
- 英題:Dutch Interior (I)
- 作者:ジョアン・ミロ
- 制作:1928年
- 寸法:91.8 x 73 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ニューヨーク近代美術館(MoMA)
《オランダの室内Ⅰ》は、スペインの画家ジョアン・ミロが1928年に描いた3点の連作絵画の最初の一枚。


このシリーズにはモデルがあり、どれも17世紀オランダ黄金時代の絵画をモチーフにしている。
《オランダの室内Ⅰ》は、画家ヘンドリック・マルテンスゾーン・ソルフ《リュート奏者》をモチーフにした。

ミロは、制作開始の数ヶ月前にアムステルダム国立美術館でこの作品の絵葉書を購入し、「絵葉書をイーゼルにピンで留めながら描いた」と述べている。

《オランダの室内Ⅰ》は、2025年の「ジョアン・ミロ展」で東京都美術館に来日し、すべての絵画で最もすごい作品だった。いや、これがジョアン・ミロの最高傑作だ。
凹凸もない、完璧な平面。しかし、真正面を向いているようで、背面のよう。様々なカラーが躍るが、緑の力はここまで強烈なのか。何が描かれているのか、どう描かれているのか?そんなことは重要ではない。ただ、そこに存在している。ミロの頭の中に、心の中に息づくもの。それこそが、現実よりも強靭で、豊穣なのだ。
絵画レビュー

ジョアン・ミロの《オランダの室内Ⅰ》は、「室内画」という言葉に対する、痛快な裏切りから始まる。
室内と聞いて思い浮かべるのは、静かな部屋、整った家具、落ち着いた生活感。ところがこの絵に足を踏み入れた瞬間、その常識は爆発四散する。ここは部屋というより、現実が一度バラバラにされ、再編集された“思考のプレイルーム”だ。
リュートは、もう楽器ではない。人の顔は、顔としての責任を放棄している。犬は犬だが、夢の中の犬だ。空間は遠近法を失い、上下も左右も、気分で決まる。これは、オランダ絵画を見たミロの頭の中である。
部屋が“うるさい”という快感。この絵の最大の魅力は、情報量の多さではない。すべてが同時に主張していることだ。
普通の絵は、主役がいて、脇役がいて、背景がある。しかし《オランダの室内Ⅰ》には背景がない。あるのは、「全部が前に出てくる」という異常事態。
色は叫び、形は踊り、モチーフは役割を忘れて暴走する。それなのに、不思議と破綻しない。この絵は“意味”ではなく“リズム”でできているからだ。音楽のように、理解しなくても体が反応する。
「何かわからないけど楽しい」
「理由はないけど目が離れない」
その状態こそ、ミロが狙ったゴールである。
子どもの絵? いいや、徹底的に知的だ。。子どもは、まだルールを知らないから自由だ。ミロは、すべてのルールを知ったうえで、自由を選んでいる。
遠近法を知っているから壊せる。写実を理解しているから崩せる。美術史を背負ったまま、軽やかにジャンプしている。
《オランダの室内Ⅰ》は、「正しく描く」ことをやめた絵ではない。「正しさを絶対視するのをやめた絵」なのだ。
これは部屋ではない。「発想が起きている現場」だ。この室内では、誰も落ち着いて座れない。だが、その代わりに、思考は止まらない。
世界は、こんなふうに見てもいい。
形は、勝手に変わっていい。
意味は、あとから追いつけばいい。
ミロにとって芸術とは、説明ではなく解放だ。
《オランダの室内Ⅰ》は、「考える前に感じてしまう自由」を、視覚で実演した作品である。整っていないのに、気持ちいい。意味不明なのに、納得してしまう。
創造力が散らかったまま、最高にうまく機能している部屋なのだ。
ジョアン・ミロの傑作絵画
ジョアン・ミロ展
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