
- 蘭題:De Schilderkunst
- 別題:画家のアトリエ、絵画の寓意
- 作者:ヨハネス・フェルメール
- 制作:1666年頃
- 寸法:130 cm × 110 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:美術史美術館(オーストリア)
《デルフトの眺望》に勝るとも劣らないフェルメールの最高傑作であり、史上最高の絵画にも数えられる。フェルメールの中で最も大きな作品。フェルメールは生涯この作品を手放さず、亡くなるまで自宅に置き続けた。

奇しくも、同じ史上最高の絵画の一枚であるベラスケス《ラス・メニーナス》もアトリエ(仕事場)の風景であり、ふたりの天才は同じメッセージを放っている。
《絵画芸術》は現在、ウィーンの美術史美術館に所蔵されているが、1940年にアドルフ・ヒトラーが購入した。1945年にアメリカ軍が押収し、その様子が映画『ミケランジェロ・プロジェクト』で描かれている。
絵画レビュー

ベラスケスは《ラス・メニーナス》で、堂々たる構図を通して「画家こそ創造神である」と高らかに宣言した。巨塔のようなカンヴァス、王族を見下ろす高い目線、威風堂々たる自身の立ち姿。それらすべてが、画家の地位を神格化していた。
そして、10年後。フェルメールもまた、《絵画芸術》の中で、まったく同じことを、より静かに、より密やかに成し遂げた。
ただし舞台は、王宮の広間ではなく、画家の狭い個人アトリエ。一見すると、ただの静かな室内風景に見える。月桂冠をかぶり、ラッパを手にしたコスプレ少女を描く後ろ姿の画家。だが、この光景には、何もかもが不自然に描かれている。
チェス盤のような白黒の石畳の床、黄金のシャンデリア。実際のアトリエにそんな豪奢な装飾があるだろうか。
そして画家の服装。黒と白の縞模様のダブレット、膨らんだズボンに赤いリボン、白いストッキング、つば広の帽子。絵を描くための服というより、貴族か役者の衣装のようだ。
そして、最も異様で不気味な存在が、画面左の巨大なカーテン。舞台の幕のように重く、ねじれ、張り詰め、せり出してくる。鑑賞者の眼を外に誘導し、画家とモデルのイケナイ関係を「見るんじゃない」と振り払っている。
《絵画芸術》は、ただの制作風景ではなく「演劇」の始まりを告げる、緞帳の開幕。
絵を描くとは、崇高なるドラマを演じること。アトリエは舞台であり、画家はその主役。誰も、この静謐な神殿を侵してはならない」と、フェルメールは静かな獰猛で訴えている。
それをフェルメールは、王宮や王族といった権力を使わず、個人の狭い密室で体現した。フェルメールという画家のスケール感、凄さを最も物語る絵画である。
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もうひとつの絵画レビュー:神が呼んだカーテンコール

フェルメールの《絵画芸術》は、タイトルのくせに、実は「絵画の話」なんかしていない。もっとスケールが大きい。これは、フェルメールがこの世に残した、ラスボス級の自画像(後ろ姿)”である。
もちろんただの自画像ではない。自分を描くふりをして、芸術全部にラブレターを書いている。
まずこの絵、いきなりカーテンが登場する。フェルメールは窓、手紙、音楽など日常品を愛する画家だが、カーテンをここまでド派手に使ったのはこの一枚だけ。
観る者に向かって、「ようこそ、秘密のアトリエへ」とカーテンを開けてくれる。
だがこれ、完全に罠である。カーテンを開けた瞬間、鑑賞者はもう“舞台装置”の中にいる。
奥ではモデルの女性が立っている。アポロンのミューズ、クラオ(歴史の女神)を演じている。その前でせっせと描いている画家は、ほぼ全員一致で「フェルメール自身」だと言われている。
ここで問題。どうしてフェルメールは自分の顔を描いていないのか?
フェルメールは自分の顔を描く気ゼロ。背中で語る男である。映画の監督が、エンドロールの最後にちょっとだけ顔を出す、あれと同じだ。フェルメールはこの絵の中で“自分は脇役”だと言っている。主役はクラオ、つまり芸術の歴史そのもの。
背景の巨大な地図は、ただの飾りではない。これは、「芸術は世界そのものを描く力を持っている」という、フェルメールからのメッセージなのだ。
地図の上には都市、川、戦争の跡、交易の道。つまり“人間の歴史”。ミューズのクラオが手にしている歴史書と冠は、「描け、語れ、残せ」と画家に命じているかのようだ。
地味に大事なのが、画家の足元。椅子の脚、床のタイル、折れた線。ここにはフェルメールの執念が詰まっている。これは“遠近法の究極チューニング”である。
全ての線が、全ての光が、全ての物の配置が、完璧に“絵画という魔法の中心”へ収束する。つまりフェルメールはこの絵でこう言っている。
「芸術は科学であり、魔法であり、人生である」
モデルは、こちらを見ている。見られながら描かれるのではなく、描かれながら見返してくる。その眼差しがこう語る。
「あなたも描かれているのよ?」
フェルメールはカーテンを開き、あなたをこの部屋に立たせた。モデルの視線は、“鑑賞者の存在”を絵の中に組み込むための仕掛けだ。
つまり、あなたはもう絵の登場人物。観客ではなく、虚構と現実の境界線に迷い込んだ「第三の主人公」なのである。
この絵はフェルメールの作品の中で最大。技術、構図、象徴、光、全てがピーク。これはフェルメールの“芸術宣言”であり、“遺言”であり、“告白”であり、神様が描いた日常の最終形態だ。
描いているのは、歴史のミューズ。描かれているのは、芸術の未来。カーテンを開けて覗いているのは、あなた。フェルメールは、虚構と現実を一枚の中で溶かし、芸術という魔法がどう生まれるのかを見せてくれた。
そしてこう言っている。
この部屋に足を踏み入れた瞬間から、あなたももう芸術の一部だよ。
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ダリが描いたフェルメールの《絵画芸術》

静謐な室内とは逆に、広大な荒野の中にフェルメールを置いたダリ版の《絵画芸術》
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