた「故郷」だったのかもしれない。心はいつも、帰る場所を探している。
クレラー・ミュラー美術館の《麦畑》
《プロヴァンスの麦束》1888年6月

アルル時代の一枚。モネの《積みわら》を思わせるが、さらに力強さがある。農民たちの労働を黄金が祝福している。
《刈り入れをする人のいる麦畑と太陽》1888年9月

ゴッホ美術館の一枚を、さらに黄金で染めている。正真正銘のピュアゴールド。塗られた色が変わるだけで、今度は落陽に見える。陽光は風景を単純化し、そして荘厳にする。ゴッホの「STAY GOLD」というメッセージが聞こえる。
《日の出の春 小麦畑》1889年5月

サン=ポール・ド・モーゾール精神病院の2階の窓から見た眺め。畑の手前にはポピーとヒナギクが咲き、奥には静かな丘と建物。開放感と閉塞感が同居する、不思議な画面構成。自由に外へ出て写生できれば、もっと軽やかに描いた。だが、不自由の中にこそ、創造の自由がある。風景は、閉ざされた空間の中でこそ、力強く呼吸する。この一枚があったからこそ、数々の《麦畑》の傑作へと繋がっていく。
アムステルダム国立美術館、ゴッホ《麦畑》1888年6月

アルル時代に描いた一枚。麦畑の奥にアルピーニュ山脈が広がる。ゴッホは黄と黄金を使い分ける。麦畑を使うとき、ゴッホの黄は黄金になる。ゴッホの歓びが伝わる。ゴッホにとって麦畑は太陽なのだ。この絵は、2019年に上野に来日した。
ゴッホの《種まく人》
ゴッホいちまいの絵
ゴッホに逢える日本の美術館
《ひまわり》
《ドービニーの庭》
《ばら》
《座る農婦》
過去のゴッホ展
ゴッホに逢えるオランダの美術館
《自画像》や《麦畑》
原田マハの本
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