アートの聖書

美術館巡りの日々を告白。美術より美術館のファン。

原田マハ『常設展示室』絵に出会うたび、少しずつ前の自分を手放していく

原田マハ『常設展示室』

美術館に佇む“常設展示室”。華やかな特別展の影に隠れがちなその空間には、時を越えて人々の心を動かしてきた名品たちが静かに息づいている。本作は、美術館の「常設展」に焦点を当てた短編集。美術館を訪れた観客や、作品にまつわる人々の人生が交錯し、美術と人生の不思議な共鳴が描かれていく。

収録作品

  • 「群青」:ニューヨーク・メトロポリタン美術館とパブロ・ピカソ《盲人の食事》
  • 「デルフトの眺望」:オランダ・マウリッツハウス王立美術館とフェルメール《デルフトの眺望》
  • 「マドンナ」:フィレンツェのビッティ美術館とラファエロ《大公の聖母》
  • 「薔薇色の人生」:上野の国立西洋美術館とゴッホ《ばら》
  • 「豪奢」:パリのポンピドー・センターとマティス《豪奢》
  • 「道」東京国立近代美術館と東山魁夷《道》

書評

原田マハ『常設展示室』

企画展を巡る絵は、旅人のように各地を移動する。だが、常設展示室に飾られる絵画は動かない。動くのは、鑑賞者。絵画は動かず「ここにいるよ」と語りかけ、ただじっと、我々が現れるのを待っている。常設展示室へ足を運ぶことは、絵画への愛を確かめに行く行為。

第二話に登場するのが、フェルメールの《デルフトの眺望》

父の介護を弟に任せ、画廊に勤める姉が、出張でオランダを訪れる。幼い頃に観た《真珠の耳飾りの少女》をもう一度観たいと思い、マウリッツハウス王立美術館へ向かう。しかし展示は大混雑で、目当ての絵には辿り着けない。代わりにふと目に留まったのが、《デルフトの眺望》だった。

なぜ原田マハは、この絵を選んだのか。日常の、なんでもない風景こそが、最も尊い――そんなメッセージを込めたのかもしれない。その理由は、作中では明かされない。たとえ本人にインタビューしても、明確な理由や理屈など、きっと出てこないのだろう。少しモヤモヤが残る。それでいい。アートと日常は、意味や意義を超えてつながっている。愛に理屈がないように、原田マハは《デルフトの眺望》を直感で物語に織り込んだのかもしれない。答えは物語の中ではなく、読者自身の心の中にある。

本作で最も心を打たれる一編が、『道』。幼い頃に生き別れた兄と妹が、画家を志した兄の〈いちまいの絵〉をきっかけに再会する。

絵を観ることで、人は何かを「手に入れる」のではない。何かを「手放す」。鑑賞前の自分から脱皮し、何かをそっと置いてくる。人生において最も深い経験とは、何かを得ることではなく、自らの手で「最高のものを手放す」ことにある。我々は前の自分を喪失するために、常設展示室へ足を運ぶ。

 

原田マハ『常設展示室』に登場する絵画

パブロ・ピカソ《盲人の食事》

フェルメール《デルフトの眺望》

ゴッホ《ばら》

原田マハの本

ゴッホ《ばら》がある国立西洋美術館

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