アートの聖書

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レオナルド・ダ・ヴィンチ《ラ・ベル・フェロニエール》(ミラノの貴婦人の肖像)、母性と愛人のあいだ

レオナルド・ダ・ヴィンチ《ラ・ベル・フェロニエール(ミラノの貴婦人の肖像)》

  • 原題:La Belle Ferronnière(フランス語)
  • 作者:レオナルド・ダ・ヴィンチ
  • 制作:1490年-1496年
  • 寸法:62 cm × 44 cm
  • 技法:板に油彩
  • 所蔵: ルーヴル美術館(フランス)

レオナルド・ダ・ヴィンチがフィレンツェを離れ、30代の頃にミラノ時代に描いた一枚。《モナ・リザ》が有名すぎるため陰日向に咲いているが、女性の肖像画として比類ない完成度。《モナ・リザ》の約10年前に描かれ、スフマート(絵の具を薄く塗り重ねて輪郭をぼかす技法)が使われている。

この作品を依頼したのは、ミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァ。《最後の晩餐》を注文した人物でもある。

《モナ・リザ》と同じく、モデルの人物が誰か正確に特定されていない。ミラノ公ルドヴィコの愛人、もしくは公妃とされ『ミラノの貴婦人の肖像』という曖昧な呼び方になっている。タイトルの「ラ・ベル」は美しさ、「フェロニエール」は金細工の髪飾り。当時のミラノで流行し、絵のモデルの女性もつけている。この女性は、《モナ・リザ》とは完全な正反対。

  • 美人である
  • 豪華な装飾
  • 鮮やかな赤服
  • 背景がない
  • 微笑えまない
  • 手が見えない
  • 視線を合わせない

顔は正面を向いているのに、目線が鑑賞者と合わない。だからこそ、鑑賞者はその眼差しを無意識に追いかける。この動的な体験を与えることで、絵の人物が生きているように感じる。

そして、両手を板で隠すことで、女性に神秘性が宿り、下半身を想像させる。チラリズムの仕掛け。

朱色の服は、神聖であり性的な象徴。「赤ずきんちゃん」が赤なのも、発情の色だからである。計算され尽くした構図と色彩により、女性は母性的であり、愛人的にも見える。女性の強さ、弱さ、その両面性を散りばめている。

背景を描いていないのも、大きな余白を残すため。色や形など、鑑賞者に様々な答えを与えることで、頭の中に、さらなる謎を呼ぶ。観れば観るほど、謎が深まっていく。これこそが、レオナルド・ダ・ヴィンチの凄さである。

 

絵画レビュー:《ラ・ベル・フェロニエール(ミラノの貴婦人の肖像)》

ルーヴル美術館の展示

《ラ・ベル・フェロニエール(ミラノの貴婦人の肖像)》は、「感情を一切説明してくれないのに、めちゃくちゃ気になる人」の絵である。

この視線が強すぎる正面を向いているようで、わずかに外れている。こちらを見ているようで、こちらを“評価している”ようでもある。

笑っていない。
怒ってもいない。
悲しんでもいない。

にもかかわらず、「無関心です」とも言い切れない。

この中途半端さが、異様に刺さる。

モナ・リザが「意味深な微笑で距離を縮めてくる人」だとしたら、この女性は「距離を一切詰めてこない人」だ。むしろ、「あなたはそこにいなさい」と線を引いてくる。

装身具が語るのは、色気ではなく“覚悟”額に走る一本の帯。フェロニエール。首元の重なったネックレス。胸元の構造的すぎる衣装。

どれも装飾的だが、甘さがない。これは「きれいに見せるため」のアクセサリーではない。これは立場の装備だ。この女性は、守られる存在ではない。かといって、無防備でもない。社会の中で「見られること」を引き受け、その視線を跳ね返せる位置に立っている。装っているのは、可憐さではなく自分のポジションだ。

背景は、ほぼ闇。家具も、風景も、象徴もない。普通、肖像画は背景で身分や物語を補足する。だがこの絵は、背景を丸ごと削除してくる。

なぜか。

答えはシンプルだ。この人は、背景を必要としない。

彼女自身が、状況説明になっている。これ以上、余計な情報はいらない。この絵は「恋」でも「神秘」でもない。ロマンチックではない。官能的でもない。優しくもない。むしろ冷静で、知的で、少し怖い。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、ここで「理想の女性像」を描いていない。描いているのは、判断力を持った人間の顔だ。

考えている。
見極めている。
こちらを、測っている。

だからこの絵は、時代を超えて古びない。感情の流行に乗っていないからだ。

《ラ・ベル・フェロニエール》は、寄り添ってこない。癒してくれない。意味も教えてくれない。ただ、こう言っている。

「私は、私としてここにいる。それ以上でも以下でもない」

だから目が離せない。だから何度見ても、読み切れない。

これは“謎の女性”の肖像ではない。他人に回収されない人間の肖像である。

 

《真珠の耳飾りの少女》のライバル

マウリッツハイス美術館の展示

フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》は、「北のモナ・リザ」「オランダのモナ・リザ」と呼ばれているが、むしろ比較するべきは《ラ・ベル・フェロニエール》だと思っている。

空前絶後のアート本、登場!

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