
- 原題:Le Semeur
- 英題:The Sower
- 作者:ジャン=フランソワ・ミレー
- 制作:1850年
- 寸法:99.7×80.0 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:山梨県立美術館
《種をまく人》は、パリを離れてバルビゾン村に移り住んだミレーが初めて手がけた大作である。左手で種袋を抱え、坂を下りながら右手で種をまく農民の堂々とした姿が大きく描かれている。しかし、当時の人々が見慣れていた農民像とは大きく異なっていたため、パリのサロンに出品された際には評価が分かれた。
当時の絵画では、農民は小さく背景的に描かれるのが一般的だが、ミレーは、農民を画面いっぱいに大きく配置し、歴史画の英雄のように扱った。その姿は筋肉質で力強く、踏み出す歩みに威厳があった。従順で素朴な存在とされてきた農民像とは大きく異なっていた。そのため観客には、労働者階級の力を象徴する挑戦的な表現と映った。
農民の力強さを讃える声がある一方で、保守的な人々は批判的で、種をまく人を体制への反抗の象徴と受け取ったのである。

ミレー 《種をまく人》は、岩波書店のマークとなっている。本物の絵画は、甲府の山梨県立美術館にあり、1978年(昭和53年11月3日)にオープンする際の目玉として、ミレーの《種まく人》を1億7千万円、《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》を7,500万円で購入した。
山梨県立美術館とボストン美術館の《種をまく人》


ミレーは最初に描いた作品(ボストン版)に手応えを感じつつも、さらに力強い表現を求め、サロン(官展)に出品するために2枚目(山梨版)を制作した、という説が有力。
ミレー《種をまく人》の違い
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比較 |
山梨県立美術館 |
ボストン美術館 |
|---|---|---|
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色彩 |
全体的に暗く、重厚 |
やや明るく、空の青みが強い |
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筆致 |
荒々しく、力強いタッチで躍動感 |
比較的滑らかで、丁寧な仕上げ |
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背景 |
遠景の人物や牛がぼやけている |
細部まではっきりと描く |
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人物 |
ダイナミックで、前に進む力が強調 |
やや静的で、古典的な印象 |
ボストン美術館と世界に2枚ある《種をまく人》。これが日本に、そして山梨にある奇跡。運命なのか宿命なのか。絵画はあるべき場所に存在することを教えてくれる。
素晴らしいのは山梨県立美術館。
農夫は自意識を超え、ただ自然と調和している。種を蒔く行為そのものが、彼を大地と空気の一部に変えていく。邪念を消し、空気こそが主役となる世界。
暗闇に包まれた画面のなかで、遠くの建物だけがかすかに光を帯びている。
農夫の顔は泣いているのか、笑っているのか判然としない。
だが、その歩みは山から降りてきた者のように力強く、家へ帰る者のように確かだ。
その一歩ごとに、「生きる」という意志が宣言される。涙を蒔き、夢を蒔き、人はそれでも前へ進む。《種をまく人》は、涙と希望が交錯する、魂のダンスである。

ミレー 《種をまく人》は、原田マハの『Contact art : 原田マハの名画鑑賞術』の最初に紹介されている。
私たちも大地に立って一緒に体験しているような気分になります。乾いた空気感、温度や湿度までもが伝わってきます。
この農民は疲れているし、一生懸命やっているのに、仕事が終わらない。その姿は自分にも重なります。けれども「最後まであきらめずにやりきろう」という意志が、私には伝わってきます。空耳かもしれないけれども「自分も頑張ったんだから、君も頑張れよ」という声が聞こえてきて、「負けてられない。明日も頑張ろう」って思うのです。
ミレー 《種をまく人》が革新的だった理由
この作品がサロンで発表された当時、大きな賛否を呼んだ。理由は、ミレーが描いた「農民」の姿にあった。
「英雄」として描かれた名もなき農民

当時のフランス美術界では、神話や歴史上の偉人が絵画の主題の中心だった。そうした流れの中で、ミレーは名もなき農民をキャンバスの中央に大きく、堂々と描いた。英雄のように扱われたその姿は、労働の尊厳と大地と共に生きる人間の力強さを宣言する、革新的な試みだった。
聖書の暗示と社会へのメッセージ

聖書の「種まく人のたとえ」を連想させ、生命の始まりや神聖さといったテーマを内包している。同時に、保守的な人々はこの力強い農民像を、体制に不満を抱く労働者階級の象徴とみなし、政治的なメッセージ性を感じ取って警戒したとも伝えられている。
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ゴッホはミレーをどう超えようとしたか ― 二人の『種をまく人』を比較

ミレー《種まく人》の模写、1881年4月、ゴッホ美術館
ミレーの《種をまく人》から最も強い影響を受けた画家が、ゴッホである。ミレーを「ミレー神父」と呼ぶほど崇拝し、その構図を借りながらも、まったく新しい『種をまく人』を生み出した。
構図はそのままに、色彩で感情を爆発させたゴッホ
ゴッホはミレーの重厚な色彩とは対照的に、燃えるような黄色と深い紫という補色を大胆に用いた。その色彩は、彼自身の内面的な感情をキャンバスに叩きつけるように響いている。
太陽の表現

ミレーの絵は、暗い大地と沈む夕日の中に農民を立たせ、労働の現実を静かに語る。どこか祈りのような静謐さがある。一方で、ゴッホの絵は世界が燃えているかのよう。黄色と紫という激しい補色がぶつかり合い、太陽の存在が画面を圧倒する。そこにあるのは画家自身の鼓動と、未来への叫びだ。
感情の表出

ミレーが農民を「現実の象徴」として描いたのに対し、ゴッホは種まく姿に「生命の創造」という自分の夢や希望を託した。農夫はただ種をまくのではない。ゴッホの中では、その一粒が永遠に芽吹く光の種子になっている。
だからこそ、この二人の『種をまく人』を見比べるとき一枚の絵から「祈り」を、もう一枚の絵から「叫び」を聴くことになる。
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