
- 仏題:Le Jardin de Daubigny
- 蘭題:De tuin van Daubigny
- 邦題:ドービニーの庭
- 作者:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
- 制作:1890年7月
- 寸法:53 x 103 cm
- 技法:油彩、カンヴァス
- 所蔵:ひろしま美術館(広島)
ゴッホが終焉の地・オーヴェルで描いた一枚。滞在先のラヴー旅館のすぐ近くにあった敬愛する画家シャルル=フランソワ・ドービニーの邸宅の庭。画面の中央奥にいるのは、未亡人。亡くなる6日前、弟テオへの手紙の中でもこの庭について語っており、この絵がゴッホの遺作かもしれないといわれている。
ゴッホの死後は未亡人に委託され、1974年に広島銀行がオークションで落札。現在、ひろしま美術館が所蔵する。
原田マハの小説『〈あの絵〉のまえで』をきっかけに知り、アートの本を出すと決めたとき、この絵に逢いたくて広島を訪れた。
ひろしま美術館の《ドービニーの庭》
庭なのか、それとも緑の大河なのか。視界に入った瞬間、思考も時間も吹き飛ばされる。今まさに描き終えられたばかりのような瑞々しさ。
「緑は目に優しい」という常識をあざ笑うかのように、芝や草木は生命体のようにうねり、慟哭し、咆哮し、見る者を威嚇する。ここには、ゴッホの動脈が脈打っている。
《ドービニーの庭》には、終わりなき呼吸が宿っている。強靭でありながら、同時に壊れやすい。力と儚さが、ひとつの画面で激しく抱擁している。
ゴッホの筆致と色彩が告げてくる。「緑」とは単なる自然の色ではない。愛の色であり、再生の色であり、絶えず揺らめきながら続いていく“生の証”なのだ。
ゴッホ《療養院の庭》—風が書いた楽譜
まず、風が見える。芝の一本一本が斜めに傾き、絵筆が草の声を速記している。緑の音階がうねり、中央の白い花壇は泡立つ波頭。ベンチは休符、曲がりくねる小径は心拍。
奥の白い建物は包帯みたいに静かで、右手の尖塔は体温計のように空へ立つ。庭木は渦を作り、光は葉の端でちぎれて飛ぶ。世界はぐるりと回っているのに、ここでは回転がやさしい。
色はほとんど緑と青。ゴッホの“回復の調子”だ。絶望を説明しない代わりに、呼吸の仕方を描く。風が通り抜ける方向まで、筆触が案内する。
この庭は風景ではなく、治療だ。
塗り重ねられた緑は脈、白は深呼吸、黄色は体内の小さな灯り。壁の向こうに続く薄青の空が、明日をうっすら約束する。
ゴッホは庭を描いたのではない。もう一度、生きるための“風のリハビリ”を描いた。ここでは、草も木も光も、患者の味方をしている。
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世界にある3枚の《ドービニーの庭》

- 制作:1890年6月
- 寸法:50.7 x 50.7 cm
- 所蔵:ゴッホ美術館(オランダ)
5月にオーヴェルに移り住んだ翌月、ゴッホが最初に描いた《ドービニーの庭》。正方形の小ぶりな画面に、庭の一部をクローズアップで捉えた構図。アムステルダムのゴッホ美術館にある。スケッチのような一枚。

- 制作:1890年7月
- 寸法:56 cm × 101 cm
- 所蔵: バーゼル市立美術館(スイス)
スイスにある《ドービニーの庭》。ひろしま美術館の前に描かれた。緑の色彩は控えめで、建物や植物の形も明確。広島の絵のような爆発はなく、均整のとれた穏やかな雰囲気。これも「ひろしま美術館」にある大傑作のための下絵だと感じる。
現在、《ドービニーの庭》というと、広島ではなくバーゼルにある絵を指す。その大きな理由が、画面下にいる黒猫。
黒猫と塗りつぶしの謎

ゴッホの死後、1900年に撮影された写真では、ひろしま美術館が所蔵する《ドービニーの庭》にも黒猫が描かれている。
その後、誰かが塗りつぶしたと考えられ、おそらく1901年に画家エミール・シェフネッケルが修復した際に、消されたという説が有力。だが、真相は行方不明。
黒猫の行方
現在、失踪した黒猫は、ひろしま美術館の「Café Jardin」にいる。「ジャルダン」はフランス語で「庭」の意味。

ねこカフェセット900円も黒猫のラテアート。ココアパウダーで肉球を描き、レモンクッキーにも黒猫をプリント。ゴッホへの愛に溢れている。愛に溺れている。愛がこぼれている。死ぬまでに一度、《ドービニーの庭》に逢いに、ひろしま美術館を訪れてほしい。

山梨県立美術館の常設展示室にある一枚。風景は平凡だが、日常は平凡ではない。自然と調和した営みには、やさしさより強さを感じる。
ゴッホが描いた多くの庭
庭は人工的な自然であり、真実を映す虚構。新宿御苑の日本庭園、六義園、龍安寺の石庭など、日本は庭に美を見出す。ゴッホも《ドービニーの庭》だけでなく、数多くの庭を描いた。
《サン・レミの精神病院の庭》1889年5月、クレラー・ミュラー美術館

アルル近郊のサン=レミにあるサン=ポール=ド=モーゾール精神病院に入院した直後の一枚。最初の1ヶ月は外出が許されず、庭を描いたといわれる。
カンヴァスを彩る鮮やかな色使いと、建物沿いの構成は、《夜のカフェテラス》を思わせる。咲き誇る花々に祝福され、小道は青空の色が水面のように反映し、まっすぐ黄色い壁へと導かれている。
ゴッホが再び絵筆を取って生きる力を取り戻そうとする、希望と再生の意志を感じさせる。静かな光に包まれたこの一枚からは、苦しみの中にも美を見つけようとする、ゴッホのまなざしが滲んでいる。
《精神病院の庭》1889年11 月、ゴッホ美術館

療養院の庭を描いたもの。外出が許可されなかったときに描かれたとされる。人物3人も土色。世界が終わりそうな空色。その絶望の中で、木々だけが生命力が強く、ゴッホの生きたいという願いを宿している。
《草むらの中の木の幹》1890年4月、クレラー・ミュラー美術館

サン=レミの精神病院に滞在していた時期に描かれた一枚。優しい色彩と大胆な構図が癒してくれる。
根元から描かれた力強い松の幹。全体像を描かず、樹皮の質感にフォーカスすることで存在感を与える。足元には白い花々や黄色いタンポポが咲き、小さな命が満ちている。低く、確かな生命力が、こちらを見つめてくる。
印象派のようなやわらかい風景描写に、狩野派の構成の力強さが融合した、ゴッホならではの秀作。ゴッホにとって「庭」とは、それ自体が美しい景色であり、同時に外の世界へ飛び出していく、旅立ちの門だったのだ。
そのほかのゴッホの絵
ゴッホに逢える日本の美術館
《ひまわり》
《ドービニーの庭》
《ばら》
《座る農婦》
過去のゴッホ展
オランダ黄金の美術館
原田マハのゴッホ関連の本
ゴッホの映画
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東京のおすすめ美術館

