アートの聖書

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ジャック=ルイ・ダヴィッド《サン=ベルナール峠を越えるボナパルト》〜アルプスより高く盛れ、盛りに盛って、時代を越えろ

ジャック=ルイ・ダヴィッド《サン=ベルナール峠を越えるボナパルト》

  • 原題:Bonaparte franchissant le Grand-Saint-Bernard
  • 別題:アルプスを越えるナポレオン
  • 作者:ジャック=ルイ・ダヴィッド
  • 制作:1801年
  • 寸法:261 cm × 221 cm
  • 技法:油彩、カンヴァス
  • 所蔵: マルメゾン城(フランス)

世界一有名な女性の肖像画《モナ・リザ》に対し、世界一有名な男性の肖像画。写真では表現できない、絵画ならではの誇張と理想化を雄弁に示す一枚である。

フランスの画家・ジャック=ルイ・ダヴィッドが1801年から1805年の間に描いたナポレオン1世の5枚の肖像画の最初の一枚。ナポレオンが、1800年5月にグラン・サン・ベルナール峠経由でアルプスを越えようとする姿を描いている。

シャルロッテンブルク宮殿(白馬ではなく栗毛)

他の4点もほぼ同じサイズと構図で描かれ、現在はヴェルサイユ宮殿、ベルリンのシャルロッテンブルク宮殿、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿などに所蔵・展示されている。

最初の1点は、1800年10月から1801年1月にかけて、約4か月を費やして完成された。実際のナポレオンは、ぽっちゃり体型で、険しい峠を越える際に乗っていたのも白馬ではなくラバだった。しかし、ダヴィッドは、英雄としての威厳と指導者のカリスマ性を強調するため、ナポレオンを超イケメンに描いている。

一説によれば、ダヴィッドは写実的な表現を望んでいたが、ナポレオン自身が「理想化するように」と指示したとも伝えられる。

絵画レビュー:中世最強のセルフプロデュース広告

この絵は、歴史画というジャンルの皮をかぶった、英雄ムービーのキービジュアルである。史実では、ナポレオンは峠をラバに乗って、寒さに震えながら、かなり地味に越えている。

この絵が「盛りすぎ肖像画」で終わらないのは、ダヴィッドが盛り方の天才だからだ。

まず、馬。暴れに暴れている。筋肉はパンパン、首は反り返り、地面を蹴り上げる脚。自然の力そのものだ。一方、その上にいるナポレオンは、信じられないほど冷静だ。表情は涼しく、姿勢は崩れない。

ここで描かれているのは、混乱する世界 × 完全に制御する個人。革命後のフランスが欲しかった理想像、そのもの。

注目すべきは、マントの動き。このマント、もはや衣服ではない。風を可視化し、スピードを演出し、画面全体を一気に「動」に変える。このマントがなければ、この絵は半分くらいの迫力しか出ていない。

背景も抜かりない。険しい山道、氷雪、転がる岩。人間を拒む自然の象徴だ。そこに、あえて岩肌に刻まれた名前「ハンニバル」「カール大帝」、その並びにボナパルト。

控えめに言って、めちゃくちゃ図々しい。だが、図々しいからこそ、歴史は動いた。

この絵のすごさは、「信じさせる力」にある。実際にこうだったかどうかは、もう関係ない。この絵を見た人々は、こう思ってしまう。

「この男なら、やりそうだ」
「この男についていけば、時代が変わるかもしれない」

これは、革命後フランス最大のイメージ戦略であり、ダヴィッドはその広報責任者だった。英雄は、生まれるのではない。描かれて、信じられて、成立する。

《サン=ベルナール峠を越えるボナパルト》は、ナポレオンがアルプスを越えた絵ではない。ナポレオンが「時代」を越えた瞬間を描いた絵なのだ。

だからこの一枚は、今もなお強い。政治家が見ても、経営者が見ても、クリエイターが見ても、こう囁いてくる。

「物語を制した者が、世界を動かす」

歴史画であり、プロパガンダであり、完璧なエンタメ。この絵もまた、世界を動かしたフランス革命である。

 

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