アートの聖書

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パウル・クレー《死と炎》〜死神がコーヒーを飲んでいる

パウル・クレー《死と炎》

  • 原題:Tod und Feuer
  • 作者:パウル・クレー
  • 制作:1940年
  • 寸法:46×44cm
  • 技法:油彩、糊絵具、黄麻布
  • 所蔵:パウル・クレー・センター(スイス)

スイスの抽象画家パウル・クレーが亡くなった年、死の2ヶ月前に60歳前後に描かれた一枚。真ん中の人物の顔の中には、ドイツで「死」を意味する「Tod」の文字が描かれている。

漫画『ゼロ THE MAN OF THE CREATION』の38巻246話「Tod und Feuer」に登場し、最初は死と破滅の象徴であり、「パール・ハーバー(真珠湾攻撃)」を予見して描いたという見方で紹介される。

主人公のゼロは「この絵は肉体の死を表すとともに、左上の円は、滅びない魂の炎を表す。死は終わりではなく、完全なる魂と自然との一体化を描いた」と私見を述べた。

 

絵画レビュー:死は騒がない。火だけが残る

一見すると、落書きみたいだ。火の色の背景に、線で描かれた顔。丸い目、歪んだ口、棒人間のような何か。正直に言えば、最初はちょっと拍子抜けする。

だが、数秒見つめていると、じわじわと異変が起きる。この絵、笑っているのに、全然楽しくない。むしろ、こちらを見透かしてくる。

《死と炎》は、怖がらせに来ない。脅しもしない。ただ、こう言ってくる。

「ほら、ここにいるよ。ずっと前から」

中央の顔は、骸骨のようでもあり、生き物のようでもある。目は虚ろなのに、意識がある。口は歪んでいるのに、何かを言いかけている。

この中途半端さが不気味だ。完全な死でもない。完全な生でもない。“その境目”にいる顔なのだ。

背景の赤は、血でも地獄でもない。もっと曖昧な色だ。体温の残った赤。燃え尽きる直前の赤。炎というより、最後のぬくもりに近い。

よく見ると、この絵には記号のような形が散らばっている。円、棒、十字、火のような突起。意味ありげなのに、説明してくれない。

クレーはここで、死を物語にしていない。英雄の死でも、悲劇の死でもない。もっと個人的で、もっと日常的なものとして置いている。

たとえば、夜ふと考えてしまうやつだ。

「いつか終わるんだよな」「今、ちゃんと生きてるのかな」

あの感覚に、この絵はよく似ている。

怖いはずなのに、なぜか目をそらせない。グロテスクなのに、妙にユーモラス。深刻なのに、ちょっと間抜け。それはたぶん、死が本当はそういう存在だからだ。

死は、いつも大げさじゃない。ある日突然、隣に座る。コーヒーを飲みながら、変な顔で笑っている。

「まだ大丈夫。でも、忘れないでね」

《死と炎》は、人生のラストを描いた絵ではない。人生のすぐ隣に、死が普通にいることを描いた絵だ。

だからこの絵は、暗くない。むしろ、少しあたたかい。死を遠ざけるのではなく、怖がるのでもなく、正面から見て、こう言う。

「まあ、そういうもんだよね」

クレーは、死を恐怖の王様にはしなかった。ちょっと不器用で、ちょっと寂しそうで、どこか笑っている“隣人”にした。

この絵を見終えたあと、世界が急に優しく見えるわけでも、人生がうまくいくわけでもない。でも、ひとつだけ確かなことがある。

生きている今の時間が、少しだけ濃くなる。

《死と炎》は、終わりの絵ではない。生きている側のこちらに、そっと火を渡してくる絵なのだ。

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