アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

《アルルの寝室》ゴッホの眠れぬ夢の部屋、記憶の中のオモチャ箱

《アルルの寝室》ゴッホの夢の中へ

  • 原題:La Chambre à Arles(フランス語)
  • 蘭題:Slaapkamer te Arles
  • 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
  • 別題:ファン・ゴッホの寝室、ゴッホの寝室、アルルの部屋
  • 制作:1888年10月
  • 寸法:72 cm × 90 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

ゴッホが暮らしたアルルの「黄色い家」の2階の寝室。ふと気づけば、自分自身の夢の中を歩いているような感覚に誘われる。幼き日に戻ったかのような郷愁と好奇心。一面に影がなく、この絵は現実よりも、色彩でできた夢である。

鮮やかな黄色、やさしい青、床に敷かれたバラ色。子ども部屋のような無垢な楽しさを醸し出している。家具はまるでオモチャ。黄色いベッドも椅子も、実用品というより、記憶の中にあった宝物のようだ。窓は閉じているのにか風が吹き抜けるような開放感がある。広角レンズのような構図は、空間を広げ、部屋の中に宇宙を宿す。

そして、ゴッホが描いた《アルルの寝室》は、単なる内装画ではない。この絵は2つの対称で構成されている。2つの扉、2つの肖像画、2つの枕、2つの椅子、2つの窓ガラス、2つの水差し。ひとり部屋だが、誰かもう一人の到着を待っているようだ。

その相手は、おそらくポール・ゴーギャン。この場所には、ゴッホの淡い期待感が充満している。眠るための場所ではなく「待つ舞台」。なんて楽しく、なんて愛おしく、なんて儚い寝室なのか。

ゴッホ美術館の、この絵の前を通ると、笑顔が弾け、そして仄かな微笑みを浮かべる。

 

3つの《アルルの寝室》を比較

《アルルの寝室》は1枚ではなく、3つのバージョンが存在する。

  • 第1作(1888年):ゴッホ美術館蔵。ゴッホ自身が最も大切にしたオリジナル。

  • 第2作(1889年):シカゴ美術館蔵。アルルでのオリジナルが水害により損傷したため、サン=レミ療養院で描き直された。

  • 第3作(1889年):パリのオルセー美術館蔵。家族のために描かれた縮小版。

3点を比較すると、色彩の鮮やかさや筆致の勢いに微妙な違いが見られ、ゴッホの精神状態や環境の変化が反映されていることがわかる。ゴッホは手紙の中で「安らぎを表現するための色彩」と記している。

この寝室は現代でも再現展示やVR体験として登場し、観客が「ゴッホの部屋に入る」感覚を味わえる企画が人気を呼んでいる。ポスターやグッズとしても広まり、美術館を超えて大衆文化の中に浸透している。

シカゴ美術館の《アルルの寝室》

シカゴ美術館の《アルルの寝室》

  • 制作:1889年9月
  • 寸法:74 cm × 92 cm
  • 所蔵:シカゴ美術館(アメリカ)

最初の絵から1年後、サン=レミの療養所で描かれた。この時期にゴッホは最高傑作を生み出しているが、《アルルの寝室》に関しては前作のほうが圧倒的に良い。部屋は使い込んだ痕が見られ、幽霊でも出そうな空気。

ゴッホがショートスリーパーだったのか、ナイトホークス(夜更かし)だったのか知らないが、夜行性の画家であったことは間違いない。実際の寝室は、散らかって掃除が追いつかなかっただろう。絵の練習のために描いたのか、リアリティあるデッサンのようだ。ちなみに、左の扉がゴーギャンの部屋に繋がっていたようだ。

オルセー美術館の《アルルの寝室》

オルセー美術館の《アルルの寝室》

  • 制作:1889年9月
  • 寸法:57.5 cm × 74 cm
  • 所蔵:オルセー美術館(フランス)

3枚目の《アルルの寝室》にして、最も有名な《アルルの寝室》。現在、《アルルの寝室》というと、このオルセー美術館の一枚が紹介される。2枚目ほど暗くはなく、色も使い分けられ、厚塗りの必食。対象物もハッキリ描かれているから分かりやすい。

床が少し茶色になり、壁の肖像画がハッキリ描かれている。ゴッホの自画像と妹ヴィル。これもサン=レミの療養院で描かれ、母親に贈るために一枚目を描き直した。一度、実物を観てみたい。

本来この絵は、国立西洋美術館の創設者・松方幸次郎が購入したが、第二次世界大戦の戦後賠償でフランス国有にされた悲劇の歴史がある。

『美しき愚かものたちのタブロー』原田マハ〜おすすめアート本

原田マハの小説『美しき愚かものたちのタブロー』で詳しく描かれている。涙が出そうになるほど素晴らしい本なので、ぜひ一読してもらいたい。

《アルルの寝室》がある《黄色い家》

ゴッホ《黄色い家》1888年9月

  • 原題:The Street(The Yellow House)
  • 制作:1888年9月
  • 寸法:76 cm × 94 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)

黄色い家は、1888年5月1日にゴッホが借りたフランスのアルルにあるラマルティーヌ広場2丁目の右角にあった4フロアの家屋。

家賃は月に15フランで、中古家具屋からベッド、椅子、テーブル、鏡などをテオが購入。10月からはゴーギャンも9週間だけ住んだ。

第二次世界大戦中の爆撃で破壊され、現在は残っていない。現地にはその痕跡を伝える記念碑やプレートが設置されている。

《ゴッホの椅子》

ゴッホ《ゴッホの椅子》

  • 原題:Van Gogh's Chair(英語)
  • 制作:1888年11月
  • 寸法:92 cm × 73 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ロンドン・ナショナル・ギャラリー(イギリス)

有名な《ゴッホの椅子》は、アルルの寝室ではなく、1階のリビングにあったもの。

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