アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

ムンク《叫び》〜死神、恋に散る。ハート型地獄で泣く夜の寓話

ムンク《叫び》

  • 原題:Skrik(ノルウェー語)
  • 英題:The Scream
  • 作者:エドヴァルド・ムンク
  • 制作:1893年
  • 寸法:91 cm × 73.5 cm
  • 技法:油彩
  • 所蔵: オスロ国立美術館(ノルウェー)

モナ・リザ》に次いで世界で最も有名な絵画。ムンク29歳の傑作。

ノルウェーの首都にあるオスロ国立美術館が所蔵。

《叫び》は全部で5枚あり、最初に描かれた油彩画が有名。ムンクはこのときの体験を日記に記している。

私は2人の友人と歩道を歩いていた。太陽は沈みかけていた。突然、空が血の赤色に変わった。私は立ち止まり、酷い疲れを感じて柵に寄り掛かった。それは炎の舌と血とが青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、戦っていた。そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聴いた。

絵画レビュー:ムンク《叫び》

真っ直ぐに伸びる橋の上を、スーツを着た男がゆっくりと歩いてくる。男たちはこの世界で成功した「勝者」。銀行に勤め、物価上昇率と金利の話が得意で、健康的な日々を過ごしている。

その背後で、世界がぐにゃりと溶けている。空は赤く波打ち、三途の川は愛のメビウス。よく見ると水の流れは、ハートの形を描いている。それは、愛の残骸。

中央に立つバイキング小峠英二のような人物は死神である。長年、人の魂を刈り続けてきたプロフェッショナル。だがある日、人間の女性に恋をしてしまった。しかし、彼女は冷たく言い放つ。

「あなたの愛は…市場価値が足りない」

なんて日だ!その言葉は、鎌よりも鋭かった。

死神が、人間の凡庸な欲望と経済合理性に敗れた。スーツの男が選ばれ、死神はフラれる。この世は恋すらも通貨で測る冷たい市場と化し、神的な存在は価値を持たない。

「この世はなんてしょっぱいんだ」

恋に破れ、人間の女に恋をしてしまった自分の価値に懐疑を抱く。死神の背後ではオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』が流れている。

愛に負けるのは、人間だけではない。神もまた、愛で堕ちる。

この絵は、叫びでも、叫びに耳を塞ぐのでもなく、叫ぶことすらできない死神の悲哀。

人間は弱い。だから絶望から立ち直ることができる。

死神は強い。だから絶望から立ち直ることができない。

もう一つのレビュー

世界でいちばん有名な悲鳴は、音がしない。

灼けたオレンジの空が波の形でうねり、橋の板までビリビリ振動する。黒い人影は耳をふさぐけれど、止まらない。叫んでいるのは人物じゃない。空だ。大地だ。水面だ。世界まるごとがサイレンになって、胸の内側を直撃する。

顔はどこの誰でもない、骸骨みたいな共通パス。「不安」という名の電流を通す導線だ。後ろのふたりは平然と歩いていく。わかってもらえない感じが、不安をさらに増幅する。孤独はエコー装置だ。

画面の端の赤は、非常ベルの縁取り。青黒い湾は飲み込む口、橋は逃げ場のない滑走路。ぐにゃりと曲がる線は、音の可視化。心拍のグラフみたいに、見る者の鼓動を勝手に記録していく。

ムンクは、表情より“揺れ”を描いた。恐怖でも、失恋でも、明日のメールでもいい。理由は各自持参でOK。この絵は受信機だ。だから私たちは立ち止まる。いま聞こえたのは、あなたの中の叫びかもしれない。

その他のムンク《叫び》

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2018年10月から東京都美術館で開催された『ムンク展』にはムンク美術館のテンペラ画が来日した。いつか、油彩画の最高傑作はノルウェーを訪れて観たい。

1983年の《叫び》

  • 制作:1893年
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵: ムンク美術館(ノルウェー)

