
東京国立近代美術館を訪れるのは9年ぶり。前回ここに立ったのは2016年、時が環を描くように導かれた。
2014年の「菱田春草展」を皮切りに、「伊藤若冲」「安田靫彦」「藤田嗣治」と、日本画家たちをたどってきたが、初めて外国の画家の個展の扉を開いた。

「ヒルマ・アフ・クリント展」は知っていたが、聞いたことがない画家だったのでスルーしていた。偶然Twitterで作品を目にし、これは実物でみたいと思った。
日本各地の巡回はなく、東京国立近代美術館の限定。会期は2025年3月4日から6月15日まで。6月5日の閉幕10日前に飛び込んだ。
ヒルマ・アフ・クリントという画家

ヒルマ・アフ・クリント(Hilma af Klint:1862–1944)は、スウェーデン出身の女性画家で、長らく美術史から忘れられていた。21世紀に入って再評価が進む。

王立美術アカデミーで正統な絵画教育を受け、初期は植物画や風景画など自然主義的なスタイルで活動していた。

1906年、44歳のときに抽象絵画を描き始め、カンディンスキーよりも4年早く、モンドリアン、マレーヴィチといった20世紀初頭の抽象画家たちよりも早く、世界最初の抽象画家とみなす声もある。
ヒルマ・アフ・クリント展
職業画家とアカデミー

ヒルマ・アフ・クリントは二十歳でスウェーデンの王立芸術アカデミーで美術教育を受け、1887年に卒業したあとは、肖像画や風景画を手がける職業画家としてのキャリアをさせる。1910年にはスウェーデン女性芸術家協会の幹事を務める。
《フォルム研究》1880年

10代で描いた作品。アカデミーで絵を学ぶ必要がないのでは?と思うほど上手い。
《夏の風景》1888年

《肖像、フレドリック・ヴィクトル・アフ・クリント》制作年不詳

風景画も肖像画も「上手い」と思う程度で、魅力が薄い。正式な美術教育を受けておきながら、ここから脱皮するのは見事である。
神殿のための絵画
ヒルマ・アフ・クリントが、1906年から1915年まで約10年をかけて全193点を制作した「神殿のための絵画」の展示。構図や色彩の前に、巨大なサイズに圧倒される。
〈進化、WUS /七芒星シリーズ〉「5人」《無題》1908年

プロペラ、虫の羽を思わせる絵が多い。
《知恵の樹、W シリーズ》

地上を飛び立ち、飛び回るより、天から降り立つための羽に見える。上から下へ。細田守の世界であり、レオナルド・ダ・ヴィンチを思わせる。
〈10の最大物〉

ヒルマ・アフ・クリントは1907年に、人生の4つの段階(幼年期、青年期、成人期、老年期)を表す「楽園のように美しい10枚の絵画」を制作する。乾きの早いテンペラ技法でわずか2か月のうちに巨大なサイズの10点を描いた。
《10の最大物、グループIV、No. 3、青年期》

幼年期は寒色だが、青年期になると一気に色彩が明るくなる。この絵をデザインしたPCケースがあったが、5280円もしたので断念。館内を暗くしているが、実際は鮮やか。
《10の最大物、グループ IV、No. 4、青年期》

《10の最大物、グループ IV、No. 8、成人期》

成人してくると色が淡くなる。形ではなく、色彩で世界を創造する。
《10の最大物、グループIV、No. 9、老年期》

ヒルマ・アフ・クリントは、形を透明化し、色彩で世界を映す。
〈祭壇画〉

ヒルマ・アフ・クリントを象徴する絵画シリーズ。絵画は立って正対する。向き合う。自分を映す鏡である。
《祭壇、グループX、No. 1》1915年

最高傑作の一枚。太陽とピラミッドというわかりやすい構図ではある。
しかし、表層を描いて、深層を浮かび上がらせる。深層に誘い、表層に導く。郷愁と未知が同居した不思議な感覚。


〈白鳥〉

〈白鳥〉は全24点のシリーズ。絵画を観ることは、自分の中にしか存在しない「神」を見つける旅なのかもしれない。<祭壇画>と並ぶ、ヒルマ・アフ・クリントの最高傑作。

黒と白、昼と夜、生と死。陰陽の調和の結晶。魂と人生を宝石にしたら、こんな絵になるのかもしれない。
最も好きな一枚。赤の背景に、螺旋状の物体。魂の旅路のようである。





どれも力強い。ヒルマ・アフ・クリントは、スウェーデン出身の画家ということもあり、女優のアリシア・ビキャンデルを思い出す。そして、クリント・イーストウッドの気骨も思い出す。
水彩画と無題

ヒルマ・アフ・クリントは、1920年代から水彩画と「無題」の絵を10年以上も描くようになる。
《花と木を見ることについて、無題 》

《花と木を見ることについて、無題 》

花は生殖器なので、どんな画家が描いても性的な匂いがするが、ヒルマ・アフ・クリントはしない。抽象絵画というジャンルに括られ、カンディンスキーと同類にされるが、絵の感触は、山下清に似ている。
美術館メシ「ラー・エ・ミクニ」

東京国立近代美術館の展示空間は、作品と観客が親密な距離で向き合える構造になっており、視線を集中させるには理想的な環境。通路が細くなる箇所もあるが、それがかえって鑑賞の歩みを静かにし、一作一作との対話を深める契機となる。

館内のレストラン「ラー・エ・ミクニ」で味わったランチも満足度が高く、展示と食の両面で感性が潤された。今後、再入場が可能になれば、食後にもう一度作品の前に立ち、時間をずらして体験を重ねるという贅沢が実現するだろう。
美術館という場は、一度きりではなく、時間を変えて何度でも訪れたい空間。同じ展示でも、午前と午後、行きと帰りで風景が変わるように、心の映し方も異なる。だからこそ、展覧会を繰り返し味わい尽くす自由が、これからさらに広がっていくことを願っている。
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