
- 原題:Stilleven rond een bord met uien
- 英題:Still Life with a Plate of Onions
- 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
- 制作:1889年1年
- 寸法:49.5 × 64.4 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
1889年、サン=レミの療養から退院した直後に描いた静物画。弟のテオに、「再び絵を描くことに慣れる」つもりだと手紙に書いて完成させた。
玉ねぎ、パイプ、蝋燭、コーヒー、アブサンの瓶。本はフランソワ=ヴァンサン・ラスパイユの医学書『健康年鑑-家庭での医学と調剤」
目線の一番近くにあるのは手紙。これから送るのか、届いたものなのか。おそらく相手はテオだろう。普通、ロウソクの光ではこんなに明るくならない。部屋を照らしているのは弟の存在。いつもゴッホの心にはテオがいる。
ゴッホにとっての静物画とは、単に練習の素材でも商品でもなく、遠く離れたテオと心を通わせるラブレターだったのだ。

この絵は、2023年に、新宿のSOMPO美術館で開催された『ゴッホと静物画ー伝統から革新へ』で来日した。
日本でも人気がある作品であり、スープ専門店「Soup Stock Tokyo」では、この絵から着想を得た『ゴッホの玉葱のスープ』を提供している。
「玉葱の絵を描いたゴッホはどんなスープを食べていたのだろう?」という空想から生まれたもの。じっくり炒めた玉葱を使い、パンを加えてとろみをつけたオニオングラタン風のスープ。YouTubeのロケで、木村拓哉が惹かれて注文した。
絵画レビュー:ゴッホの一番リアルな夜、ギリギリの日常が、名画になった日

ゴッホの《皿とタマネギのある静物》は、静物画というジャンルの皮をかぶった、生活ドキュメンタリーの急所みたいな絵だ。花もない。果物も誇らない。あるのは、タマネギ、皿、瓶、パイプ、本、手紙、ろうそく。どれも地味で、どれも切実だ。
まずタマネギ。主役にしては、あまりにも庶民的。切れば泣けるし、保存も効くし、料理の脇役代表みたいな存在だ。だがゴッホは、このタマネギを堂々と皿の中央に置く。しかも、土の匂いがまだ残っていそうな姿で。これは「貧しさの象徴」ではない。「今日も生き延びた証拠」だ。
テーブルの上は、妙に忙しい。酒のボトル、消えかけのろうそく、本、手紙、パイプ。誰かが席を立った直後の机だ。整えられていない。美しく配置されてもいない。でも、その散らかり方がリアルすぎる。ここには「ポーズ」がない。ゴッホは、目で見るものだけでなく、生活のリズムそのものを塗っている。
それこそが絵のエンジンだ。ゴッホは「丁寧に暮らしている自分」を演出しない。むしろ逆で、「ギリギリで回っている日常」を、正直すぎるほど正直にさらしている。
重要なのは、この絵が暗くないことだ。貧しい。孤独。体調も最悪。状況はハードだ。でも、絶望の色では塗っていない。タマネギはちゃんと瑞々しいし、ワインはまだ残っている。ろうそくは、まだ燃えている。これは、「終わりの静物」ではなく、「続いていく生活の静物」なのだ。
豪華な食卓を描かない。成功も描かない。その代わりに、「今日をなんとかやり過ごした机」を描く。だからこそ、やたらと刺さる。これは19世紀の画家の机であり、同時に、現代の誰かの夜の机でもある。
《皿とタマネギのある静物》は、癒しの絵ではない。でも、励ましの絵だ。
「こんな日でも、ちゃんと描いていい」
「こんな生活でも、生きている価値はある」
ゴッホは、そう言い切る代わりに、タマネギを一皿、置いてみせた。
それだけで十分だ、と言わんばかりに。
空前絶後のアート本、登場!

ゴッホの最高傑作も登場!美術館に行く前に読むと、絵の見方が180度変わります。『アートは燃えているか、』は、図版なしで名画をめぐる“言葉の美術館”です。ゴッホの最高傑作も、この本の中で決定します!絵を観る天才が何を語るのか、その眼で確かめてください。
→ 書籍の詳細を見る [アートは燃えているか、]
ゴッホの花の傑作選
ゴッホの自画像
ゴッホと浮世絵
ゴッホのオランダ時代
ゴッホのベルギー時代
ゴッホのパリ時代
ゴッホのアルル時代
ゴッホ展
ゴッホの画業と炎の伝説
ゴッホの画業と代表作
フェルメールの画業と全作品解説
ピカソの傑作絵画と画業
藤田嗣治の傑作絵画
クリムトの生涯と代表作
ジョルジュ・スーラの傑作絵画
日本のおすすめ美術館
東京のおすすめ美術館
神奈川のおすすめ美術館
関東おすすめ美術館
オランダおすすめ美術館
妄想ミュージアム『エヴェレスト美術館』