1895年の《叫び》

  • 制作:1895年
  • 技法:リトグラフ
  • 所蔵: 不明

1895年の《叫び》

  • 制作:1895年
  • 技法:パステル画
  • 所蔵:個人蔵

1910年の《叫び》

ムンク《叫び》

  • 制作:1910年
  • 技法:テンペラ画
  • 寸法:83.5×66.0 cm
  • 所蔵:個人蔵

2018年のムンク展で来日した一枚。

ムンク《絶望》

  • 英題:Sick Mood at Sunset. Despair
  • 制作:1892年
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 寸法:83.5×66.0 cm
  • 所蔵:ティール・ギャラリー(スウェーデン)

ムンクが《叫び》を描く前年に制作した《絶望》で、これをムンク自身は《叫び》の第1作としている。女にフラれた哀愁が滲みでいる。

制作の背景 ― ムンクの体験と精神状態

ムンクは幼い頃から病と死に直面していた。母を結核で亡くし、姉も早くに病死するなど、家族の死は彼の人生に深い影を落とした。彼自身も体が弱く、精神的な不安を抱えていた。

ムンクの日記には《叫び》の発想となった体験が記されている。ある日の夕暮れ、友人と歩いていると「血のように赤い空」に包まれ、自然そのものが悲鳴をあげているように感じたという。この強烈な体験が作品に反映された。

その表現は単なる風景画や肖像画ではなく、内面の不安や存在の恐怖を描き出す試みだった。ムンクはこれを通じて人間の心理を芸術で表す新しい道を切り開き、表現主義の先駆者と見なされるようになった。

ムンク《叫び》にまつわる事件と修復

ムンク《叫び》はその名声ゆえに、幾度も盗難に遭った。1994年、リレハンメル冬季オリンピック開催中にオスロ国立美術館から盗まれ、世界中の注目を集めた。このときは数か月後に無事発見され、美術館へ戻された。

さらに2004年には、ムンク美術館に展示されていた別の《叫び》が武装強盗によって奪われた。この事件では同じく代表作《マドンナ》も一緒に盗まれ、世界的な大ニュースとなった。数年後に作品は回収されたが、損傷が大きく修復には長い時間がかかった。

修復作業ののち、作品は再び一般公開され、今日に至っている。こうした波乱の歴史そのものも、《叫び》が人々を強く惹きつける理由の一つになっている。

現代文化に広がるムンク《叫び》

ムンク《叫び》は美術館の枠を超えて現代文化に浸透している。特に「😱」の絵文字は、この作品を元にした表現として世界中で使われており、デジタル時代のコミュニケーションに影響を与えている。

また広告や映画の中でも繰り返し引用され、人間の不安や恐怖を象徴するイメージとして使われてきた。パロディ作品も数多く生まれ、マンガやグッズ、インターネットミームの題材として親しまれている。

このように《叫び》は芸術作品にとどまらず、社会や大衆文化の中で常に新しい形で再生産され続けている。

《叫び》が人々を惹きつけ続ける理由

《叫び》が多くの人々を惹きつけてやまない理由は、いくつもの要素が重なり合っているからだ。まず技法の面では、強烈な色彩と歪んだ線が感情を直接的に表現し、鑑賞者の視覚に強い衝撃を与える。心理的には、不安や恐怖など普遍的な人間の感情として描かれており、誰もが共感できる「内なる叫び」を呼び起こす。

さらに、この作品はたびたび盗難事件や修復のニュースで世間を騒がせ、そのたびに注目を浴びてきた。歴史的事件そのものが、作品の知名度と神秘性を高める要因となっている。

そして現代では、絵文字や広告、パロディといった大衆文化の中で再解釈され、芸術に詳しくない人にとっても身近な存在となっている。《叫び》は単なる絵画ではなく、社会全体で共有される「不安の象徴」となり続けているのだ。

こうした背景が重なり、《叫び》は時代を超えて人々の心を揺さぶり続ける普遍的なイメージとなっている。

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