アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

ゴッホ《坊主としての自画像》未完の肖像、濁点の祈り、ヴィンセントという名の銃声

ゴッホ《坊主としての自画像》

  • 英題:Self-Portrait (Dedicated to Paul Gauguin)
  • 邦題:坊主としての自画像
  • 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
  • 制作:1888年
  • 寸法:61×50cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:ハーバード大学フォッグ美術館(米国)

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。VVG、濁点だらけ、戦うために生まれてきたような名である。

ヴィンセントは「勝利」を意味し、ヴァンは「〜の」という接続詞、ゴッホは「ゴッホ村」

人名なのに、どこか銃声に聞こえる響き。誰を撃ち抜いたのか。その響きは「戦い」よりも「祈り」に近く、「破壊」よりも「再生」

濁点に宿る「闘い」と「愛」、そして光。すべてが一枚の肖像に結ばれる。それがアルル時代に描いた《坊主としての自画像》

ゴッホ《自画像》未完の肖像、濁点の祈り、ヴィンセントという名の銃声

パリ、アルル、サン=レミ、オーヴェル、わずか4年のフランス生活の中で、ゴッホが描いた自画像は約38点。どれもパワフルだ。しかし、この一枚だけが飛び抜けて異質であり強靭であり、そして静か。

最も違うのは、背景の色。緑青(ろくしょう)色。「超越」の緑、時間の彼方から逆流するような、愛と永遠の色。

服装は普段着。ゴッホは悟りを開こうとしていない。日常を生きている。頭を剃っている。しかし、髭は残している。無常と日常。断絶と継続。世界を二項対立に分けるのではなく、揺れ動くあいだに身を置く。その在り方こそがゴッホの哲学。

ゴッホ《坊主としての自画像》

この眼は何を見つめているのか。どこを見ているのか。誰を見ているのか。

見るとは、そこに留まること。逃げないこと。愛すること。

ゴッホは自画像に、怒りや苦しみではなく、「それでも生きる」という柔らかな決意を宿した。

もうひとつの絵画レビュー:緑の渦と、硬い眼

背景の緑はただの壁ではない。渦を巻く筆致が、内側から押し寄せる思考の風圧みたいに頭部へ集中している。刈り上げた頭皮は灯台のように露わで、額の稲妻みたいなハイライトが、ゴッホの集中の温度を示す。

顔は刻まれ、眼は締め具のように世界を固定する。短い髭は錆びた刃、頬は夜更けの紙やすり。上着のへりに走る群青の縁取りが、火花の残光のように震え、喉元の小さな丸い留め具は、胸に埋め込まれた赤い恒星だ。

この自画像は、苦悩を叫ばない。代わりに、絵具の厚みと視線の角度で静かに主張する

「私は見る者であり、燃える者だ」と。背景の渦は暴風だが、眼だけは凪いでいる。そこで決意が固まり、画面全体がひとつの心拍になっている。

山田五郎が解説するゴッホ《自画像》

前編

ゴッホが残した自画像は、現存するだけで35点。そのうち約77%、27点が「パリ時代」に集中している。自画像は、ゴッホの画風の変遷をたどる上で格好の手がかりになる。

パリに来たゴッホは、フェルナン・コルモンの画塾に一時在籍するも、数ヶ月で退学。その後、フランス・ロマン主義の画家アドルフ・モンティセリに強い影響を受け、作風が大きく変わり始める。オランダ時代にも自画像は描いていたが、多くは上塗りされ、農民の絵に転用されている。

パリで自画像が多く描かれた理由は明快で、印象派や新印象派の技法を、自分の顔を使って実験していた。点描、色彩理論。わずか2年間でゴッホは、技術と感覚を急速に吸収し、“ゴッホらしさ”を獲得していく。

《イーゼルの前の自画像》を描いた頃、ゴッホは何かを掴んだのではないか。その筆を手に、「日本の光」を求めてアルルへと向かう。南仏への旅立ちは、芸術的な再出発だった。

後編

《坊主としての自画像》に見られる象徴的な背景は、ゴーギャンやベルナールと行っていた「絵の交換」によって影響されたものと見られている。

ゴーギャン、ゴッホ《自画像》

しかし、ゴーギャンが描いた《ゴッホの肖像》を見たゴッホは激怒する。「変人として描かれている!」と怒りを露わにし、謎の逆ギレを起こしたという逸話が残っている。

ゴッホ《自画像》

その直後に描かれたのが、《包帯をした自画像》は、耳を切った後のゴッホが、あえてゴーギャンに見せるために描いたものだとする説もある。

重要なのは、ゴッホにとって自画像とは「自分を見せるためのもの」ではなかったこと。レンブラントやデューラーのように「俺を見ろ」といった自己主張はない。自画像を“技法習得のカンヴァス”として使っていた。

自己への執着がない、しかし無意識に深すぎる。それがゴッホの怖さ。「無意識過剰」な存在として、周囲から誤解され、距離を取られていった。本人は、良かれと思って行動していたのに。

山田五郎「自分に執着がない人は、自殺なんてしない。狂言はあっても、最後まで死を選ばない」

ゴッホの自画像

自画像の傑作

レンブラントの自画像

ピカソの自画像

ダリの自画像

藤田嗣治の自画像

ゴーギャンの自画像

ゴッホの絵

ゴッホに逢える美術館

《ひまわり》

《ドービニーの庭》

《ばら》

《座る農婦》

《自画像》や《麦畑》

過去のゴッホ展

原田マハの本

ゴッホの映画

日本の美術館ランキング

東京のおすすめ美術館