アートの聖書

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ヴァシリー・カンディンスキー 《自らが輝く》〜名もない感情が、いちばん明るい

  • 英題:Self-Illuminating
  • 作者:ヴァシリー・カンディンスキー 
  • 制作:1924年
  • 寸法:69.5×59.5cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵:アーティゾン美術館(東京)

ロシアの画家ヴァシリー・カンディンスキーが1924年に描いた油彩画。

アーティゾン美術館が所蔵する最高傑作のひとつ。すべてのカンディンスキー作品の中でも上位に入る。色彩と黒線によってダンスを描く。音楽とダンスが一枚に凝縮されている。この絵の前で踊りたくなる。絵を観ると踊り出したくなる稀有な作品。ワルツなのかジルバなのか。ベートーヴェンの『悲愴』でも似合う。

絵画レビュー:光が勝手に自己主張を始める瞬間

ヴァシリー・カンディンスキー 《自らが輝く》

タイトルからして、もう様子がおかしい。誰が?ではない。何が?でもない。

“自ら”が輝く。つまり、観客の感情も、物語も、説明も待っていない。光が勝手に始めている。

画面に入った瞬間、脳は情報処理を諦める。線がある。色がある。形がぶつかっている。それらは「何かを表している」気配がない。

風景でもなければ、人でもない。これは状態だ。もっと言えば、テンションである。この絵は“音楽的”というより、音楽が勝手に暴れている。

黒い線は、楽譜を無視して即興で走り出した旋律。
赤は金管の爆音。
青は深夜の低音。
白は一瞬の無音、あるいは息継ぎ。

色が重なり、ぶつかり、跳ねる。リズムはあるのに、拍子が読めない。クラシックでもジャズでもない。これは感情が勝手に始めたセッションだ。

形が「意味」を拒否してくる快感。この絵の気持ちいいところは、「理解しようとすると逃げる」点にある。

「あ、これは目かな?」
「いや、楽器?」
「もしかして建物?」

そう考えた瞬間、絵はニヤリと笑って言う。

「違うよ。意味なんて最初から置いてない」

その瞬間、こちらは楽になる。正解を探す必要がなくなる。ただ色のぶつかり、線の勢い、配置のテンションを身体で受けるだけでいい。これは知識で観る絵ではない。体温で観る絵だ。

「誰かが輝いている」のではない。主役がいない。中心がない。語り手もいない。輝いているのは対象ではなく、状態そのもの。感情が高まり、色が弾け、線が走り出した瞬間。「意味が生まれる前」の、いちばん純粋なエネルギー。

カンディンスキーはそれを、人にも物にも変換せず、そのまま放り込んだ。

この絵は「説明を拒否する祝祭」だ。この絵を前にして、「わからない」と言う人は正しい。同時に、「楽しい」と感じたなら、もう完全に正解だ。

《自らが輝く》は、理解よりも先に、感情を揺らす。意味よりも先に、鼓動を上げる。内側で何かが点灯する瞬間の記録だ。

この絵はこう言っている。

「理由はいらない。今、光っている。それでいい。」

世界が複雑になりすぎたとき、考えすぎて動けなくなったとき、この絵は肩をつかんで揺さぶってくる。

「ほら、輝けるじゃん。勝手に。」

カンディンスキーは、理解されるための絵を描かなかった。感じることを思い出させる装置を描いたのだ。

この絵は今日も、観る人の中で、自ら、勝手に、輝き出す。

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