
- 原題:La Bohemienne endormie
- 英題:The Sleeping Gypsy
- 作者:アンリ・ルソー
- 制作:1897年
- 寸法:129.5 x 200.7 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵: ニューヨーク近代美術館
不毛の砂漠にジプシーの黒人女性が杖を持ちながら寝ている。そこに一匹のライオンが通りかかる不思議な絵画。砂漠にライオンがいるという非現実のアイデアは、ルソーが敬愛していた画家ジャン=レオン・ジェロームの《砂漠のライオン》をモチーフにしている。

ルソーは1898年に《眠るジプシー女》を買ってもらおうと、故郷ラヴァルの市長に手紙を送ったが、拒絶された。そのときの手紙が現在も残っている。
マンドリンを弾きながら放浪する黒人女が傍らに壷を置き、疲れ果てて深い眠りについています。1匹のライオンがさまよって来て匂いを嗅ぎますが、食べようとはしません。月明かりはとても詩的な雰囲気です。そしてこの情景はまったく乾燥した砂漠で起きており、ジプシーは中近東風の衣装を身に着けています。
《眠るジプシー女》は1897年の第13回アンデパンダン展にも出展されたが、誰も購入しなかった。その後、1923年にパリの配管工の作業場で発見された。1939年に、ニューヨーク近代美術館の所蔵となった。現代では世界の名画100にも入る大傑作。どれほどの価値がつくのか計り知れない。

1967年にはライオンがジプシー女を食べた場面を横尾忠則がパロディ化している。
絵画レビュー:アンリ・ルソー《眠るジプシー女》

アンリ・ルソー最高傑作。
眠る女性と野獣の共存は、現実ではあり得ないのに、月夜と砂漠が織りなす場では自然に成立してしまう。この絵の主役はジプシー女の極彩色の衣でもライオンの光る瞳でもなく、両者を包み込む「月夜と砂漠」だからである。
砂漠は人を孤独にする空虚な広がりを持ちながら、月の光はその孤独をやさしく包み込む。荒涼とした場所でありながら、決して冷酷ではなく、静かに見守る存在へと変わる。
月と砂漠は、どちらも人間の意志に従わないもの。そこには制御不能な自然と宇宙の沈黙があり、動物の存在など小さい。月夜と砂漠のスケール、その沈黙は威圧ではなく「人間を受け入れる大きな無関心」である。その無関心の沈黙に、人間も動物も自らの小ささと同時に、不思議な安らぎを見出す。
現実ではあり得ないはずの共存(眠る人間と野獣)が、この月夜の下では違和感なく成立する。月と砂漠は、夢と現実をグラデーションにする宇宙からのメッセージである。
この絵画は「ムーン・リバー」と呼ぶにふさわしい。月の光は川のように静かに流れ、砂漠という大地の器を満たしながら、眠る者と野獣をひとつに抱きとめている。月の河とは、夢と現実を結ぶ見えない水脈である。
月の河によって、孤独はやさしく洗われ、荒涼は静かな音楽へと変わる。ルソーの絵はその河を可視化した。だからこそ、観る者はそこに「夢の中の安らぎ」を感じ取るのだ。
もうひとつのレビュー
砂漠の夜は、こんなにも静かなのに、こんなにも物語に満ちている。
《眠るジプシー女》は、一見すると「何も起きていない絵」だ。月明かりの下、旅の女が眠り、そばにはマンドリン、水差し、遠くに山、そして一頭のライオン。誰も叫ばず、誰も逃げず、誰も戦わない。なのに、この絵は異様な緊張感で満ちている。
まず、状況が意味不明だ。ライオンがいる。しかもかなり近い。普通なら、次の瞬間は悲劇だ。しかし、このライオン、襲わない。牙を剥かない。吠えもしない。ただ、そっと横目でチラ見している。女は深く眠っている。警戒ゼロ。旅の途中で、楽器を抱え、砂漠に横たわり、そのまま夢の世界に落ちている。無防備すぎる。
なのに、世界が彼女を守っている。
ルソーは、「危険な構図」を「おとぎ話の安心感」に変えてしまう。このライオンは猛獣ではない。番犬のようでもあり、夢の中の守護霊のようでもある。女が見ている夢の一部なのか、月が見せた幻なのか、その境界線が曖昧だ。
女の着ている縞模様の衣装がまたいい。夢の中でしかありえないほどカラフルで、現実感がない。これは「現実の旅人」ではなく、「物語の旅人」だ。彼女はどこから来て、どこへ行くのか。その答えはどうでもいい。
これは「ライオンが優しい」のではない。「世界が、眠る者に対して優しい」という幻想を描いているのだ。
起きている間、世界は厳しい。警戒し、疑い、戦わなければならない。でも、眠ってしまえば、そのルールから一時的に解放される。理性が眠り、恐怖が眠り、世界との境界線が溶ける。そのとき、猛獣ですら敵ではなくなる。
《眠るジプシー女》は、危険と安らぎが同時に成立する、不可能な夜の物語だ。何も起きない。だからこそ、永遠に見ていられる。この絵は問いかけてくる。
「世界が一番優しくなるのは、いつだと思う?」
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