
- 作者:藤田嗣治
- 制作:1940年
- 寸法: 45.5 × 53.3.cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:アーティゾン美術館(東京)
ゴッホの《アルルの寝室》とは色彩も構図も対極にありながら、室内画の最高傑作として並び立つ。人が不在だからこそ「存在」を強く感じさせる。
藤田嗣治といえば裸婦画であり猫の絵が有名だが、《ドルドーニュの家》こそが最高傑作。
ドルドーニュとはフランスの地名であり、藤田嗣治は29歳のとき、ドルドーニュ渓谷のマルザック城の留守番をしていたらしい。
詳しいことは知らない。この大傑作の前では、そんな史実や背景など何もかもが吹き飛ぶ。
絵画レビュー

この部屋には、誰もいない。けれど、かつて誰かが暮らし、今もなお、誰かが帰ってくるのを待っている息づかいが漂う。
暖炉の上に静かに置かれた器や時計、壁に吊るされたライフル銃と、無言の女性の肖像。ただ、時だけが雪のように降り積もる。
ここは自宅でもアトリエでもなく、異邦人が旅の途中で見つけた、魂の置き場所。
壁は家の肌である。乳白色は異邦人を、旅人を受け入れる「余白」
暖炉、椅子、素朴なテーブル。その素手のような手触りは、遠くから旅人を迎える「おかえりなさい」の温もり。
壁に掛けられた一挺の銃は、再び歩き出す者への「行ってらっしゃい」の号砲。
藤田嗣治は、この家で誰よりも暮らしながら、誰よりもこの家の客人だった。
画家の故郷・新宿のように、来るものを拒まず、去る者を追わず。いつも新たな物語が宿る。《ドルドーニュの家》は、誰の家でもないのに、誰の心にも鍵穴が合う部屋である。
もうひとつのレビュー:白い部屋のサスペンス

この部屋、静かすぎる。天井の梁は五線譜、そこに音符のように物が並ぶ。暖炉は舞台、マントルピースは花道。役者はそろっているのに、人がいない。
主役は壁に寝そべる一本のライフル。緊張はここから始まる。助演は古時計。カチ、カチ、と見えない音で物語のテンポを刻む。黒いボトルは無口な目撃者、受話器はまだ鳴らない小道具、ティーポットは「休戦」を提案する参謀だ。
テーブルの皿がぽつんと光る。最後に誰かがここでパンを食べ、立ち去った気配がある。歪んだ遠近は、カメラがちょっと酔っているせい。モノクロ映画みたいな色調は、真実を一本の線で切り抜くための演出だ。
左の階段は“出口”、右の椅子は“空席”。この家は、観客であるぼくらに「座るか、出ていくか」と二択を迫ってくる。
もし腰を下ろしたら、時計が一拍置いて、電話が鳴り、壁のライフルが物語を撃ち抜く。そんな予告が、白い壁の中で静かに点滅している。




藤田嗣治《ドルドーニュの家》がある美術館
藤田嗣治の室内画

藤田が日本に構えた4つのアトリエのうち、戸塚にあったアトリエの室内画。

藤田が暮らしていたフランスの台所の室内画。

箱根のポーラ美術館が所蔵する一枚。《ドルドーニュの家》と同じく乳白色の室内で、家具が多い。少し幻想や詩情は薄れ、生活感が増している。
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