
サンディエゴ美術館は、カリフォルニア州の最南端のメキシコ国境に近い都市にある。開館は1926年。紀元前3000年から2010年代以降の現代アートに至るまで約32,000点を収蔵。「百科事典のような美術館」と称され、毎年50万人以上が訪れる。

サンディエゴはスペインの植民者によって築かれた街で、美術館もゴヤなどスペインの絵画が充実。

そんなサンディエゴ美術館から日本初公開の49点が太平洋を渡った。

企画展のタイトルは『西洋絵画、どこから見るか?―ルネサンスから印象派まで サンディエゴ美術館 vs 国立西洋美術館』
2025年3月11日から6月8日まで、上野の国立西洋美術館、6月25日から10月13日まで京都市京セラ美術館を巡回する。

14世紀から19世紀まで、約500年にわたる西洋美術の歴史をたどりながら、絵画を学んでいく展覧会。国立西洋美術館の所蔵作品と合わせて、合計88点を展示。

「どこから見るか?」の意味は実感できないが、壮大な美術史を体感できる貴重な機会。

2025年5月27日(火)。この美術展を教えてくれた友人と鑑賞。先に常設展をサッと回り、「CAFÉ すいれん」でランチしてから企画展へ。

国立西洋美術館は、常設展示室が2階に上がり、企画展はアンダーグラウンドに降りていく不思議な設計。最初の展示室は狭く、徐々に空間が広がるデザインになっている。
ジョット・ディ・ボンドーネ《父なる神と天使》1328–35年頃

展覧会のトップバッターが、最も逢いたかったジョット。修復しているのか、表面の質感は思いのほか新しく感じた。それでも、1000年近く前の「西洋絵画の父」の作品を観られるのは幸福としか言いようがない。
額縁は珍しい三角形。天使の視線が鑑賞者の目を下から上へ導き、頂点にいる「おっちゃん」は、上から下へと眼差しを降臨する往復の構図。
おっちゃんだけが金色の衣をまとい、背景と同化するように描かれている。そして一人だけ正面を向いている。「この人と対話してください」というジョットのメッセージ。
注目すべきは、表情。わずかに開いた口が、もう一つの「目」となり、鑑賞者の意識を吸い込む。そして手には木の枝と本。紙は木から造られる。親子関係。自然(木)と人工(本)。
神と人、天と地、自然と文明、親と子、静と動、あらゆる対比によって、"世界"を一枚に凝縮させている。この魔法がジョットの凄さ。
フラ・アンジェリコ《聖母子と聖人たち》1411–13年頃

ジョットだけでも凄いのに、フラ・アンジェリコまでいる。年代からすると10代後半か20代前半の作品。《受胎告知》とはタッチが違うが、そんな初期作を観られるのは幸運。
ジョルジョーネ《男性の肖像》1506年

ヴェネツィアのルネサンスを代表するジョルジョーネ。1510年の《眠れるヴィーナス》は、世界で最初の裸婦画とも言われる絵画の革命家。
名もなき男性の肖像画。服も髪も背景も平凡なのに、肌や唇などの質感から生命力が感じられる。Webで見たときはイマイチと思っていたが、実物を見ると180度かわる。
ヤコポ・ティントレット《ダヴィデを装った若い男の肖像》1555–60年頃

ヴェネツィア派のティントレットまで来日させる豪華さ。インフルエンサーがInstagramで自撮りするかの構図。
ヤコポ・ティントレット《老人の肖像》1550年頃

ティントレットの画力の凄さを物語る一枚。髭の質感といい、眼の強さといい、この老人の人生が滲み出る。レンブラントを彷彿とさせる画力。
ティツィアーノ工房《洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ》1560–70年頃

サロメを豊満な体格で描いたのは新鮮。定番である細身が正しいと思うが、当時を思い出して描くのではなく、現代をモデルに描くのが正確。レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》も、知り合いの顔を描いている。そうすることで人間味が増す。
エル・グレコ《悔悛する聖ペテロ》1590–95年頃

懺悔感ゼロ。悲劇のヒロイン感100%。こんな腕の逞しいキン肉マンのジジイがどこにいる。そこがグレコのいいところ。背景にいる白い天使がアクセントになっている。
サンチェス・コターン《マルメロ、キャベツ、メロンとキュウリのある静物》1602年

スペインの写実絵画のパイオニアと呼ばれる画家。17世紀オランダ黄金時代の前に、こんな凄い静物画家がいるとは思わなかった。
静物画なのに、すべてが動的。三日月を描き、不自然な吊るし、完全体と断面の対比。すべてが"動的な構図"なのに静物画。
「止まっている物体を描いた絵」ではなく、「時間を止めている」ように感じる。のちのセザンヌや、ダリにつながる静物画の原点かもしれない。
フランシスコ・デ・スルバラン《神の仔羊》1635-1640年

またまたスペイン画家。残酷なのに可愛い。残酷だから可愛いのか。縛られた手足を鑑賞者の最も近くに位置させているので、奥の顔の可愛さ(儚さ)が際立つ。
ダニエル・セーヘルス、エラスムス・クエリヌス《花環の中の聖家族》1625–27年

めっちゃすごい。家族を暗黒で描き、華やかな色彩の花を前面に。しかし、奥のノワール(闇)が強烈なので、美しい花からも死臭がする。墓に添える献花に見えてくる。頂上にワンポイントで青の花を添えるのもすごい。紅一点ならぬ、青一点。ひとつだけ青がいることで、花の生命力が倍増する。今回、ナンバーワン的に凄い絵画。
フランス・ハルス《イサーク・アブラハムスゾーン・マッサの肖像》1635年頃

オランダの紙幣の肖像にもなっているフランス・ハルスだが、この作品はイマイチ。
ニコラス・マース《少女の肖像》1664年頃

老女を描かせたら世界一のニコラス・マースも、正反対の少女を描かせたらイマイチ。サンディエゴ美術館は、スペイン画家の傑作を集めた場所だと思い知らせる。
ベルナルド・ベロット《ヴェネツィア、サン・マルコ湾から望むモーロ岸壁》1740年頃

どこを切り取ってもカナレットにしか見えない。弟子のウィリアム・ジェイムズも凄いので、カナレットは名指導者なのかもしれない。こんなに真似できるものなのか、フェルメールに挑戦した科学者ティムに再チャレンジしてほしい。

ジョット、フラ・アンジェリコ、ジョルジョーネ、ティントレット。西洋美術の本流を辿る巨匠たちが一堂に会する贅沢な展覧会だった。ヨーロッパ絵画が、日本とアメリカという二つの大陸をつなぐ架け橋となり、美術が持つ普遍的な力を実感できる。
画家の知名度ではサンディエゴ美術館に一歩譲るものの、作品の質においては国立西洋美術館も引けを取らない。両館のコレクションが響き合い、深い美の対話を生み出す名画の海路。
上野からカリフォルニアへ、今度は太平洋を渡って、サンディエゴ美術館で同じ巨匠たちの饗宴をし、日本の美術館の凄さを伝えてほしい。
何よりも今回、ジョットの絵が来日していることを教えてくれた友人に感謝したい。
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